第160話 『エアリアル』

 現状では【アクロバット】による移動先はエドアルドの眼前か、敵陣最奥のいずれか。


「だが、待ちたまえ! 同名のカードと言ったな……本物とトークンでは別種のカードになるのではないか!?」


 エドアルドがキメラの首を取ったが如く、懸念点を追及してきた。


 仮にこれで危地を逃れられるのだとしたら、エドアルドも接近することがかなり辛くなるから当然だろう。

 本命の【精鋭ピッカリン騎士団】はすでに出陣させてしまっている。こいつでプレイヤーにダメージを与えなければ勝利は確定しない。


 【ピッカリン】でルートをこじ開け、プレイヤー:エドアルドがプレイヤー:僕に急接近、至近距離で【精鋭ピッカリン騎士団】を出陣させて手札を収奪。

 エドアルドが想定していた勝ち筋はおそらくこんな感じのものではなかろうか。


 ここで僕が自由自在にフィールドを行ったり来たりできるとなれば、勝ち筋が根幹から崩壊してしまう。咎めてこようとするのは理解できた。


 民話フォークロアクラスのカードを二枚、三枚もそう簡単にぽんぽんとは持ってこれないはずだ。……貴族だから持っているかもしれん。持っていたとしても引いてこないことを祈ろう。

 カードの仕様に口を挟んでくるのだから、おそらく【精鋭ピッカリン騎士団】は一枚きりのレアカード。


 彼にとって【ラビッツサーカス】とそのトークンは、別名のカードでなければならないのだ。


「そのご指摘はもっとも! けれど……あんた、どれが本物でどれが偽物か、判別がつくのか?」

「それは……っ」

「つかないのなら全て本物も同然だろうが! もしも大奇術が見破られたのなら我が【ラビッツサーカス】が誇る奇術師も手を挙げる。ただの言いがかりじゃあ、この幻想空間からは逃げ出せないぞ!」

「だとしても!」


 焦りで額に汗を滲ませつつエドアルドは声を張り上げた。


「いくら上手く偽装しようと、本物と偽物の中身は別物……性能は違う! トークンが本物と同じことができるのか!?」


 うさぎの奇術師、【イリュージョニスト】が創る幻想トークンは本物と見分けがつかない。偽物もこの場においては、本物になる。


 そのタネはやはり特殊能力の『偽装イリュージョン』にある。


 秘匿、隠蔽技能が情報の不可知化に特化しているとすれば、偽装はそういった隠匿の要素に加えて、虚偽・偽証の側面を加えられる。それを見えなくするのではなく、別のものに見せてしまう。


 つまりは擬似的なカードの精製――たった一枚のカードから鏡写しと言ってもよいレベルの複製コピーを設置できる。【イリュージョニスト】の真骨頂。


 もちろん外見ははりぼて、偽装ゆえに実際の戦闘などでは中身であるトークンの判定となる。

 【クラウン】のように数値による判定が要となる特殊能力ならば影響は大きいが……、


「【アクロバット】の特殊能力は分身ダブルによる劣化の影響を受けない! 劣化する数値の記述がないからな!」

「馬鹿なことを……!」


 反射でイチャモンを投げつけたエドアルドだが、そのまま二の句が継げず、悔しそうに唇を噛んだ。


「それじゃあ……あばよ、とっつぁん!」


 星の数ほどもある言ってみたい台詞の一つを放ち、僕は軽くつま先を蹴ると前のマスへ走り出す。


 すでに【アクロバット】は待機済……のはずだがマスにうさぎが見当たらない、どこにいった?

 僕がエドアルドとやりとりをしている間に特殊能力の指示を出していたのだが、改めて目的地を見たらレオタード姿のうさぎが影形もない。


 【アクロバット】との移動に関して、難点はやはり二枚以上必要なことに加えて、移動時は同じマスに立って合体しなければならないことだろう。移動したいカード、もしくは【アクロバット】の行動力が削られてしまうということだ。

 その代わりにあらゆる障害物を飛び越えて長距離移動できるのだからそこは目を瞑ろう。


 長距離移動には何が要るのか。現実で言えば、車等の車両を使えばガソリンなどの燃焼によるエネルギーを要する。


 では空中ブランコならば?


 高所からの落下でエネルギーを得るのはさきほど見たばかり。

 勘に従い「まさか」と後ろを振り向いた僕のタマがヒュンと縮み上がった。


 高速でスイングしてくるブランコに、【アクロバット】が後ろ足をちょんと引っ掛けてぶら下がっている! そして僕に掴まれとばかりに前足をまっすぐ伸ばしていた。


「いやいやいや、さすがにそれは無理……あっ!? 制御が始まって動けねえ!」


 僕の恐れに反してAI補正・制御の入った身体が勝手に動き出し、はしっと【アクロバット】のこそばゆい前足をキャッチした。


「う、わ……ァッ!」


 ぐいんと耐えきれない勢いで身体が持っていかれる。


 遠心力に振り回される浮遊感が恐怖を感じる器官に触れていく。

 進んでいる方向とは逆を向いているので、背中で聴く風切音と離れていく地上が不安を煽る。


 目も眩むような高さまで打ち上げられて上昇速度が落ち着いていく。


「ワ……!」


 もはや横隔膜が麻痺している僕は声も出ない。息してる?

 ぶっちゃけ息も絶え絶えだった。


 そこで、パッ、と。

 眼前のうさぎに「きゅっ」と手を離された。


「――ぅ、わあッッッ!!!!!」


 唐突に喉の奥から悲鳴を出せたのは、まさしく意表を突かれたからだ。

 地上から遥か遠くに持ち上げられたところで手を離されるなど、一体どこの誰が考えると思うのか。


 気付けば足の裏を他の【アクロバット】に掴まれて、今度は別の遠心力に引かれて地面へと急接近していく。


「…………っ! っっっ!!!」


 声にならない悲鳴を引き連れて、地上に最接近。


 半円を描いた軌跡の先端が草花にかすれて「チッ」と千切れ飛ぶ。あと数センチも半径が長かったら、僕の首も千切れ飛んでいたかもしれない。


 再び遠心力のベクトルが上向いたところで、先程までの斥力を感じる浮遊感とは別種のふわふわ感が加わった。


 なぜか。

 答えは【アクロバット】がブランコから後ろ足を離したからだ。


 本当に飛んでいる。


「……あ?」


 ゆっくりと縦に回転していき、雲一つない青空が視界いっぱいに映る。――おそら、きれい。


 いつの間にか伸ばしていた両手が勝手にバランスを取り、いつの間にか僕の足を離していた【アクロバット】が真横でくるくる回転している。

 僕は空と地面が交互に映る視界に、目を回して思考が止まっていた。


 完璧なAI制御が10点満点の着地を決めてくれなければ、僕は頭から地面に埋まっていたことだろう。

 着地の衝撃さえもきっちり逃がしきったAI制御から解放された僕の横に、ふんわり優雅に羽毛のような軽さで【アクロバット】が降り立つ。


 僕らは一緒に振り返り、エドアルドを睥睨した。


「……この『空中飛行エアリアル』がある限り、あんたに僕は捕まえられない。ご理解いただけたかな?」

「少年……。涙目だぞ」


 空中ブランコ、こわすぎる。目を瞑っても怖そうで恐い。

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