第175話 後陣遅攻型?

 箱庭フィールドへと移動したのを見計らって、観戦モードに入る。

 背景は草原のまま変更なし、青マス側に佐藤が、赤マス側に鈴木が立つ。


 配信だと配信を行っているプレイヤーの設定による画面になるが、ゲーム内の現地で観戦機能を用いると、そういったものに縛られず好きに見られるのが良いところだ。

 今回は外野の声が歓声になって届く設定になっているようで、お互いの手札について大声でくっちゃべっても、二人には「わー!」という僕が大興奮しているようにしか聴こえない状態だ。大声で話をするのはやめておこう。


 コインが空高くに跳ね上がり、陽光を反射する。

 ズームアップされたコインはユグドラシルの葉っぱ側、表を向いて落下した。


 青側佐藤の先手。


 ホイップクリーム絞り器から絞り出した手札を見て、すぐさまカードを入れ替える。


 思考スピードが早いのか、決め打ちか。どちらかと言えば、決め打ちに近い早さで『ノルンの憂い』を使用したな。


「狙いのカードが来なきゃ即『憂い』か……あれだけ判断が早いとその内なんかミスりそうだな」

「LSリスペクトってやつかね」

「僕は決め打ちなんかしてないぞ」

「エルスのデッキはゴミが多い……。さとうしょうゆもゴミの多いデッキなのかも」


 そういうことなら理解できる。


 僕の『フェアビッツ』には改善の余地がいくつもある。

 その一つが今指摘されたゴミの多さだ。


 【フラワリィ】用に入っているハイカロリーの神秘ミスティックがまるまんま無用ゴミカードとなっている。

 普通に使用するには必要な神秘力等の条件が辛く、その割には効果が割に合っていない……真っ先に捨てる札の選択に入るカードたちのことだ。デッキ内の有用なカードを引くための邪魔となるがゆえ、デッキ内で有用性の低いカードを「ゴミになっている」等と称する。


 かろうじて【フラワリィ】を筆頭とした妖精系統によって使用の目処が立ってはいるが、そのほとんどが『ノルンの憂い』や特殊能力の代償に捨てるカードになる。

 そんなカードを入れるぐらいなら消費神秘力が高くて、有用な効果を持つ神秘を入れるべきである。


 その意見は全く当然で、僕も入れられるものなら入れたいと思っている。


 有用な神秘ミスティックはなかなか入手の機会がなく、お高いのだ。


 なので【フラワリィ】を活かすためにも仕方なくゴミを多数搭載しているが、佐藤もそうなのだろうか。親近感が湧くな。


「いくぜ出陣! 世間話ゴシップ級【ミルキーカウ】!」


 佐藤が一歩前に出て背後に呼び出したのは、牛さんだ。ホルスタインとかいうやつだろうか。

 闘牛のように戦える牛ではなく、明らかに食用に育てられた種類の牛さんである。のんびりおだやかな様子で「もぅ~」と鳴いて足元の草を食べている。


「次は俺のターン……ドローすンぜ!」


 鈴木もカードを引くと、首を振って『ノルンの憂い』を使用。


 そっちもゴミの多いデッキなのか。

 ゴミが多いと序盤の安定性に欠けるから、あんまりオススメはできないぞ。


 佐藤と同様に一歩前へ出て背後にサーヴァントを出陣させる。


「来たぞ! 民話フォークロア級【砂塵の舞姫】……俺のメインモデルだ!」


 鈴木が出陣させたのは、褐色肌のエキゾチックな美女だった。


 ゆったりとした布で足先と腕先を覆い、身体の中心部を隠す布は透けていてほとんど意味を成さない。下着が透けて見えているが、魅せる用のやつなのだろう。

 彼女が動く度に、身に付けたアクセサリがシャランと涼やかに鳴った。


 戦闘力バトルポイントは500とさほど高くなく、それをメインに据えるのは疑問が残る。特殊能力も有用は有用だが、活かすには準備が要りそうなカードだった。


「お互いに前陣速攻型ではないみたいだな。そこもエルスの影響か?」

「どちらかと言えば、アッシュとかリッカの影響じゃないか。僕が後ろに置くのは戦う性能のないサポートカードばかりだ」


 そう言うとリッカが頷いた。


 最近新たな区分けとして、前列にサーヴァントを並べてヴェルザンディに入ると同時、敵陣へと攻め込むのが前陣速攻型。

 逆に後列で準備をして、十分に力を溜められたら侵攻を始めるのが後陣遅攻型と大まかに分けられつつある。


「初手のカードとデッキ名からすると、さとうしょうゆが私と似た合成ミックス型。スズキングがアッシュと同じ育成ビルダー型な感じがする」

「確かに」


 佐藤は『ハイパーケーキクリエイター』で出したカードが【ミルキーカウ】。


 ケーキの素材として考えるなら、生クリームとバターの素になる。生産者の顔が見えるところまで素材を遡ってこだわっているのか。

 でも素材を合成してケーキを作るのは想定可能だが、ケーキで戦えるのか……?


 対して鈴木の『カリスマデザイナー』。


 出してきたカードはメインのモデルになる【砂塵の舞姫】と、これは分かりやすく彼女を育てるデッキだろう。

 メインと言うからにはサブモデルも何枚か入っているはず。


 僕らが二人のデッキを推測している内に、ウルズフェイズが進んでいく。


 かなりペースが早い。やることが決まっているかのようだ。

 ……こういう相手だと僕の話に付き合ってくれることが少なくて、実はちょっと対戦に来られるのは困る相手だ。


 瞬く間に自陣にカードを三枚ずつ出陣させる二人。


 佐藤は【コケトリス】とかいうコカトリスのパチモノみたいな鶏と、【ウィートイーター】という小麦の姿をした植物系サーヴァントを呼び出している。

 【ウィートイーター】は小麦を食べる何かを指しているのではなく、近寄ってきた虫とか小型の鳥を食べる小麦らしい。肉食の小麦は怖くない?


 順当に素材を準備できていると言っていいだろう。


 だが、鈴木もそこは間に合っている。


 【デザートスパイダー】に【メタルサボ】という、砂漠の生物を出陣させていた。

 毒々しい色合いの小さな蜘蛛からは糸、砂漠では絶対に近寄れなさそうな金属製サボテンからは針を採るのか?


「でも、どうやって合成すんだろな? あいつらが出してる中にそんな特殊能力持ちはいねぇが」


 アッシュの疑問に僕らは正しい答えを持っていない。

 想定される内容のカードがここまで一枚も出ていないのだ。


神秘ミスティックかも知れないけど、神秘力は貯めてない……」

「ヴェルザンディで分かるさ。早速魅せてくれそうだ」


 時空転換タイムトランスを乗り越えた佐藤が、絞り出したカードをそのまま出陣させる。


 僕の予想通りならばあれが合成能力持ち――のはずだったが、実際に出てきたのは無能力の雑魚カードであった。

 【キャンディレインディア】という飴細工のトナカイがカッポカッポと草原を闊歩する姿に、僕は「あれ?」と首を捻った。

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