第62話
「それじゃあ、深層ソロ攻略配信、始めていきたいと思います」
上層のダンジョンの暗い通路で俺はスマホのカメラの前でそう宣言した。
週末。
俺は宣言した通り、いよいよ深層のソロ攻略に乗り出そうとしていた。
一日をダンジョン探索に当てられる休日、朝からダンジョンへとやってきた俺は、早速配信をつけた。
配信をつけて二、三分で視聴者は五万人を突破。
更新するたびに数千人単位でどんどん増えてく。
俺が今日この日に深層ソロ攻略に挑むという情報は随分拡散されたからな。
今日の配信には、俺が深層をソロで攻略する偉業を見にきた神木拓也ファン、あるいは俺が深層のモンスターに敗れ、最悪死んでしまうような酷い目に遭う様子を見にきたアンチ等さまざまな視聴者が訪れていることだろう。
おそらく中にはこの俺の深層ソロ攻略挑戦が、ヤケクソの無謀だと思っている視聴者もいるはずだ。
だが、それでいい。
どんな感情で俺の配信を見ていようが,視聴者には変わりない。
俺が伝説を作るその瞬間を見る生き証人は、一人で多い方がいいのだ。
“いよいよか…”
“やあああああああああああああ”
“どりゃぁああああああああああああ”
”いけぇええええええええええ神木ぃいいいいいいいいいいい“
”頑張れ神木拓也!“
”神木拓也最強!神拓也最強!神木拓也最強!“
“頑張れ神木拓也!”
“大将頑張って;;”
“大将なら絶対にいける!!!”
“ソロで深層に潜るバカがいると聞いて”
“今まで見たことなかったけどこれが噂の日本最強の高校生探索者?”
“ネット記事から来ました。深層にソロで挑もうとしているバカな高校生の配信はここですか?”
”これが伝説の幕開けか…“
”こっちまで手に汗握ってきた…“
”神木くん……もし生還できたら……私と会ってくれる?もう写真送るだけじゃ満足できない。神木くんに私の生まれたままの姿、直接見てほしい“
コメントの流れがいつもより圧倒的に早い。
俺を鼓舞する普段の視聴者のコメントに加えて、俺を初めて見にきたのであろう新規の視聴者のコメントも散見される。
「…っ」
ぐっと片手剣を握る手に力が入る。
上層からこんなに多くの人に見てもらえるのは始めてだ。
「そ、それじゃあ……探索開始しまーす…」
俺はあっという間に同接が六万人を越えたのを見てから、配信画面を開いたスマホを固定器具で体に固定した。
「上層から攻略していきます……なるべく体力は温存するつもりです。深層で、全力を出せるように…」
俺はそんな言葉と共にいよいよ深層ソロ攻略のためのダンジョン探索に乗り出したのだった。
ダンジョンには大きく分けて二種の分類がある。
それすなわち、そのダンジョンに深層があるか否か。
大抵のダンジョンには深層と呼ばれる区域が存在しない。
下層の最奥がそのダンジョンの終わりとなっ
ているのだ。
しかし、数あるダンジョンの中に、稀に深層と呼ばれる区域を持つダンジョンが存在する。
1匹で、街一つを滅ぼしかねないほどに強いモンスターばかりが出てくる深層を、魔境なんて呼ぶ人もいる。
「…っ」
そして今日、俺が潜っているダンジョンは当然深層のあるダンジョンである。
まずはいつも通り下層の最奥までできるだけ体力を温存した状態で辿り着き、そこから深層攻略に乗り出す。
俺の作戦はざっとそんな感じだった。
ちなみに深層を持つダンジョンにも二つの分類があって、攻略済みダンジョンと未攻略済みダンジョンとがある。
攻略済みダンジョンとは、深層含めそのダンジョンの最奥まで人が到達したことのあるダンジョンであり、今日俺が潜っているのは攻略済みダンジョンの方である。
今日は初めてのダンジョン探索なので、深層を持つダンジョンの中でも攻略済みを選んだのだが、いずれは未攻略ダンジョンにも挑みたい。
もし今日生還できたら、いつかは未攻略ダンジョンに挑戦し、俺がソロでまだ探索されていない新たな深層区域を切り開いていきたい。
…そんなことを考えたりもする。
まぁともかく今は、目の前の探索に集中しなくては。
”なんでこの人、さっきから片手で戦ってるんですか?“
”おい神木ー?いつもと片手剣を持つ手が違うくないかー?“
”やっぱりもう上層や中層のモンスターは相手にもならないな“
“すごい…この人初めて見たんですけど…めちゃくちゃ強くないですか…?”
“すげぇ…中層のモンスターを歩みを止めずに一瞬で…?”
“俺、なんで今までこんな強い探索者の存在を知らなかったの…?”
“この人なら本当に深層ソロで攻略しそう…”
“こんなに埒外の化け物を見たのは、獅子王武尊以来か…”
俺は出来るだけ脱力した状態で歩き、モンスターが出現したら、最小限の動きで片手剣で仕留めながらダンジョンを攻略していく。
上層をすぐに踏破して、そのまま歩みを止めずに、中層攻略へと差し掛かった。
チラリとコメント欄を確認すると、俺がいつもとは違う手……左手で片手剣を握っていることに疑問を持っている人がいるようだった。
「今日は下層攻略まで、左手だけでいきたいと思います。利き手の右手は温存しておきたいので」
深層探索には全力で挑みたい。
そのために確実に勝てる下層攻略までの道のりでは、俺は利き手の右手は温存しておくつもりだった。
“なんだそれw w w”
“無茶苦茶すぎるw”
“そんな器用なことできるのかw”
“それ逆に疲れないか…?”
”あまりに動きが普段と変わらないから言われるまで気づかなかったわ。そういや今日こいつ左手で戦ってるやんw“
”すげえ…もう中層攻略しそうだ“
左手だと多少動きが鈍くなるのだが、しかし下層までの攻略に、多少動きが鈍ったところで関係はない。
俺はモンスターが出てきてもほとんど歩みを止めずにすれ違いざまにどんどん討伐していき、あっという間に中層を攻略し終えた。
運のいいことに、今日はここまでモンスターとのエンカウント率も低いような気がする。
「中層攻略し終えました。これから下層も攻略します」
流石に俺は一度足止めて、固定器具からスマホを取り出し、コメント欄などを確認する。
”はぇええええええええええ!!!“
”もう中層攻略かよw“
”いつも以上に早いw“
”つか人多すぎだろwどんだけ来るんだよw“
”高校生がソロで深層攻略だからなぁ……野次馬も増えるだろうなぁ“
”多分お前の死に様とかを面白半分で見にきてる連中もいると思うぜ、神木。目にもの見せてやれよ、応援してるぜ“
”大将;;マジで頑張って;;“
”おーい、新参どもー?^^大将の伝説しっかり目に焼き付けていけなー?^^“
”今日は気のせいかモンスターとの遭遇も少ない気がするな…いい感じに体力温存できてる”
“神が神木拓也に味方をしているとしか思えん……マジでこれ深層攻略あるぞ”
同接はゆうに10万人を突破して、現在は11万5000人。
まだまだ勢い衰えることなくものすごい勢いで増えていっている。
これはもしかすると、下層まで到達する頃には同接二十万人行ってるかもな。
…なんだか20万人の人間に自分一人が見られているという実感が湧かない。
同接0人で誰もいない画面に向かって語りかけていた頃が遠い昔のように思える。
まだ3ヶ月も経っていないはずなのだが。
「皆さん今日は俺の配信にお越しいただいてありがとうございます。今から下層を攻略して、その後はいよいよ深層攻略に挑戦します。今日は攻略済みダンジョンの深層に潜るわけですが、いずれは未攻略ダンジョンにも挑戦して、攻略最前線の景色を見に行く配信でもしようかなと思ってます。もちろんソロで。とりあえず今日は絶対に生還するのでよろしくお願いします」
”もう先のこと見据えててわろたw“
”気が早すぎだろw w w“
”今日死ぬつもりなんて毛頭なくて草”
“やっぱ俺たちの大将いかれてるわw”
“もし本当に未攻略ダンジョンの最前線までソロで行ったとしたらお前はもう人じゃない、神だよ”
”とりあえず目の前のダンジョン攻略に集中しろやw w w“
”神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!“
「それじゃあ下層に潜っていきます。なるべく体力を温存したまま最奥まで辿り着いて……そこからはいよいよ深層攻略です」
俺はスマホを固定器具に嵌めてから、下層へと足を踏み入れた。
俺の深層ソロ攻略挑戦配信は、ここまでのところ、怖いぐらいに順調と言えた。
「なんか一気に確率が収束してきた感があるな…」
上層から中層を抜けるまで、モンスターとのエンカウント率が極端に少なかったのが、下層へ来て回収されつつあった。
「はぁ…なるべく体力温存したいんだけど…」
俺は目の前に立ち塞がる下層のモンスターの群れにため息を吐く。
“めっちゃいるw w w”
“マジかw”
”ここにきてw w w“
”運悪いな神木w w w“
”うわぁ、この数は……“
”下層のモンスターうじゃうじゃやw w w“
”なんでこの人逃げないんですか?“
“ここまでの戦いは確かに凄かったけど、流石にこの数は倒せないでしょ。初めて見に来たけどいいもの見せてもらました。チャンネル登録はしておきますね”
こうなるぐらいなら上層や中層でモンスターの群れと遭遇する方がまだマシだ。
下層で群れと遭遇するなんてかなり運が悪い。
『オガァアアアアアアア!!!!』
『キシェェエエエエエエ!!!!』
『キチキチキチキチ…』
『フシィイイイイイイイイ…!!!』
ダンジョンの通路を埋め尽くさんばかりの下層のモンスターたちが俺へと向かって迫ってくる。
「どうする?あれやるか?」
かミキサー。
巷でそう呼ばれている俺の編み出した対モンスター群に対する攻撃手段が頭の中に浮かんだ。
1匹1匹に対応するのではなく、全方位にどのモンスターよりも早く攻撃を繰り出す。
そうすることによって攻撃は最大の防御となり、一撃を喰らうこともなくモンスターの群れを殲滅することができる。
その威力は、これまでのダンジョン配信中での証明されている。
“かミキサーいけw”
“ここしかないでしょ大将!!!!”
“そうか。この時のためにカミキサーは生み出されたのか(伏線回収)”
“あの、新参なんですけどかミキサーってなんですか?”
“かミキサーってどういう意味です?”
“まぁ黙って見てろって新参^^”
“マジでヤベェからまぁ見てろってw“
チラリと確認したコメント欄にもかミキサーを期待する声が多い。
けど、あれ、結構体力使うんだよなぁ。
別にできなくはないし、かミキサーを使った後でも深層に潜れるけど、それだとここまで体力を温存した意味がない。
「別に今日は下層のモンスターを全部倒すのが目的じゃないし,ちょっとなるべく体力温存する感じで行きますね」
いつものダンジョン配信なら、俺の主戦場は下層であるため、出会ったモンスターを全て倒すことに意味がある。
しかし今日の目的は深層探索。
別に下層で出会ったモンスターを倒していくのが目的じゃない。
であれば、かミキサーを使ってわざわざ目の前の群れを全て殲滅する意味もない。
この場をやり過ごせばいいだけだ。
”またなんか新しいことやろうとしてないか?”
“ここに来て新技くるか…?”
”まーた、何かやろうとしてら^^“
”群れを相手に体力温存って…どうやるんだよ…?“
「ふぅ…」
俺は少し下がって近づきつつあるモンスターの群れから距離を取る。
「はっ…!」
姿勢を低くしてしゃがみ、クラウチングスタートのようにして地面を蹴った。
そして十分な助走を利用して、速度をあげ、群れの正面に一気に突っ込んでいく。
「ふんふんふんふんふんふんっ…!!!」
ズババババババババ…!!
群れに突っ込んで走ると同時に、俺は前方に向かって幾重にも重なった攻撃を繰り出す。
手に何匹ものモンスターを切り刻む感触が伝わってくる。
目の前に血の海が体現し、まるで血肉の中を斬って進んでいるかのような錯覚に襲われる。
「こうやってドリルみたいな感じで進んでいけば……ぁあああああああああ!!」
片手剣を振り回し、前方のモンスターを削って道を開けながら進んでいく。
この方法ならより体力を温存した形で進むことができる。
もちろんダンジョンの通路の両端にいるモンスターを仕留めることは出来ない。
だが、それでいい。
今はこの群れをやり過ごしてその先に進むことが目的なのだから。
”ファーw w w w w“
”かミキサーならぬ神木ドリルきたぁあああああああああああ!!!“
”新技きたぁああああああああああ!!!“
”すげぇw w wどんどん道がひらけていくw w w“
”気持ちぃいいいいいいいいいい!?!?“
”なんだこれやばすぎやw w w“
”えぇええええええええ!?何が起きてるんですかこれぇえええええ!?!?“
”ちょちょちょ、意味がわからないんですけど!?“
“なんでこの人下層のモンスターの群れの中に突っ込んで無事なんですか!?”
“新参どもが驚いてら^^“
”これくらいで驚いてたらこいつの配信最後まで持たないぞ^^”
ドリルでモンスターたちの間に人が通れるぐらいの穴を開ける感覚で、片手剣を振り回しながらどんどん進んでいく。
もはや何を斬っているのかは認識していな
い。
とりあえずかミキサーの時のような全方位に対する速度のある攻撃を、前方にのみ集中している。
全方位に攻撃しなくていいため、攻撃の密度はより上がる。
なんだか、豆腐の中を斬って進んでいっているような感覚に襲われた。
「お…?」
やがて剣を振り回す腕から手応えを感じなくなった。
いつのまにか、目の前から血の海は消えて、ダンジョンの暗闇が広がっている。
俺は歩みを止めて背後を振り返った。
『グェエエエ…』
『ギョォオオオオオ……』
『グォオ…オ……』
そこでは体の一部、あるいは大部分を削り落とされて瀕死のモンスターが蠢いていた。
俺の進む先にいた下層のモンスターたちは、
ほとんどが戦闘不能の致命傷を負ったようだった。
たまたま通路の両端にいて生き残ったモンスターたちも、それらの死体や、瀕死体に阻まれてすぐに動くことは出来ない。
『なんとかなりました。かミキサーよりも体力温存できたっぽいです』
俺は背後の惨状をスマホのカメラで映しながらそういった。
“やばすぎですw w w”
“えー、ここ切り抜きです間違いなくw”
“今日一発目の切り抜きポイントw”
“こんだけの惨状生み出しといて体力温存できたってなんだよw w w”
“やっぱこいつ化け物やw w w”
“なんか深層に潜るからって心配してたのがバカみたいやw w w”
“この男の底が見えねぇw w wマジでこれ、深層に潜っても状況対して瓦ねぇんじゃねぇかな?w“
”やばすぎでしょこの人……今日初めて見たけど…ドン引きです…“
”これ本当に配信ですか…?よくでいたCG映像を配信で流してるとかじゃないですよね…?“
”おう新参ども。CGを疑う気持ちはよくわかるがこれは現実だぞ^^わかったらチャンネル登録しろな?^^“
“新参どもがドン引きしてら^^”
“どりゃぁああああああああああああああああああああああああ”
”神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!“
コメント欄が怒涛の如く流れている。
速すぎてコメントを読むことは出来ないが、きっとしっかりと体力を温存できた俺の手堅さを誉めてくれているのだろう。
「さて……先に進みますよ!」
群れに遭遇したがうまく切り抜けた。
無事だったモンスターが、他のモンスターの死体を乗り越えてやってくる前に先に進むとしますか。
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