第177話
「はぁ…疲れた…」
ため息を吐きながら、俺は家路についていた。
西園寺が短期留学生としてうちのクラスにやってきた今日一日が、本当に長く感じられた。
とにかく終始クラスは大騒ぎ状態で、他のクラスからも見物人たちがやってきたりしていた。
西園寺が北米で有名な探索者であることはすでに学校内に広まっているらしい。
学年問わず、たくさんの生徒がまるで動物園のパンダを観にくるようにしてクラスにやってきて西園寺を見物して帰って行った。
「結局誤解解くタイミングもなかったし…」
終始そんなかんじでクラスが大騒ぎだったせいで、俺が誤解を解くタイミングもなかった。
西園寺の朝の自己紹介の時の思わせぶりなセリフのせいで、俺と西園寺が付き合っているのではないかという憶測が俄かに飛び交っている。
俺と西園寺には同じ強い探索者であるという共通点もあるので、余計に信憑性が増して噂が伝播しているらしい。
「ねぇ、西園寺さん、神木くんと付き合っている
って本当…?」
「西園寺さん、神木くんとはどこで出会ったの?」
「神木くんとの関係を教えて?」
そんなふうに少しでも西園寺から情報を引き出そうとする女子たちに向かって西園寺は決まって「秘密です」と意味ありげな返答をする。
秘密も何も、俺たちは今朝がほとんど初対面みたいなものなのだが、西園寺のそんな意味ありげな返答のせいで、ますます俺たちの仲に疑いがかかる。
一応学校内で影響力のある桐谷に俺たちの本当の関係を理解させることができたのは収穫だが、現状それ以外に手が打てていない。
「まぁ…お祭り騒ぎが収まるのを待つしかないか…」
あと数日間はどうせこの調子だろうから、とりあえず俺は西園寺のことは放っておくことにした。
一週間後には、流石に他のクラスから西園寺を見に生徒たちがたくさんやってくる……という現状も解消されている頃だろう。
ある程度騒ぎが落ち着いたところで、俺たちは別に付き合っているわけでもなんでもないという事実をしっかり定着させる方法を考えよう。
その前に西園寺に、どうして俺にここまで執着す
るのか、その理由も聞いておかなくてはな。
「西園寺のことは一旦保留だ。今は目の前のことに集中しよう」
放課後の俺は配信者だ。
学校にいるときは学生であり、そのほかの時間はダンジョン配信者、神木拓也であると俺は自分の中でスイッチを切り替えるようにしている。
今はとりあえず西園寺のことは忘れて俺は今日の帰ってからの雑談配信(重大発表あり)に思いを馳せることにした。
= = = = = = = = = =
“西園寺グレース百合亜がお前のクラスに転校してきたらしいな”
“西園寺グレース百合亜と付き合ってるってま?”
“大将!また新しい女を増やしたんですか!?”
”大将!!今度は外国の女に手出したんですか!?“
”西園寺グレース百合亜とお付き合いおめでとう神木!“
”西園寺グレース百合亜と付き合ってたってマジですか?“
“大将;;本当におめでとう;;”
“きっさん不憫すぎるやろw”
“今日まで必死に尽くしてきたのに泥棒猫にあっさりと大将を奪われるきっさん;;”
“きっさんルート信じてたのに;;”
”大将;;俺はきっさんの方が可愛いと思います;;“
「はぁ…マジかよ…」
現代社会の噂の広まり方の早さを俺は舐めていたらしい。
どうやら西園寺グレース百合亜が俺たちのクラスにやってきたことは、学校中に伝播しただけでなく、すでにインターネットの至る所まで拡散されてしまったらしい。
西園寺を見物にやってきた生徒たちの中には、スマホを構えて写真や動画を撮っている連中もいたからな。
彼らが面白半分にネットに投稿したのが、すでに拡散されて広まってしまったのだろう。
チャット欄には「西園寺グレース百合亜とお付き合いおめでとうございます」「交際発表はいつですか?」「きっさんのことも忘れないでやってくれ;;」とすでに俺と西園寺が付き合っているかのようなコメントが流れている。
なんだか頭が痛くなってきた俺は、ため息を吐くと共に、すでに取り返しのつかないところまで広まってしまっているらしい勘違いを正しておくことにした。
「あの…一応言っておくんですけど……俺は現時点で誰とも付き合ってないです。西園寺グレース百合亜さんとなんの関係もないです」
“え、ま?”
“まじ?”
“そうなん?”
”なんだよつまんね“
“マジかよ”
“付き合ってないのかよ”
“ガセか”
“踊らされたわw”
“当たり前だよなぁ!?”
“大将の正妻はきっさんだけよ”
“おまえらさぁ…”
“またネットのゴミ記事に騙されたわ”
“隠してるだけなんじゃ?”
”大将?嘘はよくないよ?“
”正直に話してほしい“
“神木様嘘だよね…?私、神木様がいなくなったら誰に見て貰えばいいのかわからない…”
「西園寺グレース百合亜さんが俺のクラスに短期留学生としてやってきたのは本当です。でも俺自身、彼女の存在は今朝知ったばかりです。なんか噂になっているような関係性じゃありません」
これは逆にチャンスかもしれない、と俺は思った。
噂がすでにインターネット上にまで広まっているなら、逆にありがたい。
俺がこうしてインターネット上で西園寺との関係を否定することで、誤解を正すことができるからな。
すでにネット記事なども出回り、西園寺と俺のことは至る所に広まっているようなので、話が通じやすい。
ここでしっかり俺と西園寺はなんの関係もないことを視聴者たちに知らしめておこうと思った。
「これが事実です。みなさん拡散お願いします」
“うーい”
”なんだ…つまんな“
”どうでもいい“
“やっぱ釣り記事だったか…”
“転校とか言ってたやつ誰だよ。短期留学じゃねーか”
“まぁそうだよな”
“知ってた”
“大将はネットで外国の女と出会い厨したりはしないよね”
”なんか安心したわ”
“ここ切り抜いて拡散しておけよ切り抜き師ども”
“ここ切り抜きで”
“早く誰か切り抜けよ。リツイしとくわ”
“神木様;;本当によかった;;また画像送るね^^”
これでいい。
後は放っておくだけで視聴者が事実を広めてくれるだろう。
切り抜きも出回るだろうし、誤解が正されて事実が広まるのも時間の問題だ。
「で、今日の枠をとった本題に入りたいんですけど…」
別段俺は西園寺との関係に関する事実を広めたくてこの雑談枠を取ったわけではない。
今日のこの枠は、ある重要な宣言をするために開いたのだ。
すでに西園寺の噂の効果もあってか同接は50万人に達している。
重大発表をするには十分すぎるタイミングだろう。
「今週の週末のことで、みなさんに先に宣言しておきたいです……その、まだ早いと言われる方もいると思うんですが……俺、神木拓也は今週末に……未攻略ダンジョンソロ探索配信に挑戦したいと思ってます」
俺がそう宣言した瞬間、先ほどまで西園寺のネタ一色だったチャット欄の流れが一気に変わったのだった。
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