第226話 カードゲーマーは熱い内にめくれ

 ぱちぱちぱち、と気の抜けた拍手が響いた。

 ふと脇に視線を向けると、試合場の横にいる観客が口笛を吹く。


「おめでとさん。師匠の面目は立ったなァ」


 777――セブンがゴールドのネックレスをじゃらりと揺らして言う。

 傍らのダルビーは無言で僕を睨んでいた。


「ああ……そちらも下剋上は失敗に終わったらしいな」

「今回はおれの運が良かったのさ」


 そう答えたセブンに感情の揺れは見受けられない。なるべくしてなった、想定通りの結果を得たと言わんばかりだ。


「終わったばかりのお前らにはわりぃが、おれたちはもう結構待たされているんでな。すぐに次、行こうじゃねえか」

「構わないわ」

「フルナ、少しぐらい休んだ方がいいんじゃないか」

「自分の勝った相手には優しいわね」

「……そういうつもりじゃなかったけど」


 セブンの提案を受けたのは敗北したばかりのフルナだ。


 痛覚制限の低い、もしくはノーカットのダメージを受けたというのに、毅然として凛と立つ。

 ただでさえ連戦は集中力の消耗が激しい。わずかでも休憩は取りたいところだ。


 しかし、フルナは鉄火場へと飛び込むことを恐れない。


「鉄と女は熱い内に打つべきだと、エルスが教えてくれたのではなかったかしら」

「そんなこと言ったかな……」

「今の私、あなたにボコボコ打たれたのだから最高潮に熱いワケ。冷める前に戦わないと、この敗北に意味を持たせられない……せめて別の勝利で記憶を塗り替えないと悔しくって夜も眠れないわ」


 敗北をも貪欲に自らの糧にしようとするフルナの姿に、僕は両手を挙げて一歩下がる。であれば、休憩などを申し出た僕が無粋だろう。


「それなら一敗け同士でやってもらうのはどうかな。セブンと僕は見学させてもらって」

「おいおい……待つのはもう飽きたぜ」

「僕も対戦を観たいしいいだろう。それにやっぱり、同時に進行するよりもこっちの方がドキドキするんじゃないか?」

「ってーと?」


 最上位者の自覚からか、あるいは余裕か。

 セブンは他者の提案も呑む寛容さを持つようだ。見た目は短気な繁華街の住人なのだけども。


「まず、一敗け同士の対戦では落ちるヤツが確定する。四人の総当たりで一人抜けだと、二敗したら終わりだからな」


 僕の説明にダルビーが唾を飲んだ。


「そこで勝った方とやってないやつが次に対戦する。僕とセブンにとっては全勝するか、一敗の泥仕合に巻き込まれるか。フルナとダルビーにとっては崖っぷち、残るか落ちるか」


 二戦目からは組み合わせ次第で誰もが緊迫の対戦を味わえる。


「僕とセブンの対戦はラストにするとして、残った一勝ちと二敗けの対戦は消化試合だな。休憩時間だ」

「おれが全勝するから順番なんてどっちでもよくねぇか」

「総当たりだから最後に敗けが確定したやつ同士の対戦を見せられることになるが、それでもいいなら」

「……いや、さすがにそれはだりぃな」


 ゴールドのブレスレットをかちんと鳴らして、それから頭を掻く。


「しゃあねぇな。どうせならスリルのある方が見てぇのは道理だ。呑んでやるよ、死神ボーイ」

「ふっ、恰好の割に理性的な大人で嬉しいよ。心置きなく戦えそうだ」

「あ?」


 四月から始めたスプリンガー、という経験不足を揶揄する台詞に、含み笑いを返却する。


「この本選もきっとライブ中継されていると思うんだ。対戦が遅くなればなるほど、他の会場が終わって僕らの対戦に注目が集まる――その中でお空に輝く『七つ星』を落とすのはとても気持ち良いに違いない。だろ?」

「……くっくっく。えれぇ調子に乗るじゃねえか。おだて豚より上の登り具合だぜ」


 セブンは腕を大きく広げ、握りこんだ両手の親指だけを立てる。

 そして、左手の親指で地獄を示し、右手の親指で首を刈る!


「お前のお望みどーり、リーチをかけた状態で大観衆の面前にて上がってやるよ。天井仰いでおねんねしな」

「チッ」


 舌打ちをしたのは僕ではない。

 煽りあいに水を差したのはセブンに敗北を刻まれた『六つ星』トップランカーのダルビーだ。冒険者風の服装が少し煤けて見える。


「何をもう終わった気になってやがる……! お前ら、泥沼に引きずり込んでやるからな!?」

「そうね。あたかも二人の内、どちらかが次のステップに上がる、そんな前提で話をしているけれど……私たちの手はまだ崖に片方引っ掛かっていることをお忘れなく。いざとなれば崖の下からでも飛び上がって心を穿つことぐらいはやってみせるわよ」


 フルナもまた、意気軒高として気勢を吐く。


 けして消えない敗北という傷を受けても、二人の闘争を求める炎は鎮まるところを知らないらしい。


 それでこそ、カードをめくり、争いに明け暮れる道を選んだ者たちだ。


 この傷の特効薬は勝利、それ一つしか無いことを理解している。

 有史以来、勝利が人を傷付けることはあっても、敗北が人を癒すことはないのだから。


「ハッ! そんじゃあ、さっさと挑戦者を決めな! おれの方に来たら崖を掴んだ手をよぉ、優しく蹴飛ばしてやんよ! 誰が来ようとも“ライラック”がおれの手にある限り、敗けることはありえねぇ!」

「必死の思いで残している手を蹴るなんて酷いことをするな、ナンバーセブンは」

「少年はしなくていいぜ、別に。きっちり保護して、お家に持って帰って育ててやんな?」

「冗談は見た目通り、センスが悪いな。崖から蹴落として、万が一、生きていたらどうするんだ。大怪我をして可哀想だろう。崖上に引き上げてから、しっかりトドメを刺してやるべきだと僕は考えるね」

「お前は見た目通り、考え方が陰気なんだな。サイコパスかよ」


 なぜ?

 どうしてか、ヤバいものを見る眼でセブンが一歩距離を取り、ダルビーは向こうの対戦場へと移動した。


 納得しかねる反応に疑問を抱いていると、フルナvsダルビーの対戦カードが始まった。

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