第146話 スタディーセッツ・リッカフルナ学塾

「第一三七回、スタディーセッツ選手権を開催いたします!!!」


 パァンとクラッカーが弾けて、びろびろ伸びる紙紐が僕たちにフォーリング。


「……は?」


 全く意味がアンノウン。ミーにもアンダスタン?


「おかしくなってる、勉強のしすぎでおかしくなってるぞエルス」

「え? そんなコトはナッシングバット」

「短期間に英語を詰め込んだばっかりに……目を覚ませ!」

「ボグッ!?」


 痛いパーソンを見るアイをしたアッシュにクラッシュナックルされて、僕の頭から覚えた英単語たちが消えていく。

 それどころか各種科目の公式だのなんだのも一緒に飛んでいった気がした。


「何をするんだアッッッッッシュ! リメンバーできなくなるだろ!」

「どうせ間違えるから新しく覚え直せばいいだろ。せっかく講師がいんだから」

「講師……?」


 何のだろうと、思ってふと周囲を見渡す。


 ここはノル箱のカード協会で借りられるプレイスペース……?

 そういえば明々後日の試験に向けて勉強をしていたはずなのに、いつの間にか完全没入ホロダイブしてしまっている……!?


 伊玖にバレたのを反省して、しっかりゲームを封印して勉強に打ち込んでいたはずが……禁断症状……!


「ぐっ……なんて弱い意志なんだ……!」

「ダメだこいつ、何にも覚えてない」


 呆れた様子で溜め息を吐くアッシュ。


 そこで僕は一つの異常に気付いた。


「アッシュ、お前どうした……!?」

「何がだよ?」

「ミラーボールマントを外して……どうしてそんな地味な格好をしてるんだ!?」


 派手な服装じゃないとゲームをやる意味がない、とまで言ったことすらある、あのアッシュが実に地味なシャツとスラックスしか着ていない。しかもゲーム内ではちゃめちゃに安い、ブランドタグも付いていない既製品だ。


 しかし、アッシュは気にもかけず、さらりと答えた。


「そりゃ勉強する時ぐらいは真面目な格好するさ、オレも。キラキラ光りたいのは遊ぶ時だけだ」

「勉強、だと?」

「そういう回だろ今日は」

「その通り!」


 僕とアッシュの会話に割り込んできたのは、白いワイシャツが眩しいスーツ姿の女!


「君はリッカ!」


 ぴっちりしたタイトスカートをくねらせて、指示棒を手のひらの上で弄ぶリッカは珍しく髪の毛をアップに纏めている。

 どこからどう見ても新任のえっちな女教師だ。


「あたしはリッカ。今日は試験前の追い込み勉強会を行います。よろしいですね」


 リッカに丁寧な言葉で喋られると新鮮だ。


「……状況が理解できない。何がどうしてサムボディ」

「まだ英語に頭をやられてるな……」


 英語とかいうシンプルな言語、日本語という難解な言葉を使う日本人なら扱えぬはずがなかろう。

 僕が気合を入れて勉強すればパーフェクトインテリジェンスのゲットイズ簡単。


 パァン! と今度は柏手の音が響く。

 両手を合わせたのは、いつもの和服を着たフルナだ。いつの間に。


「勉強のしすぎでLSが壊れつつある、という情報を入手したから、息抜きを兼ねながら楽しんで勉強しましょうの会を開くことにしたのよ。リッカと私で教えてあげるわ」

「あたしは大学生。なんでも聴いて」

「生徒は五名と大所帯だけれど、まあ、なんとかなるでしょう」


 言われて振り返ると、僕とアッシュの他にも生徒がいた。いつの間に。

 イクハと砂糖とSUZUKIだ。三人はすでにみかん箱を机に勉強を始めていた。


「……なぜ、みかん箱?」

「その三人は手始めに実力確認テストを受けてもらったのだけれど、想定水準を下回ったから罰を与えたわ」


 砂糖とSUZUKIはともかく、イクハまでもか。勝手に頭良さそうなイメージを持っていたのだが。


「ゴミですいません」

「カスですいません」

「クズですいません」


 三人は口々に呟いて俯きながらテキストを解いている。


 あまり楽しくはなさそうな勉強風景だ。


「リッカとフルナは勉強しなくてもいいのか?」

「あたしの試験はまだ先の話だから」

「私は東大模試で偏差値六十を確保してるわよ。わざわざ試験対策に全力を傾ける必要はないわね」


 羨ましい話だ。

 中学レベルの意識から脱却しないままずっとゲームやってたから、今になって苦しんでいる僕とは出来が違う。

 きちんと授業を聞いていれば勉強は十分なはずだったのに……! 副読本ってなんやねん!!!


「まずは私が作った五科目のテストを受けてもらって、苦手そうなところを探すわ。そこを重点的に潰していきましょう。できるとこは自分で頑張って」

「できたと思ったら、あたしに声をかけて。小テストを出してあげる」


 僕は頷いて、それから尋ねた。


「で、赤点を取ったらみかん箱って感じか?」

「あの三人は赤点より酷かったから、危機感を持ってもらおうと思って」


 赤点より酷いって何?

 さらに下の基準があるとは初耳だ。


「小テストで八割取れたら、ご褒美があるから頑張って」

「ご褒美?」

「待て、アホになったエルスは彼女のお前が言えばそんな餌でも釣れるかもしれねーが、オレのやる気はそんな簡単に出せねーぞ」

「自慢気に言うことじゃないだろ、それは」


 心外な。いくら彼女とはいえ、ご褒美だなんて一言で僕を動かせるとは考えていないはずだ。僕もそこまでチョロくない。


「それでご褒美とは?」

「アップデートがあるから、試験があるから……って、後回しにしていたカードパックだけど。小テストで一回八割取るにつき、一パック開封してもいい」

「なるほど……徳も溜まるし、良い提案だ。乗った!」

「溜まるか……?」


 隣でアッシュは訝しんでいたが、パック開封できるならどうでもよくないか?


 後でパック開封式をしよう、なんてことを口走ってしまったがために、メッセージボックスに貯まったカードパックを開けられなくて悶々としていたのは確かにある。

 その場で入手したパックは開封しなくてはならないが、保管できるパックは可能な限りアップデート後に残しておきたかったからな。


 中間試験があまりにも遠い。ゲームに費やしていた時間を勉強に振り分けたら、頭がオーバーヒートしそうだった。

 好きなカードゲームのことはいくらでも考えていられるのに、好きでもない勉強となると時間制限が加わるのは不可解な人間の性質だ。


「納得いただいたところで、第一三七回、スタディーセッツ選手権を開始いたします!」

「一回目だろ?」

「スタディーセッツって何なん?」

「こういうのは気合とノリ。マサチューセッツを目指す勉強会の意」

「ダジャレ?」


 シャレにもなっていない講話で必要以上に気の抜けた僕とアッシュは、早速フルナお手製の実力テストを受け――、


「これは想定外」

「講師役が二人で足りるかしら……?」


 生徒役の五人揃ってみかん箱で勉強することになった。

 高校の試験は難しいな、うん。

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