第61話
「あ、神木先輩だ!!!」
「神木先輩がきたぞ…!」
「神木先輩!深層に潜るって本当ですか!?」
「神木先輩頑張ってください!!」
「神木先輩応援してます!!!」
「神木先輩!もし深層の第二層までソロで進んだら高校生の世界記録ですよ!!!」
「神木先輩いつも配信見てます!ファンです!!サインください!!!」
「神木先輩は俺たちの誇りです!!!」
視聴者に対して深層に潜る宣言をした雑談配信のその翌朝。
俺が学校へ登校すると、どうやら俺がやってくるのを待っていたらしい生徒たちにたちまち囲まれてしまった。
「神木先輩!最近見ないなと思ったら裏門から登校してたんですね!!!」
「神木先輩!!!連絡先交換してくださいお
願いします!!!」
「神木先輩大好きです!!!今彼女とかいるんですか!?」
「神木先輩!私って神木先輩から見て可愛いですか!?もし可愛いなら彼女にして欲しいです!!2番目とか3番目の女でも全然オッケーです!!!」
最近は俺は、このように学校へ登校すると必ずと言っていいほど囲まれたり誰かに話しかけられたりするため、裏門を利用してこっそり登校するようにしていたのだが、今日でそれもバレてしまった。
つまりこれからほぼ毎日このような状態が続くと思われ、今から辟易とさせられる。
「す、すみません…連絡先は交換できません…彼女とかも募集してないんで…すみません…」
サインを求めてきたり、連絡先を交換して欲しいとスマホを差し出してくる生徒たちに無理やり作った笑みを返しつつ、俺はもみくちゃにされながら校舎に向かって進んでいく。
「神木拓也さん!深層にソロで挑戦するというのは本当なのですか!?危険なのでは?」
「神木拓也さん。少々でいいのでお時間もらえませんか!?」
「神木拓也さん!!国は未成年のソロでのダンジョン探索を推奨していませんよ!!!それでも深層にソロでご挑戦なさるのですか!?」
「神木さん!!!少しでいいのでこっちで取材に答えてくれませんか!?」
そして俺を取り囲むのは生徒だけではない。
どこの新聞社か、テレビ局、あるいはネット放送局の人なのかはわからないが、記者やライターと思しき人たちが、手帳とペンを持って俺に詰め寄ってくる。
「す、すみません…取材とかも受け付けてないので…」
「お願いします神木さん!二、三の質問に答えてくれるだけでいいので!」
「神木拓也さんインタビューをお願いします!!!」
「ご自身が同世代の探索者や探索者を目指す国民に与える影響についてどうお考えです
か!?」
「神木拓也さん!!!あなたが日々配信で行っていることは、一歩間違えば死ぬような危険行為なのでは!?影響されてダンジョンで危険な目に遭う探索者が今後出てくるかもしれませんよ!?それでもあなたは探索者を続
けるんですか!?」
「すみません…質問には答えられません…」
昨日の俺の雑談配信での宣言……今週末、深層にソロで潜るという決意表明は、瞬く間にネット上で拡散された。
SNSでは当然のようにトレンド入りし、俺の決意表明の部分が切り抜かれたショート動画はすでに五百万回以上再生が回っており、そして配信が終わる頃には、おそらく俺の配信を監視していたのであろうライターたちによるネット記事が驚くべき速度で何本も投稿されていた。
『だから俺は……いや、だからこそ俺は、深層にソロで潜ろうと思う。誰も成し遂げていない偉業に挑戦したいと思っている。今じゃなきゃダメなんだ。たとえば十年後に同じことをやっても、それは偉業ではない。もちろん深層をソロで攻略することは何歳になってもすごいことだと思う。だけど二十代後半、三十代でそれをやったとしても俺は唯一無二になれない。今しか…高校生である今にしか出来ないことがあるはずなんだ』
“やっぱこいつイカれてる…”
“神木…だめだ…そっちへはいくな…”
“なんだその考え方…普通の高校生は青春を楽しもうとするだろ…何世界レベルの偉業成し遂げようとしちゃってんだこの人…”
“やっぱ俺は大将に一生ついていきますわ!!!”
“獅子王武尊も確かに強かった!でも神木は間違いなくそれ以上だ!!!俺は信じてるぞ!”
“危ないよ神木…確かにお前は見たことがないぐらいに強くて、間違いなく日本一…いや、世界一の高校生だよ。でもそれでも深層にソロで潜るのは危険だと俺は思うんだ…”
『心配してくれてありがとう。正直、獅子王武尊の二の舞に絶対にならない保証はない。けれど、俺はダンジョン配信者として死ねるなら本望だと思っている。命を賭してでもみんなに、ハラハラドキドキのダンジョン探索冒険配信を見て欲しいと思っている。そのために、俺はダンジョン配信者になったから。だから、ここで尻込みするのは、俺の初心にも反する』
“もうだめだ…こいつは止まらねぇ…”
“うぅ…大将;;”
“神木…今のお前は十分面白い配信者だよ…俺たちのために無理することねぇよ…”
“すごいなぁ…もうすでに今の路線のまま行っても人生リタイアするぐらいの金は半年もしないうちに稼げるのがわかってるのにさらに上を目指すんだもんなぁ…”
“大将;;向上心がすごすぎて眩しいっす…”
“なんかニート如きの俺が見てはいけない配信者なんじゃないかって気がしてきた…”
“神木…もしお前が深層をソロで潜って、生還したら俺、バイトの面接に行くよ…頑張って社会復帰するよ…”
“大将は俺たちの希望です”
“っぱ神木拓也なんよなぁ…”
“大将と同じ世代に産まれられたことに感謝”
“神木拓也とおなじ時代に生まれてよかった”
『だから俺はここで改めて宣言します。俺は今週末深層に潜る。ソロで。誰にも頼らずに一人で潜って一層でも多く攻略しようと思ってます。大丈夫です。俺は獅子王武尊より強いです。彼を超えて必ず偉業を成し遂げます。俺の視聴者が、俺の偉業の生き証人になることを保証します』
“カッケェ…”
“惚れた”
“痛たたたたたたたた…痛い……でも、かっこいい…”
“こいつには男なら必ず憧れてしまう何かがあるぜ…”
“すげぇ…めっちゃ恥ずかしいセリフなのに実力が伴ってるから様になってやがる…”
“マジで頑張れ大将”
“期待してんぞ神木拓也“
”お前は特別だ。間違いなく、獅子王武尊以上に!!!マジで期待してんぞ!!”
”神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!“
『じゃあ、今週末よろしくお願いします。俺の配信見るために空けておいてください
ね…?』
昨日の配信が今でも鮮明に脳裏に思い描ける。
謎の一体感というか、画面越しなのに熱気を感じられた昨日の雑談配信は最終的に同接十八万人を超える勢いだった。
ダンジョン配信でも、コラボ配信でもないのに、一昨日の桐谷とのコラボ配信の同接に届こうかという勢いがあった。
きっとトレンド入りしたり、俺の決意表明が拡散されたりして、たくさんの視聴者が来てくれていたんだろう。
「神木先輩!サインください!」
「神木拓也!握手してくれ!!」
「神木先輩!!連絡先交換しましょう!」
「神木拓也さん!二、三の質問を…!」
「神木拓也さんぜひ少々お時間いただいてインタビューを…」
俺の視聴者は必死に俺を止めてきた。
危険だと。
獅子王武尊の二の舞になるぞ、と。
けれど俺はやはり深層に潜ることを決意した。
深層にソロで挑むことが,探索者としても、そしてダンジョン配信者としても俺をさらなる高みへ導いてくれるという確信があったからだ。
「高校生の今じゃなきゃ出来ないことがあるんだ…あとで後悔したって遅いからな…」
たくさん詰め寄ってくる生徒たち、記者たち、カメラを持った取材班にもみくちゃにされながら、俺はそんなことを小さく呟いた。
高校生の今しかできないことがある。
俺は必ず、ソロで深層を攻略してみせる。
そうすれば、それは間違いなく日本の、いや、世界規模で見ても偉業になるだろう。
少なくとも、日本で高校生が深層をソロで攻略した話なんて俺は聞かない。
俺が成し遂げるんだ。
誰にも超えられない偉業を。
「待ってろよ視聴者たち…必ず深層攻略して、新たな景色見せてやるからな…」
決意を固めるように俺は、そんなことを呟いた。
…あ、ちなみにだが、昨日の配信で『だから俺は……いや、だからこそ俺は』と『大丈夫です。俺は獅子王武尊より強いです』と『俺の偉業の生き証人になることを保証します』が新たに神木語録として追加登録されてしまった。
……ちょっと気持ちが熱くなった時に後から思い出してめちゃくちゃ恥ずかしくなるセリフ連発しちゃう癖、そろそろ治さないとな。
「お、神木がきたぞ!!」
「神木だ!!!」
「神木が登校してきたぞ…!」
俺を取り囲んできた生徒たちや取材班たちの間をなんとか縫って、俺は教室にたどり着いた。
クラスの中へ入ると、クラスメイトたちが俺の元へと駆け寄ってきた。
「神木聞いたぞ?ソロで深層に潜るんだってな?」
「お前大丈夫なのか?死なないか?」
「おい神木。なんかあったのか?深層にソロ
で潜るとか流石に無茶なんじゃないか?何か思い悩んでるなら相談に乗るぞ?」
クラスメイトたちが口々にそんなことを言って俺を心配してくれる。
俺はちょっと彼らの優しさにうるっときながらも、ここでもしっかりと決意表明をしておくことにした。
「みんな心配ありがとう。でも、もう決めたことだから。必ず深層から生きて帰ってくるよ。よかったら配信見てくれよな」
「マジか…」
「お前すげぇな…」
「とてもじゃないが真似できねぇよ…」
「正直探索者のこととかよくわからんが、お前がすげーことやろうとしてるってのはよくわかるぜ」
「神木。お前は俺たちクラスの、いや、この高校の誇りだよ」
「なんだかんだお前がいなくなったら寂しいからよ。絶対に生きて帰ってこいよ?」
クラスメイトたちが、俺の肩をポンポンと叩きながらそんなことを言う。
もちろんだ。
必ず生きて帰る。
俺は深層なんかでモンスターに殺されるつもりは毛頭ない。
クラスや学校の誇りだと言ってくれるのなら、その期待に応えたいと思う。
それでこそダンジョン配信者だと思うから
だ。
「神木くん!」
「おい神木!!」
クラスメイトたちに決意を宣言した俺が、自分の席に着くと、桐谷と祐介が俺の元に慌てたようにやってきた。
「本当なの!?深層に潜るって…!?」
「神木!お前まじで深層に潜るのかよ!?」
二人して心配そうに俺にそんなことを聞いてくる。
俺は二人の顔を交互に見てから頷いた。
「ああ。俺は今週末ソロで深層に潜る。配信するから二人もよかったら応援よろしく頼む」
「あ、危ないよ…!いくら神木くんで
も!!」
桐谷がクラス中に響くような大きな声でそんなことを言った。
「桐谷…?」
「いくら神木くんでも…き、危険だよ…深層をソロでなんて……」
「わかってる。危険も承知だ。それでも俺の決意は固いぞ」
「やだよ…神木くんが死んじゃったら…私…」
「ありがとう。クラスメイトとして心配してもらえて、すごく嬉しい」
「ち、違っ…私はっ…」
「…?」
「あ、いや…その…ええと…あの…なんでもない、です…と、とにかく私は、神木くんに死んでほしくないって思ってて……コラボの約束もあるし……」
尻すぼみになっていく桐谷。
よくわからないが、俺のことを心配してくれていることは十分にわかった。
「安心しろ。桐谷。俺は絶対に死なないから」
「…っ」
「必ず地上に帰ってくるから…だから応援していてくれ」
「…ひゃい」
「頼んだぞ」
「うぅ……ずるいよ,そんなの…」
何やら顔を真っ赤にした桐谷が、俯いて蚊の鳴くような声で何か言っている。
「決意は固いようだな。神木」
急にもじもじとしだした桐谷に首を傾げていると、今度は祐介がそんなことを言ってきた。
「ああ。俺は必ず深層に潜って生還する。お前にも見守ってほしい」
「当たり前だろ?俺はずっと今までお前を見続けてきた唯一の人間だぜ?」
「…確かにな」
「まさか同接平均1にも見たなかったお前が、こんなところまで来るなんてな」
「…俺もびっくりだ」
「死ぬなよ」
祐介がいつになく真剣な表情で言ってきた。
いつもの茶化すような態度はすっかりなりを潜めている。
「おう、死なねーよ俺は」
「必ず帰ってこいよ」
「まかせろ」
「伝説、作ってくれよ」
「もちろんだ」
祐介が右手を差し出してくる。
俺はニッと笑って配信初期から今日まで欠かさず見守ってきてくれた俺の唯一の視聴者であり、腐れ縁の悪友の手を握り返したのだった。
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