第75話


結局ドラゴン三匹を討伐した後、俺はダンジョン三層を一度もモンスターに遭遇することなく踏破してしまった。


俺の放った斬撃は、どうやらダンジョン三層の最奥まで届いていたらしく、最奥の壁には綺麗な一直線の残痕が確認できた。


一直線の切れ込みは、最奥の壁だけでなく左右の壁にも入っていたので、どうやら俺の『現時点での最強の斬撃』は、空間を切ったというよりもダンジョン三層そのものを斬ってしまったらしかった。


おそらくモンスターたちは、この一撃によって俺の存在を認識する間もなく真っ二つになって絶命したのだろう。


奥に行くにつれて死体も確認できなくなっていったのは、俺が辿り着く頃にはすでに死体がダンジョンの床に飲み込まれてしまったからだと思う。


「これはしばらく封印だな」


思ったよりも威力の出たこの『現時点での最強の斬撃』を俺は余程のことがない限り封印することを誓った。


こんな技を平常時から乱発していたら、俺はそのうち人殺しになってお縄になってしまうだろう。


何より、その階層のモンスター全てを一撃の元に葬り去るなんて、配信映えしなさすぎる。


こればっかりやってると、俺の強さは証明できるかもしれないが、配信自体は面白くなく人は減っていってしまうことになるだろう。


二重の理由から、この無音の斬撃は余程のことがない限りは使わない方が得策だろう。


「すみません…なんか配信映えしなくて…」


俺はドラゴン三体の討伐の後、一度も戦闘せずに三層を攻略してしまったことを視聴者に詫びる。


視聴者たちからは、呆れているのか、それとも俺の新たな斬撃の威力に驚いているのか、よくわからない反応が返ってきた。



”いや、うん……心配するとこそこなのね“

”えー、やばすぎですw“

”階層ごと斬るってなんだよ…“

”この左右の壁に映ってる切れ込み…お前の斬撃で出来たんだよね?やばすぎじゃない?“

”この技マジで威力強すぎるから乱発しない方がいいだろうな。同じ階層にいる他の探索者まで真っ二つになっちまうw w w“

”大将がどんどん人間辞めていっちまうよ;;“

”神木拓也は最初っから人間じゃなかっただろ。壁走ったり、十メートル以上飛んだり……いや、今回のは特に人間離れしてるけどさ“

”本当の必殺技やん。こんなの実体あるモンスターが躱すの絶対に無理じゃね…?深層第一層に出てきたレイスとかでもない限り絶対に死ぬやん。神木を認識すらすることなく“

”確かにレイス系以外に今の神木を攻略できるビジョンが浮かばないな…マジでどうやって倒すのこの化け物”

“いつの間にかモンスター視点に立って神木の攻略探してんのわろたw w w”

”神木が強すぎて逆になんなら倒せるんだ?ってなってるやんw w w“



「第四層ではこの技はなるべく使わないようにするので……面白い配信を心がけるのでご容赦を…」



気づけば同接は130万人を突破していた。


ちょっとした大都市の人口ぐらいの人数が見ている中で、ただ斬撃であらかじめ倒したモンスターの死骸を映していくだけの配信とか絶対に出来ない。


どう考えても今日の視聴者は半分以上が新規なのだし、ここはしっかりと面白い映像を提供して固定視聴者にしなければ。



”この後に及んでまだ配信映え気にする余裕あるの草“

”やっぱ深層に潜ってもこいつ変わらないじゃん。全然ピンチにならないし、配信のこと気にする余裕もあるし…“

”今のこいつ見てるとマジで獅子王とかの話持ち出して心配していた連中が滑稽に見えてくるな“

”神木がまだ生きてて良かったという安堵すら湧いてこないわ。逆にモンスターの方、もっと頑張れって応援しちまうw“

“こんなに安心して見られる深層配信がかつてあっただろうかw”

”これ多分マジで今日、深層ソロで攻略するんだろうな“

”同接130万人w w wやばすぎるw w w大都市の人口ぐらいの数が見てるやんw w w“

”登録者も同接も鰻登り。俺たちの大将が現在進行形でスターダムを駆け上がってます^^“

”一度こんだけ人集めて仕舞えば一気に知名度上がるだろうな。多分今日の配信終わって明日から通常配信になったとしても同接大幅にアップするんじゃないか?“

“ワンチャン大将の平均同接2倍になる可能性あるよな”

‘もしか神木拓也の平均同接が2倍になったら、マジでダンジョン配信だけじゃなくて全配信ジャンルの中でのトップが見えてくるな…“

“まぁとりあえず今はこいつが深層ソロで攻略する伝説の瞬間を見守ろう”



「それじゃあ……ええと、第四層に潜っていきます」


結局第三層をドラゴン三体との戦闘のみで踏破してしまった俺は、第四層へと足を踏み入れていく。


「ん?何これ」


第四層に入ってすぐ、俺の目の前に立ち塞がったのは、モンスターなどではなく巨大な扉だった。


しかもただの扉じゃない。


なんかよくわからないギミックが施された両開きの扉だった。


こんな構造、今までダンジョンで目にしたことがない。


「なんですかねこれ」


あの扉、押したら開くのだろうか。


それとももしかしてこれでこのダンジョンはクリアなのか?


だとしたらあまりにあっけない。


事前の情報収集を全くしていないので、これで踏破なのか、それともまだ先があるのか全然わからない。


どうしたものかと俺は困り、何か情報はないかとコメント欄を見る。



“え、これもしかして…?”

“なんだこの扉…?”

”これでクリア?“

”もう終わり?“

”え、終わったの?“

”踏破完了?“

”いや、流石に違うだろ“

”これってもしかしてボス部屋じゃね?“

”ボス部屋?“

“ボス部屋じゃない?“

”ボス部屋ってマジであるの?迷信じゃないの?“

“これもしかしてボス部屋か?”



「ボス部屋……?え、これが?」



コメント欄に『ボス部屋』というワードがたくさん並んでいる。


ボス部屋。


探索者なら一度は耳にするワードだ。


曰く、数少ない深層を持つダンジョンの最奥に、殊更強力なモンスターが一体出現する『部屋』が存在するという。


その『部屋』は、一度はいるとその部屋にいるボスを倒さない限り出ることはできない。


それらの部屋を総称して『ボス部屋』と呼ぶことがあるのだ。


…そんな話を俺は眉唾の噂として知っていた。


「ボス部屋って本当にあるんですね…へぇ…」


正直、こうして実際に目にするまでは迷信の類だと思っていた。


これまで俺もそれなりに他人のダンジョン配信を見てきたが、ボス部屋が登場したことは一度もない。


そもそも深層を攻略する深層配信自体が非常に珍しいからな。


深層まで潜れるようなパーティーは配信などしなくても稼げるし、深層の情報はどんな些細なものでも莫大な金になるという。


それを全て配信で晒してしまったら、情報を売ることもできなくなる。


だからほとんどの深層探索者クランやパーティーが、クランの宣伝のために下層までの攻略を配信したり動画化することはあっても、深層探索の様子を一般に情報公開することは稀なのだ。


魔境と呼ばれる深層を神経研ぎ澄ませて攻略している最中に配信などしている場合ではない、という理由もあるかもしれない。


いわんやボス部屋をや、と言ったところだろうか。



”ボス部屋ってこれがそうなの?“

”ボス部屋きたぁああああああああ!!!“

”ボス部屋とか初めて見たw w w“

“マジかすげぇw”

“迷信じゃなかったのか!”

”この放送、本当に無料でいいの…?“

”マジでこんな面白い放送が無料なの普通にバグだろw“

”神木拓也テレビの100倍面白い放送してて草“

”そら、こんな面白いコンテンツが無料で見れりゃテレビ廃れるわな“

”よく詐欺師かが有料級の動画ですとか言って誰にでも考えつきそうなくだらないノウハウとやらをもっともらしく動画にしたりしてるけど、これに関してはマジで有料級やんw“

”神木拓也がボスに挑むとかめっちゃワクワクするんだけどw“

”どんな大怪獣バトルが見れるんだ?“

”ワクワクッ(○ーニャ風)“

”誰も神木の心配してないのわろたw“

”なんか勝手に俺たちで盛り上がってるけど、こいつのことだからあっさり倒しそうな予感が…“

”つかボス部屋ってことはこれが正真正銘、深層の最奥ってことだろ!?まじで踏破目前やん!!!“

”神木!!伝説の瞬間を見せてくれ!!!“



「ボス部屋ってことはこの部屋の中にいるボスモンスターを倒せば、このダンジョン踏破ってことですよね?良かった。なんとか今日中に踏破できそうですね」


時間が足りなくなる心配をしていた俺は、今日中にこのダンジョン深層を踏破することができそうで安堵する。



”もうボス倒すの前提なの草“

”負けること一切考えてないの草“

“いや、まじで神木拓也が負けるビジョンが浮かばんw”

“ボスモンスター頑張れw神木相手にちょっとは善戦してくれよw”

”いやだぁああああああああ深層配信終わらないでえええええええ“

”ボスモンスター頑張って;;もっと大将の深層配信見たいよ;;“

”神木強すぎてボスモンスターの方を応援する奴ら湧いてんのわろたw w w“



「しっかし、この謎のギミック……どうするんですかね…?」


俺は両開きの巨大な扉に施されている複雑なギミックをしげしげと眺める。


なんとなく、このパズルのような複雑なギミックを解かなければこの先に進めなさそうな感じではある。


しかし正直言って俺はパズルは苦手だ。


解ける気がしない。


それとも意外と押したら普通に開いたりするのだろうか。



¥30,000

神木拓也へ。

突然ですまない。

俺は鬼頭玄武と言って元深層クラン『白銀の騎士団』のリーダーだった男だ。

白銀の騎士団のクラン名は聞いたことがあるだろうか。

実は俺の率いる白銀の騎士団こそが、今お前の潜っているダンジョンを最初に攻略したクランなんだ。

当然、そのギミックの解き方も知っている。

今から教えようと思う。

しかし本当に驚かされたぞ。

仲間に教えてもらい、お前が第二層に潜った時ぐらいから配信を見ているのだが、正直言って衝撃の連



「ん?なんだこのスパチャ」



これが謎のギミックに頭を悩ませていると、ふと怪文書みたいなスパチャが目に入った。


読んでみると、本当かどうかはよくわからないが元深層クランのリーダーからのスパチャのようだ。 


ギミックについて知っているという嘘か本当かわからないことが書かれている。


長文すぎて途中で文章が切れており、本題のギミックの解き方については書かれていない。


これは……スルーした方がいいのか?


いや、でもこんなくだらない嘘をつくために3万円も投げるだろうか。



「えーっと、3万円スーパーチャットありがとうございます……これ、どうしたら…」



”え、鬼頭玄武本物!?“

”鬼頭玄武まじ!?“

“鬼頭玄武ってあの白銀の騎士団の!?”

“引退して鬼頭玄武!?”

”これ本物?“

”なりすましじゃね?“

”本物っぽくね?“

”確かにこのダンジョンは白銀の騎士団が最初に攻略したクランだったよな“

”流石に偽物やろ“

”いや、本物の可能性も…“

”神木は今や第一線の探索者たちの間でも有名って聞くから本物だったりして…“

“本物だったらマジでこのギミックの解き方知ってる可能性あるぞ”

“途切れてるのは文字数制限か…?”



「え、この人有名人なんですか?」


3万円の怪文書スパチャの扱いに困っている

と、コメント欄がざわつき始めた。


どうやらこのスパチャ主の使用しているユーザーネーム、鬼頭玄武という人物が相当な有名人らしい。


白銀の騎士団という深層クランを率いて第一線で活躍していた元深層探索者らしいのだ。


しかもその鬼頭玄武こそが、このダンジョンの深層の再奥にパーティーメンバーと共に最初にたどり着いた本人だというのである。


コメント欄では本人だったらすごいぞ、とか、本物ならマジでこのギミックの解き方知ってるかも、と言われている。


「いや…本名をユーザーネームにするかな…?」


ユーザーネームだけでもちろん本人だと断定はできない。


というか有名人の名前を自分のアカウント名にしている一般人なんて星の数ほどいる。


たとえ3万円を支払ったからといって、このアカウントが鬼頭玄武さん本人のものかどうかというのは判断がつかない。



「うーん…このギミックって必ず解かないといけないんですかね…?なんか面倒くさいのでもうちょっと壊せるかどうか試して見ていいですか?」



“w w w”

“脳筋すぎるw”

“別にいいぞw”

“なんとなくこうなる予感はしてたw”

“パワー系”

“早くボスモンスターと戦ってるとこ見たいし別にいいぞ”

“流石に無理じゃね?”

“ボス部屋とか初めて見たけど、流石にそんなことできないような仕組みになってんじゃないの?知らんけど”

“流石に無理やろ”



コメント欄には「流石に無理」とか「そう簡単にいかない」とか「それができたら苦労しない」などといったコメントが目立つ。


だがここまで来てよくわからんギミックが解けずに立ち往生して結局深層踏破できませんでしたじゃ話にならないので、俺はちょっと力技を試してみることにした。



「……ふんっ!!!!!!」



引いた右拳を、複雑なギミックの施された扉に思いっきり叩きつける。



ドゴォオオオオオオオン!!!!!



「なんだ。普通にいけるじゃん」



俺は粉々に破壊されたボス部屋の扉を見てそう言った。


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