第73話


“今度こそやばいんじゃね?”

“マジで行くのか?”

“引き返したほうがいいんじゃ…”

“大将;;頑張って;;”

”こうして配信見てコメントすることしかでいないのがもどかしい…“

”ドラゴン3匹だぞ…?流石に無理があるだろ…“

“前に大将が倒したのはリトルドラゴンっていう劣等種なんだろ…?今回はマジモンの竜種でしかも3匹いる…流石に厳しんじゃ…”

“確かに厳しいかもしれんが、大将はいつも俺たちの想像を超えてくる。今回もやってくれると俺は信じてるぞ…!”

“すげぇ…100万人が見てる…やばすぎるだろw w w”

“もうすでに伝説の配信になること確定だな”

“コメント欄の流れ早すぎw”

“これで勝ったらマジで日本だけじゃなくて世界に名前が轟くぞ”

“行け、神木。俺たちはお前を信じてるぞ”

“本音を言うと逃げて欲しいけど…言っても無駄なのわかってるから今は大将の勝ちを信じてる”



「ふぅ…」


一度逃げ帰った深層第二層から再び第三層へと向かいながら、俺は深呼吸をする。


100万人が俺を見ている。


かつてない速度でコメント欄が流れている。


俺を心配するコメント。


俺を信じるコメント。


新規の視聴者のコメント。


反応は様々だ。


中には本気で俺に逃げてほしいと思っている視聴者もいるだろう。


だがもちろん逃げるわけにはいかない。


俺は必ずここでドラゴン三匹を倒し、伝説になる。


今俺を見ている視聴者全員が、その伝説の生き証人となるのだ。


「すみません…ちょっと本気出すんで、コメントとかは読めないかもしれないです」


俺はそう断って、スマホを固定器具に装着した。


相手はリトルドラゴンなどという劣等種ではなく、正真正銘の竜種。


いつものようにスマホ片手にコメントを読みながら戦う余裕はないはずだ。


両手をフリーにして、万全の状態で戦いに臨む必要がある。



“そりゃそうやw”

”おう、全然いいぞ“

”むしろそうしてもらわないと困る“

”神木拓也の本気、見せてくれ“

”マジで頑張れ“

”大将;;頑張ってください;;“

“ドラゴンどもをぶっ倒してくれ!”

“神木拓也頑張れ!”

“神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!”



「さて…行きますか」


片手剣を握る手に力を込める。


深呼吸をして若干上がっていた動悸を落ち着けてから、覚悟を決めて第三層に再び足を踏み入れる。


「ま、いるよな」


『グルゥウウウ?』


『グルァアアア…?』


『グォオオオオオオオオ!!!』


ドラゴン3匹は、変わらずそこにいた。


再び深層第三層にやってきた俺の姿を認めると、低い唸り声をあげて、こちらに接近してくる。


俺も、前方から近づいてくる三匹に向かって、悠々と歩いていく。


戦闘が始まったのは、距離が二十メートルほどに縮まった時だった。


『グォオオオオオオオオ!!!!』


一番先行していた三匹のうちの一匹のドラゴンが、不意にこちらに向かって体を倒してくる。


鉤爪のついたでかい前足2本が、頭上より俺に向かって振り下ろされる。


「………ッ!!」


俺は左右にステップを踏んで避ける。


ドガァアアアン!


ドゴォオオオオン!


轟音がダンジョンを蹂躙する。


体重が乗ったドラゴンの前足攻撃は、容易にダンジョンの地面を砕いだ。


『グォオオオオオオ…!!!!』


「……ッ!」


ドガガガガガガガガ!!!


ドラゴンによる連続の攻撃。


鉤爪の生えた前足が、鞭のようにしなる尻尾が、硬い鱗に覆われた本体が、俺を捉えようと追撃してくる。


ドラゴンの攻撃は、一撃一撃が非常に重く、被弾したダンジョンの壁や地面は簡単に砕け、削れ、ダンジョン全体がグラグラと揺れた。


「それほど速くはないな……ふん!」


ドラゴンの攻撃は重かったが、しかし速度は想定の範囲内だった。


俺はステップを踏んで攻撃を回避しながら、隙を見て斬撃を放った。


まずは小手調べの一発だ。


ギィン!!


「お…?」


斬撃はドラゴンの腹部に命中したが、ドラゴンの全身を覆っている黒く硬い鱗によって、簡単に弾かれてしまった。


俺は一度後方に飛び去り、ドラゴンから距離をとる。


『グォオオオ…』


攻撃が止み、煙が晴れると、そこには全くの無傷のドラゴンがいた。


何かしたか、と言わんばかりの目つきで、俺

を睥睨している。


斬撃が当たったと思われる箇所には傷ひとつない。


どうやら軽く放った斬撃程度では、ドラゴン

の鱗の鎧を貫通することは出来ないらしい。


「強いな」


そんな言葉が自然と漏れた。


斬撃が効かないモンスターは、結構珍しい方だ。


やはり深層最強格と言われるだけあって、ドラゴンは一筋縄ではいかないようだった。


『グルルルル…』


『グォオオオ…』


ちなみにこの間他の2匹は何をしているのかというと、様子見をするように手前の一匹の背後に隠れたまま動かない。


俺など手前の一匹だけで事足りると思っているのだろうか。


一匹ずつ倒すのも面倒なので三匹同時に来て欲しいのだが、今のところそんな様子は全くなかった。



“やっべ。斬撃効いてないやん”

”ドラゴンつっよ“

”ドラゴン硬すぎだろ…“

”やばいやばいやばい…大将の斬撃が効いてない…“

“攻撃も見えないぐらいに早いしパワーもやばいわ…”

“神木が相手に対して強いなって言ってるの何気に初めて効いたかも…”

“以前に言ってた気もするが、ここまでガチで言ってるのは初めてだな”

”マジかよ…今回もなんだかんだで神木なら簡単に倒してくれると思ったのに…“

”やっぱり深層の中でも竜種は別格なんだな…“

”これ、勝てるのか…?“



「さて、どうするかね」


距離を取った状態でドラゴンを油断なく見張りながら、俺は次の手を考える。


弱い斬撃は弾かれてしまった。


ドラゴンの鱗はかなり硬く、キングリザードマンと戦った時のように遠距離から適当に斬撃を放つだけで勝てる相手ではなさそうだ。


となると取れる手段は二つに絞られる。


接近し、直接攻撃を叩き込むか。


それとも『より強い』斬撃を放つか。


『グルルルルル……グォオオオオオオオオ!!!!!!』


俺が二択を迷っていると、不意に前方のドラゴンが、牙の生え揃った大口をガバッと開いた。


下腹部が灼熱の色に染められ、周囲に熱気が立ち込め始める。


どこからどう見ても炎のブレスの攻撃の予備動作だった。


「……ッ!」


反射的に俺は頭上へと跳躍した。


直後、眼下を火炎放射のような炎柱が通過していく。


「あっち!?」


肌で感じる熱量は、リトルドラゴンの時のそれとは比べ物にならない。


おそらく少しでも食らえば、体はたちまちに溶けてなくなってしまうだろう。


「よっ、そりゃっ」


高く跳躍した俺は、下に降りることもできないので、どうせならと、そのまま左右の壁を蹴って上空からドラゴンたちに近づいていき、三匹の間に降り立った。


『グルゥウ…』


『グルァア…』


『グォオオ…』


三匹はすぐに接近してきた俺に気づき、体を捻ってこちらを向いてくる。


三匹の六つの黄色い眼球が、一斉に俺をとらえた。


「えー、突然ですが失礼します……かミキサー・改」


三匹に囲まれる形となった俺は、わざわざリンチされるのを待つ理由もないので、先手を打つことにした。


具体的には、速攻でかミキサー・改を発動して、三匹に対して斬撃攻撃を無数に放ちまくった。


ギギギギギギギギギギギギギギ!!!!


斬撃とドラゴンの硬い鱗がせめぎ合う音が、周囲に満ちる。


先ほど弱い斬撃ではドラゴン鱗を貫通することはできないとわかったので、俺は先ほどよりもかなり力を込めた『強い斬撃』をドラゴンたちにお見舞いする。



“かミキサー・改きたぁあああああああ”

“いけぇえええええええ”

“倒せぇええええええええ!!!”

“勝ったな”

“必殺技でたぁあああああああああ”

“どりゃぁああああああああああ”

”ひき肉にしろぉおおおおおお“

“うぉおおおおおおお大将ぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!”



「ぉおおおおおおおおおおお!!!」


『『『グギャァアアアアア!?!?』』』


ドラゴンたちの悲鳴がダンジョンにこだます。


どうやら『強い斬撃』は、全身硬い鱗で覆われたドラゴンたちに対してしっかりとした有効打になり得るらしい。


俺は三匹が絶対に近づいてくることのないよう、三匹がいる方向に向かって均等な密度で、『強い斬撃』を放っていく。


「ふぅ…さて、どんなもんかな」


やがて、三匹がだいぶ俺から距離を取ったのを感じた俺はかミキサー・改を一旦ストップする。


『グォオオオオオ…』

『グルゥウウウ……』

『グァアアアアア…』


「おぉ…これでも生きてんのか」


周りを見渡すと、ドラゴンたちはまだ生きていた。


俺は思わず感心してしまう。


てっきり仕留めたつもりだったが、これでも死なないのか。


さすが深層最強モンスター。


硬さに関しては、今までのモンスターで間違いなく一番だな。



“耐えたぁあああああああ!?!?”

“ドラゴンつっよw w w”

“必殺のかミキサー・改耐えられてますやんw w w”

”マジかよドラゴンつっよw w w“

”硬ったw w w硬ってぇw w w“

“すげぇえええええええ耐えたあああああああああああああ”

“ドラゴンやるやん”

“さすがドラゴン”

“でも効いてるな”

“効いちゃったねぇw”

“結構効いてら^^”



「やりますねぇ」


『グォ…ォオ…』


『グルゥウウ……ゥウウウ…』


『グァァアア……ァアア…』


まぁそれでもドラゴンたちは全くの無傷というわけではなかった。


というよりもかなりの手負だ。


全身を追っていた鱗は剥げ、割れて、潰れている。


巨体のあちこちから血を流し、動きもだいぶ鈍くなっている。


もう一回かミキサー・改を叩き込めば、三匹とも倒せそうな感じではある。


「まぁ、こんなもんか…」


強いと言えば確かに強かった。


しかし、絶対に叶わないと思えるほどの圧倒的な強さでもなかった。


まぁ、こんなものかと思った俺は、二度目のかミキサー・改でトドメを刺しにかかる。


『グォオオオオオオ…!!!』


『グギャァアアアアア!!!』


『ガァアアアアア!!!!』


「おっとぉ?」


かミキサー・改を発動しようとした直前で、三匹が同時に俺に向かって口を開いた。


炎のブレスだ。


ゴォオオオオオオオオオオオオ!!!!


俺は慌てて飛び退いて、間一髪で火だるまになるのを回避する。


「あぶなぁ…はぁ。油断ならんなぁ」


三匹の背後まで大きく跳躍した俺は、さっきまで自分が立っていた場所が灼熱の地獄と化しているのを見てほっと胸を撫で下ろす。


三匹のドラゴンたちは、ぐるりと首を振り向けて、なかなかしぶとい俺に対して恨みがましいような目を向けてくる。


そんな目で見られてもね。


こっちだって百万人という視聴者に見られている手前、そんなに簡単にやられてあげるわけにはいかないんすよ。


『グォオオ…』


『グルルルルル…』


『グァアアアアア……』


3匹が、傷だらけの体を引き摺るようにして俺の方へ歩いてくる。


「お、マジ…?再生すんの?」


驚いたことに、ドラゴンの全身の傷は、この間に少しずつ修復し始めていた。


どうやらドラゴンには再生能力があるようだった。


これには少し驚いた。


あと一回かミキサー・改を放てばそれで終わりだと思っていたが、ちょっと話が変わってきた。



“ファッ!?ドラゴンって再生すんの!?”

“すげぇええええ再生してる!!!”

“自己再生かよwすげぇなw”

“硬い上に再生能力もあるのか。普通に強いやん”

”こりゃ確かに深層最強格って言われるだけあるな。神木の軽い斬撃を弾く硬い鱗に、再生能力。普通の探索者にはまず倒せないやろ“

“けどどうすんのこれ?放っといたら傷全開するけど”

“深層の竜種には回復能力があるって効いたけどガチだったのか”

“普通に今度は削り切るまでかミキサー・改し続けたらよくね?”

“回復力って無尽蔵?流石にそれはないか”

“まぁ大将ならなんとかするやろ”



「なかなかそっちもしぶといなぁ」


傷を自己再生能力で癒しながら接近してくる三匹のドラゴンに俺はそう呟いた。


こんなことなら最初のかミキサー・改で死ぬまで削っておくんだった。


面倒だけど……もう一回、今度は完全に三匹を仕留めるまでかミキサー・改やるかぁ。


俺は今度こそ回復する暇を与えることなく三匹を削り落とそうと、二度目のかミキサー・改を敢行しようとする。


「お?」


だが果たして、ドラゴン三匹は三十メートルほどの距離になったところでぴたりと動きを止めた。


横並びになり、こちらを殺気だった目で見つめながらも、それ以上近づいてこない。


「なるほど、流石に学んだか」


接近すればかミキサー・改を喰らうからこれ以上は近づかないつもりか。


リザードマンといい、深層のモンスターはそれなりに知恵も回るようだな。


「なるほど。距離をとって、三匹でそれをやると」


ぴたりと動きを止めてこちらに近づいてこようとしない三匹が何をやるのかと出方を待っていると、こちらに向かって一斉に大口を開けた。


どうやら俺に接近を許すことなく、三匹同時の炎のブレスで仕留めるつもりらしい。



“なんかやばくね?”

”三匹で同時攻撃しようとしてね?“

”あ、これは…“

“地味にやばくね…?”

“三匹で同時に炎のブレスやられたら逃げ場ないやん”

“どーすんのこれ”

“まぁまぁ、神木ならなんとかするでしょ”

”まぁ普通にピンチだけど、神木なら大丈夫だべ“

“なんだろう。普通にやばい状況なのにこの安心感”

”神木ならやってくれるやろという風潮“

”大将…?大丈夫ですよね?“

”まぁいざとなったら後ろに逃げればいいし“

”後ろって……どうやってだよ。炎のブレス速いぞ“

”炎のブレスを上回ればいいだろうが“

”確かにw w w前に壁走ってたこいつならいけそうww w“



「考えたな」


三匹が同時に炎のブレスを放てば、灼熱の炎がダンジョンの通路を埋め尽くすだろう。


そうなれば上にも、下にも逃げ場はなく、回避は不可能となる。


「迎え撃つしかない、か」


必然的に選択肢は一つに絞られる。


すなわち、迎え撃つ以外に方法はない。


「この距離だし、斬撃だな」


どうせ今から距離を詰めても、炎のブレスを阻止することは出来なそうだ。


ならこの距離から遠距離攻撃……すなわち斬撃を使って仕留める以外に方法はなさそうである。


「ただ強い斬撃じゃダメだ……もっと強い、今までにない斬撃を放たないと…」


通常時に使う『ヒュッ!』とやる弱い斬撃や、『ビュンッ!』とちょっと力を込めた強い斬撃では一撃の元にドラゴンを仕留めることは叶わない。


もっとこう『……ゥン』みたいな、音すら鳴らないような最強の斬撃を繰り出さなくては。


「やってみるかぁ」


もし無理ならその時はちょっとカッコ悪いけど後ろに逃げよう。


炎のブレスの速度を上回りさえすれば、火だるまは回避だ。


一応そんな感じで退路のことも考えながら、俺は今までにない『最強の斬撃』を放つ準備を整える。


『『『グォオオオオオオオ!!!』』』


三匹の咆哮。


炎のブレスはもう今にも放たれようとしていた。


「…ふっ」


俺はグッと力を込めて筋肉を収縮させる。


まるで武士のように片手剣を腰に構え……力を込めて、溜め込んだエネルギーを爆発させるように、横一線に薙ぎ払った。




……ゥン



音はなかった。


『『『………?』』』


次の瞬間、世界がずれた。



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