第178話
それから数日が経過した。
西園寺と俺の関係に関して、ネットで正しい情報を発信した効果は確実に出てきていて、学校でも俺と西園寺は別に付き合ってはいないと考えている生徒の方が優勢になった。
リアルで実際に俺が声に出すよりも、ネットで発信した方が現実に影響を及ぼせるという事実は、なんだか不思議な気分になる。
西園寺は相変わらず俺と何かが過去にあったような態度を取り続けてはいるが、俺が理由を聞いてもなかなか答えてくれない。
一体どうしてここまで俺に執着するのか。
わざわざ俺のためにアメリカから短期留学をしてきたというのは本当なのか。
真意を問いただそうとしても、西園寺はうまいことはぐらかして逃げてしまう。
俺はそのうちに、西園寺の真意を聞き出すことを諦め、しばらくの間西園寺を放置しておくことにした。
今の俺には西園寺とのことよりも気にかけなければならないことがある。
それはもちろん、初めての未攻略ダンジョンソロ探索配信のことについてだ。
西園寺とのことについて触れた雑談配信の同じ枠で、俺は週末に未攻略ダンジョンにソロで挑むことを視聴者に宣言した。
厳密に言えば、未攻略ダンジョンにソロで挑むのは2度目なのだが……前回はモンスターのほとんど出てこないミステリーダンジョンの攻略だったため、実質これが初めてと言っていいだろう。
『俺、神木拓也は今週末に……未攻略ダンジョンソロ探索配信に挑戦したいと思ってます』
視聴者の前で堂々宣言したその日から、ネットは俺の話題で一色になった。
流石に早すぎる。
今回はパーティーを組んだ方がいいんじゃないか。
神木ならやってくれる。
そんなに生き急ぐ必要ないんじゃないか。
どうせなら西園寺の力を借りれば?
ネットにはたくさんの視聴者の反応が溢れかえっていた。
一部には「無茶はしない方がいい」「流石の神木でも無理がある」「今回は情報収集した方がいい」と俺を止めるような勢力もあったが、大部分は俺の成功を信じて応援してくれているようだった。
俺自身、不安がないと言ったら嘘になるが、しかし過去にソロで深層攻略を成功させているため、今回も不可能だとは微塵も思っていない。
未攻略ダンジョンを俺がソロで攻略したとなれば、絶対に盛り上がるだろうし、視聴者に新たな景色を見せることができる。
成し遂げれば一気に名前も売れて、さらに俺の配信は勢いに乗るはずだ。
未知のモンスターとの遭遇は、毎回探索者としての神木拓也も成長させてくれるため、むしろ俺は不安よりも期待の方が大きいというのが正直な気持ちだった。
週末はあっという間にやってきた。
「行ってきまーす」
早朝。
まだ家族や近所の人々が寝静まっている夜明けの時間帯に、俺は準備を整えて家を出る。
今日は未攻略ダンジョンソロ探索配信の当日だ。
かなりの遠出になるため、これまでよりも数時間早い時間に家を出る。
「よし…誰もいないな…」
流石にこれだけ早朝だと、マスコミの記者たちも誰もいなかった。
いつものパターンだと、深層攻略の日にはマスコミの記者たちが俺に何かコメントをもらおうと家の前で待ち伏せをしていたりするのだが、今日は人影のようなものは周囲には見当たらなかった。
俺は意気揚々と正面から家を出て、駅の方へ向かって歩き出す。
「さて…行くか」
そう自分に気合を入れて、おそらく、俺のダンジョン配信人生の大きな分岐点となるであろう一日をスタートさせたのだった。
= = = = = = = = = =
「ふふふ…楽しみだわ…まだ始まらないのかしら…」
早朝。
とある高級マンションの一室で、パソコンの前に寝癖頭で待機している一人の少女がいた。
外国風のクッキリとした目鼻立ちに、聡明さを窺わせる黒い瞳、艶やかな黒髪を持つその美しい少女の名前は西園寺・グレース・百合亜といった。
目の前のパソコンの画面には、つーべの神木拓也のメインチャンネルが表示されている。
現在彼女は、今日行われるであろう神木拓也の未攻略ダンジョン深層ソロ配信が始まるのを今か今かと待機している最中だった。
「未攻略ダンジョンに一人で挑むなんて……相変わらずやることなすこと無茶苦茶ね……けど、それでこそ神木拓也よね」
ニヤリと西園寺は笑みを浮かべる。
神木拓也が、ダンジョン配信者としても探索者としても破天荒であることは海を渡って北米のつーべ視聴者の間にも広まっている。
ましてや、神木拓也のファンであり、普段から配信を見ている西園寺は当然神木拓也という男の性質を理解しており、ゆえに未攻略ダンジョンに一人で挑むと神木が宣言したことを知ってもさしたる驚きはなかった。
「もしこれで本当に攻略してしまうようなことがあったとしたら……世界初の偉業だわ」
高校生が、深層を持つ未攻略ダンジョンを、ソロで踏破したなんて話は、西園寺でも聞いたことがない。
もし神木拓也がこの偉業を成し遂げれば、間違いなく世界のダンジョン探索史に刻まれる偉業となることだろう。
「過去に敗走した深層クランの数はゆうに五十を超える……そしてほとんど壊滅まで追い込まれたクランも多数……これは相当手強いダンジョンね…」
神木の配信が始まるのを待機しながら、西園寺は今回神木が挑もうとしている未攻略ダンジョンについてネットで情報を集めていた。
パッと調べただけでも、そのダンジョンに挑んで敗走した深層クランの名前が無数に出てくる。
壊滅状態まで追い込まれたクランも存在するようで、要するに今回のダンジョンは、正真正銘の未攻略ダンジョンということだ。
ミステリーダンジョンのように特殊な事情があって未攻略となっているダンジョンではない。
生半可な探索者が手を出せば確実に死が待っているような、そんな魔境のようなダンジョンなのだ。
「ま、それでも神木拓也の配信なら安心して見られるわね」
神木拓也は、これまでの配信で、彼が他に類を見ないほどの探索者としての実力を有していることを大衆に知らしめている。
西園寺も神木の強さは十分すぎるほどに理解しており、神木拓也なら未攻略ダンジョンを踏破できないことすらあれど、死ぬことだけは絶対にないと思っていた。
自分の命一つ守ることぐらいなら、神木拓也ならどんな困難な状況に追い込まれても造作もないはずだった。
逆に神木拓也の命を奪うようなダンジョンが存在するとすれば、そんなダンジョンはおそらく永遠に踏破されることはないとすら思える。
「さあ…早く配信を始めなさい神木拓也…待ちきれないわ…」
西園寺は軽食と飲み物を準備し、神木拓也の配信が始まるのを今か今かと楽しみに待つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます