第212話 はったり・ブラフ・こけおどしのどれか

 見て分かる爆弾に、さすがのフルナも嫌な顔をした。


「時限……とは言ってもターン消費で発動するものではないようね」


 フルナが回ってきた手番でドローを行い、変化のない数字に首を傾げる。

 カード情報プロパティをチェックしているようだが、それでは内容を確かめられまい。


「フルナ、そう簡単に爆弾の仕掛けが解っては興醒めだろ? ある条件をクリアするまでは、詳細を確認することはできないぞ!」

「私に爆弾解体でもしろということ?」

「君に、と限った話ではないけれど、爆弾を解体するには道具を使う必要がある。二本以上の精密な動作が可能な腕を持つカードが、最低三ターン同一マスで作業に従事すれば無力化できる可能性がある」


 この神秘ミスティックは【星】の神秘ミスティックを再現しようとした魔術であり、その名の通り、再現に失敗した出来損ないの作品だ。

 パスタリオン王子が統括する研究所を、シャルノワール王女の顔を使って見学させてもらった時に頂戴した。


 記録のために残してはいるが、使い途もなくゴミ同然で眠っている失敗魔術が山ほどある、とのことで一部の禁術を除いてゴミ処理みたいな形で現物をもらえたのだ。

 王立の魔術研究所ではコントロール可能であることを重視しており、制御不能な魔術は秘匿レベルが低いのだそう。


 低いとは言っても、持ち出せるのは僕がシャルノワールの星騎士ステラナイツだからである。一般プレイヤーは門前払いなのであしからず。


「……道具なんて持っていないけれど」

「そこは都合よくできてしまっていて、カードにおいては同一マスに滞在したターン数で判定されるようだから安心してくれ」

「安心できる要素なのかしら、それって」


 精密な動作ができる二本以上の腕とやらはの持ち主は、種族的にかなり限られる。

 鳥獣系のカードにはほとんどいないはずだ。

 あるとすれば、人の形態を取る一部、もしくは鳥の要素を持つ魔物の類いだろう。


 人間種が作り出した道具ゆえに人間種以外には扱いの難しいカードとなっている。

 僕がコントロールできない代わりに相手も扱いにくいこのカードは嫌がらせと時間稼ぎにピッタリだ。プレイヤーカードしか人間種がいなければ、特に。


 すなわち、威力も範囲も、効果すら不明な爆弾の解体にプレイヤー本人が挑まなければならない。ストレスを与えるには十分。

 精神を削られたお返しに、こちらもストレッサーで対抗する!


 そしてフルナは次の行動を口にした。


「ターンエンド。次はあなたの番よ」

「……、…………!?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 理解した直後、目を見開いてフルナを注視してしまう。


「あら、そんなに驚くことがあったかしら」

「す、【偽星地雷スターマイン】の処理はしないのか?」

「あなたの思惑に乗るのもシャクだから。仮に爆発したとしても、即敗北になる威力もないでしょうし」


 それはそうだが。


 さすがに【星】といえど、一発で対戦を終わらせるカードは今のところ存在しない。

 だからと言って、眼の前で爆弾がチカチカしていて無視できるものか?


 思わぬ胆力に戸惑う僕に対し、フルナはくすぐったそうに微笑んだ。


「そこまで驚いてもらえるなら私も頑張ってきた甲斐があったわね」

「いや……いやいや……、全くの別人みたいな成長だよ。三日会わざれば刮目せよ、とも言うのに二ヶ月ぶりだからかな」

「それは男子に使う言葉だけれど……褒められるのは気分が良いから許してあげる」


 薄々感じてはいたが、二ヶ月前のフルナとはプレイヤーとしての練度、質がブチ上がっている。

 脳裏に片手で引っ掛かっていた過去のフルナを忘れるには十分な衝撃。


 眼前の危機に飛びつかなくなった、というのは言葉にすると簡単だけれど実践するには相当難易度が高いことだ。


 アナログな紙のカードゲームなら冷静でいればなんてことはない。

 だが、ノル箱では実体を持ってそこに出現するのだ。現実には何の危険も及ぼさない、と分かっていてもそこにある危険を無視することができる人間はさほど多くないはず。場合によっては痛みが発生することもあり、常人ならば危険処理を後回しにはできない。


 僕やアッシュは視界情報よりもテキストを重視してしまう思考がすでに構築されていたが、それでも最初【シャニダイン】の威圧には精神を引きずられた。


 初心者組でもフルナは特に、FPSで培った五感情報に反応・対処する仕組みが構築された身体に手間取っているイメージがあった。

 FPSなどのリアルタイムバトルと違って、カードは基本的にターン制で自分の番が来なければ動けないことにやきもきしていたところが印象に残っている。ボードゲームで多少は親しんでいても、得られる五感情報はFPSなどのホロホ使用のゲームに近しいからな。


「狙いはなんなんだ……?」


 頑なに行動をしないのには絶対に理由がある、と確信する。


 やろうと思えば、フルナは今の手番で僕の四方を囲むことだってできた。

 フルナがそれに気付かないはずがない。


 さすがにここまで前に出て、アタッカーを呼び出していないプレイヤーを囲むチャンスがあったら、囲む以外の選択肢は有力手から外れる認識だ。


 その有力手を逃してでも、理由があった。


 そう考えるのが無難だろう。

 つまり――、


「――全てがブラフ」


 押し引きにはそれっぽい話を紐づけて消極的な様子を匂わせる。

 何かを狙っていて、そのタイミングを計る、あるいは準備を整えるためのこけおどし。

 僕のカードを削ったのも、時間を捻出するためだろうか。


 長期戦などとんでもない。

 一瞬で息の根を止めに来る。


「さて……それはどうかしらね。お次はエルス、あなたの手番よ?」


 フルナは変わらず微笑みを浮かべ、僕にゲームの進行を促した。

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