第60話


獅子王武尊というのは、どうやら五年前に活躍した探索者兼ダンジョン配信者の名前らしい。


獅子王武尊は20歳、大学生にして下層をソロで攻略できる実力を持ち、次の時代の一流探索者の一角を担う才能の持ち主として、周囲から期待され持て囃されていたようだ。


だが、獅子王武尊が大学を卒業し、一流探索者としてデビューすることはなかった。


すでに当時、有名クラン入りも決定していたにも関わらず、大学在籍中に行ったとあるダンジョン配信が原因で命を落としてしまったらしい。



“獅子王はマジで期待されてた…”

“獅子王見てたなぁ…懐かしい…”

“獅子王はマジで強かった”

”まぁ神木ほどじゃないにしろ、あいつも化け物だった…“

”神木……獅子王視聴者だった俺は、知らずのうちに神木に獅子王を重ねていたのかもしれん…“

“大将は死なないで;;無理しなくていいから長生きして;;”



当時獅子王を見ていた視聴者がいるらしく、コメント欄が獅子王の死を惜しむもので溢れかえる。



¥5,000

”言い忘れていたが、動画は結構グロい映像になっているから、つーべでは映さないほうがいいと思う。神木、お前が個人的に見てくれ。モザイクはかかってるから大丈夫だとは思うが…“



「スパチャありがとうございます……わかりました。じゃあ、移せるかどうか一回自分で確認してみますね」



動画はどうやらその獅子王武尊がダンジョン内で配信中に死んでしまった時の映像らしい。


グロ注意ということだったので、俺は一旦配信には映らない別画面で動画を再生し、音声だけは配信に乗るようにする。



『俺強ぇえ!!マジで俺強ぇえええ!!!俺最強じゃん!!!もう下層攻略しちまったよ!!!新記録じゃね!?これ!!』


動画が始まっていきなりそんな声が聞こえてきた。


薄暗いダンジョンの中で、筋肉質の青年がギラついた瞳で画面を真っ直ぐに見つめている。



『日本で今いるの!?俺以外に!!下層をソロで攻略できるやつ…!!!20歳以下でさぁ!!!いねえだろ!?俺が日本で一番…いや、世界で一番強い20歳だろ…!!!』



どうやらこの自信溢れる青年が獅子王武尊らしい。


察するに、今はちょうど下層を攻略し終えたところのようだ。


周りに他の探索者の姿は見当たらないので、おそらくソロだったのだろう。



“懐かしい獅子王の声…”

“獅子王;;”

“久しぶりに聞いたな獅子王の声;;”

“こいつめっちゃ自信家だったよなぁ…”

”死ぬほどエゴイスト。神木とは真逆の性格やな“

“めっちゃ自信家だったけど、実力が伴ってたし、許されてたよな”

“許されてたってか愛されてたな。あの時の若手探索者の希望の星だった”



『スパチャもみなさんありがとうございます!!うわ、同接五万人超え!?マジで凄くね!?ダンジョン配信でこれって凄くね!?俺超人気者じゃん…!!』



どうやら当時の獅子王の配信には五万人の視聴者が訪れていたようだ。



“五万人…?少なくね?”

“五万人って大したことなくね?”

”いやいや、ばかだろお前ら。最近配信見始めたのか?当時の五万人と今の五万人じゃ全然価値違うからな?“

”最近配信見始めたガキどもが五万人少ねぇとかいっててウケるわw w w“

“当時はそもそもダンジョン配信自体が黎明期だった。常時一万人以上を集めるダンジョン配信者が数人しかいないレベル。そんな中で五万人集めた獅子王はマジですげぇよ”

“神木ばっかみてて感覚麻痺ってるやついるだろ。当時の五万人って半端ねぇよ。今の二十万人かそれ以上の規模感だわ”



コメント欄で若干喧嘩が起き始める。


どうやら五万人が少ないかどうかで揉めているらしい。


長く配信を見てきたものたち曰く、五年前の五万人と現在の五万人では価値が違うらしい。


確かにここ最近とあるウイルスによって在宅ワークや、家から出ない遊びが普及して、配信界隈の数字も全体的にかなり底上げされている。


さらに今はダンジョン配信全盛期と言ってもいいぐらい、ダンジョン配信が流行っている。


当時獅子王武尊を見ていた人たち曰く、五年前は三万人以上を集めるダンジョン配信者がそもそも獅子王ぐらいだったらしい。

だから当時の五万人と今の五万人ではそもそも価値が違うと、どうもそういうことみたいだ。


まぁ、それはそうなんだろう。


だが喧嘩をしたりマウントしたりするような

ことはやめてほしい。


自分が好きだった配信者や時代を馬鹿にされるのが許せない気持ちはわかるけどな。



「獅子王武尊さんは当時のダンジョン配信者の第一線を走っていた人って理解でいいですね?」



俺は不毛な喧嘩を終わらせるために、一言そう言い添えた。



“そういうこと”

“そう”

“そうそう”

“お前らいちいち喧嘩すんなよ”

”うぅ…おじたんたちのマウントマジでキツかったよ;;“

”きもいおじたんたちのマウントきつかった;;“

”ガキどもわかったか?”

”ガキどもこれで黎明期のこと学べなー?“

“これだから最近ダンジョン配信見始めたにわかは…”

“ジジイどもが懐古して気持ちよくなってら^^”

“ここは若者の場所だよー?懐古厨のジジイどもに居場所はないよー?^^”

”ガキどもちょっとは世間を学ぼうね?“

”絵に描いたような老害ども^^“



「喧嘩するなら今日の配信終わるけどいい?」



“ごめん::”

“すみません::”

“もうしません”

“終わらないで;;”

“ごめんなさい”

“すみませんでした”

“許して;;”

“どうしてそんな酷いこと言うの;;”

“もうしないから配信終わらないで;;”

“喧嘩やめるから配信続けて;;”



「はぁ…」



俺はため息を吐いて、止めていた動画を再生する。



『スパチャもありがとうございまぁあああす!!いやぁ、今日だけで五百万円ぐらい稼いでね、俺!?最強じゃん!!どんな職業よりも高級取りじゃん!!!やばいじゃん人生の勝ち組じゃん!!!』



獅子王武尊はどうやらかなり調子に乗っているようだった。


配信には数百万円のスパチャが飛んでいるらしく、画面に映る獅子王は完全に舞い上がっていた。



『いやー、強くて人気者で金も稼ぐとか……俺完璧じゃん。自分の才能に嫉妬しちゃうね』



“うぜぇ…w”

“うーん、このウザいけど心からは憎めない感じ……ザ、獅子王武尊って感じ”

“懐かしいなぁ…こんなやつだったなぁ…”

“この動画見たことあるよ…最後…やばいことになるやつ…うぅ…思い出したくない“

“神木ー?一応最後かなりやばいから心の準備しとけなー?”

“神木くん…その動画、最後すっごくグロいから注意してね?もし気持ち悪くなったら私の裸見て元気出して?DMに新しいやつ送っとくから”



『もう人生上がりも同然だけど…俺はまだまだ高みを目指すぜ!!!最強の探索者兼最強の配信者になって!!!世界進出とかもしちゃったりして……!!!前ダンジョン配信者と探索者に夢を見せるぜ…!!!みんなついてきてくれよな!!』



獅子王武尊がそんな宣言をしてニヤリと笑う。


羨ましいな、ここまで自信家になれるのも。


自分の才能を信じて疑っていないって感じの性格だ。


俺も、自分の探索者としての実力にはもちろん自信があるが、しかしここまで豪語できるほどの確信はない。


獅子王武尊のこの自信は、今まで結果が伴ってきたからこそのものなのだろう。



『と言うわけで今日は新たな一歩を踏み出すぜ…!!獅子王武尊は歩みを止めない!!!俺は今日……深層にソロで挑むぜ…!!!』



”あ“

”あ“

”ひん“

”獅子王…“

”獅子王ダメだ…そっちは…“

”当時に戻って止めてあげたい…“

”この時に獅子王を止められなかったことをいまだに後悔してる…“

”獅子王;;“

”俺も当時獅子王煽てちゃってたからなぁ……同罪だ…“

”獅子王…行かないでくれ…;;“



『そうかそうか!!!みんなも応援してくれるか!!!ありがとう!!!そうだよなぁ!?今の俺にならいけるよなぁ!?まかせろ!!!20歳で深層ソロで攻略して世界に名を轟かせてやらぁ!!!!』



どうやら獅子王の反応を見るに、視聴者は当時の獅子王を止めるどころかむしろ煽てていたらしい。


おそらくそれだけ獅子王の実力というのは視聴者の間でも認められ、信頼されていたということなのだろう。



『それじゃあ…ついにいくぜ、深層に……へへ。この俺でもちょっとは緊張するぜ…ちょっとだけだけどな…』



そんなことを言いながら下層のさらに奥……ダンジョンの深層へと向かって進んでいく獅子王。


その後の動画の展開は、視聴者たちに警告されていた通りかなりグロかったので詳細には書かない。


ただ、獅子王は深層に入って5分ともたなかった。


ひゅっと何か空気を切るような音が鳴って画角がガクンと下がった。


そして気がついたら、獅子王の生首が画面に映し出されていた。


切断面にはモザイクがかかっていたが、かなりショッキングな映像だった。



「なるほどね」


動画を全部見終えた俺は、配信画面に視線を戻す。



“これでわかったろ?深層のヤバさが”

“神木。今ので確信した。やっぱりお前は深層に潜るべきじゃない”

“今急いでその動画見てきたけど……当時の状況知らないけどめっちゃ悲しくなった。頼む神木。深層に潜らないでくれ”

“神木。お前が死んだら俺は生き甲斐を無くしちまうよ;;お願いだから深層には潜らないで…”

“もう少し下層で攻略続けてもいいじゃないか…お前まだ高校生だろ、神木。焦ることはない…”

“頼む神木;;お前に獅子王の二の舞になってほしくないよ;;”

“せめてパーティーは組んでくれ、神木;;”



どうやら獅子王武尊の最期の動画を調べて実際に自分で見たらしい視聴者たちが、そんなふうに俺を止めてくる。


特に当時獅子王武尊の配信を見ていた視聴者たちは、絶対に深層にソロで潜ってはならないと必死に止めてきた。


おそらく当時、獅子王を煽てて深層に潜らせてしまったことに罪悪感を感じているのだろう。


つい先ほどまで俺の覚悟を歓迎してくれていたのだが、獅子王の動画を流したことで、一気にコメント欄の流れが変わり、みんなが俺を止め出した。



「そうだな…確かに,深層は俺が今考えている以上に危険なところなのかもしれない」



俺はたった今、獅子王の動画を見た上で出した結論を視聴者の前で口にした。



「みんなの考えはわかった。俺のことを心配してくれて本当にありがとう。だから俺は……

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