第220話


ゾロゾロゾロゾロゾロ……


「渦巻きナルドはどこにいるんだ?」


俺はたくさんの神木軍と共に渦巻きナルドの拠点の中をどんどん上へ上へと進んでいく。


拠点には至る所に罠が仕掛けてあったが、全て裸の神木軍が犠牲になることによって俺や武器を持った熟練プレイヤーが罠に絡め取られる事態は回避されていた。


「大将のために…」


「大将のために死ねるなら…」


「俺たちが人柱になります大将…」


「絶対に前に出ないでくださいよ、大将」


裸の神木軍たちは頼んでもいないのに喜び勇んで前にでて罠をその身を持って確かめる人柱になろうとする。


渦巻きナルドの拠点には本当に多種多様な罠が仕掛けられており、裸の神木軍たちは火炎放射器に焼かれたり、設置型爆弾に吹き飛ばされたり、壁から生えてきた刃に真っ二つにされたりととにかく散々な目にあっていた。


だというのに、彼らは我先にと先頭に立って、むしろ罠に引っかかりに行くような歩き方をする。


そして案の定罠にかかって死ぬと、最後に断末魔のようにして短いボイチャメッセージを残していく。


「大将…先に行ってください…」


「俺たちのことはいいですから先に…」


「俺はここまで見たいです…大将どうかお気をつけて…」


「神木…俺の屍をこえて先にいけ…」


いや、君たちはそれでいいのか。


そう思ったが、どうやら彼らはこれで満足らしい。


とにかく何かの形で少しでも俺の役に立ちたいというのが彼らの目的らしかった。


なんだろう。


自分が作り上げたコミュニティにこんなこと言うのもアレだが、普通に怖い。


教祖様のいうことは絶対の新興宗教のような様相を呈している。



“わろたw w w”

”忠誠心えぐいw w w“

“俺も大将のために死にたいけどサーバーが混雑して入れないお;;”

“今神木のサーバー見てきたら待機人数一万人超えてるんだがまさかこれ全部神木の視聴者なのか!?w”

“うーん、これは神木視聴者の鏡w”

”大脳摘出してるのかな?w“

“なんだこのコミュニティ…”

“ここまでくるとマジで神木が教祖様みたいに見えてきたな”

“てか渦巻きナルドどこだよ”

”どっかに隠れてんじゃねーか?渦巻きナルド“



チャット欄でも、視聴者たちが神木軍の忠誠心の高さにドン引きしたり、神木信者の鏡だと盛り上がったりしている。


「これならいけそうですね」


「本来なら爆発物とか使って罠破壊しながら進まないといけないんですけど…」


「マジで神木軍最強です大将。今日中にこの拠点レイドできますよ」



俺の周りを取り巻いている熟練のプレイヤーたちも、裸の神木軍の献身性に感心しているようだった。


聞けば、このような拠点をレイドするときは、非常に慎重に進むことが必要で、罠を破壊するために爆発物をたくさん用意しないといけないらしい。


本来このゲームは数人のクランでプレイするもので、拠点の中で一人でも罠に絡め取られて死んでしまえば、それだけで痛手になる。


だから、絶対に罠に引っかからないように、ものすごく慎重に拠点の中をクリアリングしていくのが定石なんだそうだ。



「もうこの人数がいればなんでもありっすね…」


「すげぇ…このゲーム5年以上やってるけどこんなレイドの仕方見たことねぇよw」


「色んな意味でこのゲーム壊してるっすね、神木軍…」



熟練者たち曰く、こんなレイドはほとんど想定されておらず、防ぎようがないらしい。


まぁ確かに数人のクランによるレイドを想定した数々の罠を、人海戦術で乗り切るのはちょっとインチキだよな。


まぁチート行為でもないから遠慮なく使わせてもらうが。



「この階にも誰もいません…」


「大将、クリアリング完了です」


「ここにも渦巻きナルドはいないっぽいですね」



最初に裸の神木軍が足を踏み入れ、罠に絡め取られ、命を賭して道を開き、その後を熟練のプレイヤーたちが武器を構えながらクリアリングし、安全だとわかると最後に俺が足を踏み入れる。


そんなことを繰り返し、俺たちはどんどんと拠点を上へ上へと登っていった。


「た、大将見てください!」


「あそこに武器庫があります!!!」


「これ多分、渦巻きナルドが溜め込んだたくさんのアイテムがここに詰まってますよ!」



拠点を攻略していく中で俺たちは、渦巻きナルドのお宝がたくさんしまわれているであろう武器庫やアイテムボックスも発見した。


「パスワードがかかってますね…」


「壊すのはちょっと手間かかりそうです」


「渦巻きナルド見つけて普通にパスワードを吐かせましょう」



俺たちは固く閉ざされたアイテムボックスを無理やり壊すのではなく、先に渦巻きナルドを見つけてロック解除のためのパスワードを聞き出すことにした。



「残りは屋上だけです」


「多分屋上に隠れていると思います」


「行きましょう…まず俺たちが突撃します」



やがて俺たちはとうとう渦巻きナルドの拠点の最上階に辿り着いた。


残るは屋上のみであり、おそらくそこに渦巻きナルドが隠れていることだろう。



「まず俺たちが突っ込みます大将!」


「爆弾が仕掛けてあったり、銃を撃ってくると思うんで、俺たちを先に行かせてください」


「大将、俺たちがまず先に入ってみます。大丈夫そうなら大将たちが入ってきてください」


「おっけー、わかった。任せる」



俺がそういうと、裸の神木軍たちが屋上の扉に近づいた。


そしてタイミングを合わせ、扉を開き、一気に中へと傾れ込む。



ドガァアアアアアアアアン!!!



凄まじい爆発が起こった。


どうやら屋上の扉を入ってすぐのところにセンサーで起動する爆弾が仕掛けてあったらしい。


数人の裸の神木軍が吹き飛ばされて名前がキルログに並ぶ。



「うおおおおおおおお」


「突っ込めぇえええええええ」


「神木拓也万歳!」


「神木拓也最強!」



だがその程度ではもはや神木軍の勢いは止まらない。


爆散した死体を乗り越えて、第二波が屋上へと殺到する。



パパパパパパパパパパパパ!!!!



発砲音が爆散した扉の向こうから響いている。


どうやら屋上に入った神木軍が、渦巻きナルドに

よって撃たれているらしい。



「大将発見しました!」


「渦巻きナルドがいます!!!」


「やっぱり屋上に隠れてました!!」


「俺たちが壁になるんで俺たちごと撃ってください!!」



先に突撃した神木軍が撃たれながらそんなことを言う。


報告を受けた熟練のプレイヤーたちがすぐに屋上へと入っていった。



パパパパパパパパ!!!


パパパパパパパパパパパパ!!!



ビシュシュシュシュシュシュ!!!




しばらく銃撃戦の音が続いた。


やがて…



「大将!渦巻きナルドを仕留めました!!」


「大将、ついにやりました!!」


「もう安心です大将!!!」



屋上からそんな報告が届いた。


俺は恐る恐る屋上へと入っていく。



「お、本当じゃん」


周囲に散らばったたくさんの神木軍の死体。


その中心に、一人の男が瀕死の状態で跪かされていた。


間違いない。


この拠点の主である渦巻きナルドだ。



「大将、渦巻きナルド、捕獲しました」


「安心してください、瀕死です。多分拳一発で死にます」


「武器も全部奪いました」


「もうこいつは何もできません」



渦巻きナルドの周りは絶対に逃すまいとする神木軍たちで固められていた。


俺は完全に戦意を喪失したように見える渦巻きナルドにゆっくりと近づいていった。



「ヘイ、ジャパニーズ…ソーリー…マイバッド……アイライクジャパン…アイラブジャパン……プリーズドンドキルミー……マイフレンド……プリーズ…」



渦巻きナルドが英語で何かを喋りかけてくる。


俺はよく聞き取れなかったため周りの連中に何を

言っているのか聞いた。


「…?なんて言ってるのこれ」



 

「めっちゃ媚び売ってます」


「日本が好きとか言ってます」


「白々しいです」


「なんとか生き延びようとしています」


「殺さないでくださいマイフレンドとか言ってます。白々しいです、殺しましょう大将」



「なるほど…要するに白旗ってことね」



どうやら渦巻きナルドは完全に負けを認めてどうにか俺たちに許してもらいこの場を切り抜けようといているらしい。


「えーっと、誰か英語できる人いる?」


俺はこっちの意思を渦巻きナルドに伝えてもらうべく、視聴者の中に英語のできる人を探す。



「俺、学生時代に留学してたんで、ちょっとした会話レベルだったらできますよ」


留学経験があるという視聴者が一人、通訳に名乗り出た。


俺はその視聴者を通じてこっちの意思を伝えてもらう。



「えーっと…そうだな。じゃあ、まずは拠点の中にあるアイテムボックスとか武器庫のロック解除のためのパスワードを教えて欲しいかな」


「ヘイナルド…ギブミーアコード……」


通訳の視聴者が渦巻きナルドにパスコードを要求する。


「ノウ…ノウ…プリーズ…ノウ…」


「だめ、と言っています」


「そっか。じゃあ殺すだけだ」


「ソウ、ウィージャストキルユー」


「ノウ!!ノウノウノウノウノウ!!プリーズ…オウ……OKOK…アイギブユーパス……テイクハーフ…オケー?」


「なんて言ってる?」


「パスワードを渡すから半分だけで勘弁してほし

いって言ってます」


「なるほど……じゃあ、取引に応じるって感じのニュアンスでパスワード聞き出して」


「え、大将、許すんですか?」


「半分だけ取ってひきあげるんですか?」


「いや、もちろん全部もらうよ。あんだけ視聴者殺されたしね、普通にこの拠点もアイテムも全部俺たちのものだ」


「ですよね」


「流石っすw」


「そうこなくっちゃ^^」


ゲームなのでキャラクターの表情は変わらないが、きっと日本語が理解できる俺の視聴者たちは全員ゲスな笑みを浮かべていたはずだ。


そして何も知らない渦巻きナルドはまるで縋るように俺たちを交互に見てきたりしている。


「オーケー、ウズマキ。ギブミー、パス。アンド、ユーリリース…」


「おう、テンキュー…アイラブジャパニーズ…テンキュー…」


無事に騙されてくれた渦巻きナルドがパスワードを渡してくる。


よし。


これでこの拠点やアイテムボックスの中の武器は全部俺たちのものだ。


「一応このパスワードで開くかどうか確認してきて」


「了解です」


俺は一応渦巻きナルドが嘘をついていないかどうか確かめるために、本当にこのパスワードで開くのかどうか階下にいる視聴者に確認させる。


「大将、開きました!」


「大将、パスワードは正しいみたいです」


「よし」


パスワードが正しいことが確認された。


これで本格的に……こいつは用済みだ。



「よし…それじゃあこいつはもういらないな?」


「そうっすね」


「いらないっすね」


「用済みっす^^」


「もういらないっす^^」


「…?…??」


「じゃ、君たち。こいつ、持ち上げて下に落としちゃって」



「了解っす^^」


「あいあいっす^^」


「わかりましたっす^^」


「落とすんすね、了解っす^^」


「…?ヘイ…?ジャパニーズ…???」


日本語の理解できない渦巻きナルドが混乱したようなボイチャを入れる中、俺の指示を受けた視聴者たちがさっと渦巻きナルドの両脇に陣取った。


そしてその体を持ち上げ、屋上の端まで連れていく。


「オウノオウ!!!ノウノウノウノウノウ!!!」


ようやく渦巻きナルドも騙されたことに気がついたらしい。


ボイチャで必死な叫び声をあげている。


「プリーズ!!プリーズ!!ユーアーライアー!!ユーアーライアー!!!」


「なんて言ってる?」


「お前らは嘘つきだって言ってます」


「そっか。まぁ正論だけどこれだけ不意打ちなんかしたりして煽り散らしたんだから自業自得だよね。それじゃあ報いを受けてもらおうか」


「ファック!!!ファックユー!!ファック!!ごーとぅーヘル!!ファァアアアアアアアッック!!!」


ボイチャで暴言を吐き、ジタバタと暴れている渦巻きナルドに、俺はいった。


「ヘイ、ウズマキ」


「ワット?」


「エンジョイユアトリップ」


「!?の、ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?!?!?」


断末魔の叫びと共に渦巻きナルドは屋上から地上へと落下していった。


そしてそこらじゅうに群がっている俺の視聴者たちの群れに飲み込まれてあっという間に見えなくなっていった。



「よーーーーーーーーーーーし、俺らの勝ち」



“よーーーーーーーーーーーし”

”よーーーーーーーし“

”よーーーーーーーーーーーーーーし“

”よーーーーし“

”よーーーーーーーーーーーーーーし“

”よーーーし“

”よーーーーーーーーーーーし“



パパパパパパパパパパ!!!!!



景気付けに余った弾薬が空に向かって一斉に発射され、連動して視聴者が嬉しげにぴょんぴょんと飛び跳ねるのだった。



= = = = = = = = = =



「ファアアアアアアアアアアアック!!」


渦巻きナルドは絶叫し、特大の台パンをした。


目の前のdeadの文字を充血した瞳で睨みつけながら、間違いなく配信に乗ったら垢バンされるような放送禁止用語や差別用語を連発する。


それが終わりひとしきり怒りを発散すると、頭を抱えて項垂れた。


「ホーリーファック……オーマイガー…」


神木軍に負けて自分は全てを失った。


その事実が今更のように重くのしかかる。


パスワードを教えてしまったため、アイテムも武器も今頃全て奪われていることだろう。


拠点ももちろん乗っ取られ、おそらく今頃入り口に新たな扉とパスワードが設けられ、自分はもう入れなくなっていることだろう。


「負けだ…くそ…俺の負けだ…」


敗北感に打ちひしがれた渦巻きナルドは、ゲームを閉じて自身のSNSを確認する。



「ホーリーファック!?!?」


自身の最新の投稿に、信じられない数のいいねと返信が送られていることに気づき、渦巻きナルドは目を剥いた。



”やあ^^“

”よお^^“

”ざまぁ^^“

”遊んでくれてありがとなー^^“

”なんだかんだお前がいてくれてよかったぞ^^“

“ヒール役として完璧だった^^”

“配信盛り上げてくれてありがとなーー^^”




日本語でなんて書いてあるかはわからなかったが、しかし渦巻きナルドは自身の投稿にこれだけの反応がついたことは初めてであり、不覚にもそれがちょっと嬉しいと思ってしまった。



「マム!!ゲットアカメラ!!ゲットアファッキンカメラ!!!マム!!!」


興奮で母親を呼びつけ、信じられない数の自分の投稿への反応を記念に撮影して収めようとする。


間も無く彼の部屋に、度重なる絶叫と台パンで堪忍袋の尾が切れた母親がやってきた。


そして渦巻きナルドはすぐに正座させられ、ゲームなんてやってないでさっさと外に出て働けと母親に二時間ほどみっちり説教を喰らうことになった。



= = = = = = = = = =



一方その頃運営サイド。


「た、たまらん!!!」


「信じられないほどの数のプレミアムパスが買われているぞ!!」


「過去最高のうりあげだ!!」


「今日一日の売り上げだけで過去一年のトータルの売り上げを超えたぞ!!!」


「投資した甲斐があった!!」


「た、たまらん……おい、今夜はお祝いのパーティーだ!!すぐにピザを頼め!!」


「週末はこの金で旅行に行こう!!みんなで!!!」


「ナイスアイディアだ!!」


「行き先はどうする!?」


「そんなの決まっている、もちろん日本へだ!!」


「ああ、みんなでジャパンに旅行に行くぞ!!」



神木信者がただ神木の役に少しでも立ちたいという一心で、プレミアムパスに課金しまくったために、運営サイドは今日一日で過去1年間のトータル以上の収益を上げ、ほくほくだった。


皆できょうはパーティーだと馬鹿騒ぎをし、週末の日本旅行の計画を練るのだった。

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