第87話


「いや、待て待て待て待て待て!?」


「ちょちょちょちょちょ、何したお前!?」


二人がそんなツッコミと共に慌てたように俺の元へ駆け寄ってきた。


「え、なんですか?」


俺は二人の慌ただしい様子に焦ってしまう。


「何かルール違反してましたか…?」


もしかして制限時間中はずっと刀を振り続けなくては行けないというルールでもあったのだろうか。


そう思って心配していたのだが、どうやら違

ったようだ。


「お前なんやこれぇ!?」


「これ何したぁ!?竹どこいった!?」


二人が地面に降り積もっている、竹だった粉を指差しながら大声で言ってくる。


「いや、なんやこれって……俺は竹を斬っただけですよ」


「は…?」


「あぁん…?」


「竹を本気で斬れっていうから、粉になるまでたくさん斬っただけですけど」


「「…」」


二人が絶句する。


「えーっと……俺何かやっちゃいました?」


俺は頭を掻いて周りを見る。


観覧の女性、テレビ局のスタッフ、そして他の出演者たちも,司会の二人同様に絶句して俺を凝視している。


俺は何かへんなことをしてしまっただろうか。


もしかしてやりすぎたか…?


斬る回数をもう少し抑えたほうがよかっただろうか。


しかし、直前に本気でと松田さんに釘を刺されたから『竹を斬ることにおける本気』を出しただけなのだが。


…これでも斬撃が出ないようにかなり力を抑えた方ではある。


「あっ、そうか!そういうことか!!」


「わかったぞ!!……ったく、してやられたなこれは」


しばらくして、スタジオに流れる気まずい沈黙を、司会の二人の声が破った。


絶句して俺を凝視していた浜本さんと松田さんは一転、何かを理解したような感じになっている。


「おいスタッフ!!お前らやってくれたな!!!」


「まさかこんなことするとは思わんかったで!!」


二人は揃ってスタッフの方を見た。


「これやらせやろ…!!そうなんやろ!!」


「俺たちに内緒であらかじめ仕込んでおいたな!?そうやろ!?」


粉になった竹を指差しながら二人がそんなことを言った。


スタッフたちは一瞬ぽかんとなった後に、ブンブンと首を振る。


どうやら司会の二人は、スタッフがあらかじめ刻んでおいた竹を俺が斬ったように見せかけて形を崩しただけだと思い込んでいるらしい。


安心したように竹の粉を指差して笑っている。


「こんなん流石にバレバレやん!!!」


「いくらなんでこれはわかりやすすぎる

で…!お前ら加減ちゅーもんを知らないんか!!!いくらなんでもこれは、誰がどう見てもやらせやんけ!!」


二人はそんなことを言うが、スタッフ一同はその言葉を否定するようにブンブンと首を振り続けている。


だが、二人はスタッフが否定しているそれも演技だと思い込んでいるようだった。


「もうええもうええ。種明かしはよしろや」


「普通に考えてあり得ないって。10秒間で人間が竹を粉になるまで斬れるはずないだ

ろ!!!いい加減にしろ!!」


二人はなんとかスタッフにやらせだと認めさせようとしているが、スタッフは依然として首を振るだけだ。


それもそうだ。


なぜならこれはやらせではないのだから。


「ったく…なんなんお前ら。頑固やなぁ」


「こんなの見え見えやん。さっさと認めればいいのに……テレビの前の視聴者もくどいって思ってるで」


二人はどうしても信じられなかったのか、ひたすらやらせを疑う。


そしてやらせや仕込みなど一切していないスタッフは、二人に対してずっと首を振って否定している。


なんだかよくわからない微妙な空気がスタジオを包んだ。


「え,今日どうしたんお前ら」


「いつもならすぐに種明かししてるやん。ほんまにしつこいって」


やがて半ギレ状態になる司会二人。


松田さんが少し苛立ったようにズカズカとこちらに歩いてきて、まだあまり斬られていない竹を一本持って俺の前においた。


「そんならもう一回試してもらうで、神木くん、悪いけど」


「は、はぁ」


「この竹には仕込みはないだろ?ほら、みんなも見てくれ!」


松田さんがそう言って竹をバシバシ叩いた。


あらかじめ切れ込みが入っていたり、何かしらの仕込みの施されていない、至って普通の竹であることを証明する。


「ほら…これは正真正銘本物の竹や……これをもう一回神木くんに10秒チャレンジで斬ってもらって……同じことがおこらなおかしいわな?」


松田がスタッフたちを睨みつけるようにしながら言った。


浜本もちょっと怒り気味の松田に追従する。


「神木くん悪いけど、もう一回チャレンジしてくれんか?流石にさっきのは無理があるわ。

これ見てる視聴者も、絶対に全員がやらせだと思ってる。だから……悪いけど、もう一回だけ全力で10秒チャレンジに挑戦してみてくれんか?」


「わ、わかりました」


俺は頷いた。


予定とはだいぶ違うが仕方ない。


二人は先ほどのがやらせだと信じて疑わないようだった。


先ほどのがやらせでもなんでもなく正真正銘俺の実力だとわかってもらうには、もう一度この松田さんが直接確認した普通の竹でチャレンジする必要があるだろう。


「皆さんもそれでいいですか?」


「この竹を粉々にしたら、流石の俺も信じるで。ま、ありえへんけどな」


スタッフや観覧の女性たちは、まぁまぁというように頷いていた。


俺が二度目の挑戦をやることにおおむね同意しているようだった。


俺はチラリと背後の出演者たちに視線をうつす。


「はっ…やらせな訳があるか……今見たものが神木拓也の実力だ、馬鹿どもが」


心外そうにそう言ったのが玄武さんだ。


「まぁ…一般人たちが信じたくなくなるのも無理はない、か…」


そして俺を疑う司会二人や観覧の女性たちの心情を汲んだような日下部さんの発言も聞こえてきた。


「あはは…神木くんまた疑われちゃってる……でも仕方ないよね…初めての人はそうなっちゃうよ…」


桐谷はこちらへ同情するような視線を向けてきている。


また、他の出演者の反応も紹介すると…


「クカカ…やー、すごいな。若者には敵わないわw」


カロ藤さんはそんなふうに苦笑いを漏らし、


「え、何これ…やらせ…?やらせなん…?やらせじゃなかったら、神木くん凄ない…?」


まこうさんは確信が得られておらず、


「…」


コリコリさんは無言で、


「えー…ドン引きパコ。神木拓也凄すぎるパコ……」


宇佐美パコーラさんはなんだか青ざめた表情で、


「神木くん強すぎ……将来有望すぎる……三十路のマリンのこと、貰ってくれないかな…?」


マリン組長さんはなんだか獰猛な肉食獣のような目でこちらを見つめており、


「何が起こったのかわっかんねーやw」


こたつちゃんさんは、半ばどうでも良さげにそんな声を漏らし、


「人間じゃねぇw w w人間辞めてるw w wははははははははは」


K5senさんは、まるで無理やり笑ったみたいな,義務のような笑いを漏らしていた。


出演者たちは、やらせなのかそうじゃないのか、確信を得ている人と得ていない人で半々といったところだった。


「それじゃあ、再度チャレンジしてもらいましょう。10秒間で竹を何回斬れるかなチャレンジ……挑戦者は神木拓也くんです…!」


「神木くん疑ってほんますまんなぁ。でもさっきのは流石に無理があるわ。あれがやらせじゃなかったら、俺もう芸人引退してもいい。あれは流石にやらせ。じゃないと神木くんが人間辞めてる」


「いえ……別に疑われることに対してはなんとも思ってません。とにかくもう一度やればいいんですよね?」


「せやせや」


「見せてもらうで、神木くんの本当の実力」

二人がしっかりと見極めようと俺を凝視してくる。


カウントのための電光掲示板に、再度10という数字が表示される。


「それじゃあいくで……よーい…」


「スタートや!!」


二度目の10秒チャレンジが始まった。


「………ッ!!!」


俺は二人に言われた通り、全力で竹を切り刻んだ。


今度は誰かが斬ったちょっと短いやつだったため、3秒ほどで切り終えた。


「ろく、ごー、よん……って、あれ?神木くん!?」


「おい神木くん!?また動き止まってるで!?何してん!?」


俺は焦る二人を真正面から見つめ返す。


結局そのまま俺は、7秒ほどの時間を無言で直立したまま過ごした。


「しゅ、終了ぅうううう」


「えー!?何してんの神木くん!全力でやってくれいうたで?」


10秒の時間が終了し、二人の司会が俺の元へ駆け寄ってくる。


「何してんの神木くん!?また動き止めてたな!?」


「今度はやらせちゃうんやから、全力でやってもらわないと!!!」


「もちろん全力を出しましたよ」


「はぁ?」


「ほんま、何いうてんの!?カメラ回ってるんやで…?こんなんされたら使えへんよ」


「触ってみてください」


「はい?」


「ん?」


「竹を触ってみてください」


俺は二人に向かって毅然とそう言った。


二人は顔を見合わせた後に、恐る恐る竹に手を伸ばした。


「「あっ!?」」


二人の手が竹に触れた瞬間に、竹が先ほどのようにボロボロと崩れて粉になった。


「「「「「……」」」」」」


誰一人として喋らない静寂がスタジオを満たす。


司会二人は、絵に描いたような驚きの表情で口を開けて床の竹の粉を凝視していた。


「あ、あの……神木くん…」


やがて松田さんが沈黙を破った。


ゆっくりと俺の方へと顔を向け、それから何か恐ろしいものを見るような目でこう言った。


「あんた…一体何者なん…?」


「え…?いや、俺は、その…」


そんなこと言われても。


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