第92話


桐生帝は退屈していた。


彼はライバルを欲していた。


探索者として自分の実力に比肩するような、強いライバルだ。


彼は自他ともに認める日本最強の探索者だった。


彼の率いる『黄金の軌跡』クランは、日本で一番の探索功績をもつ最強の深層クランだった。


「はぁ…」


自宅のリビングで、桐生帝はため息を吐いた。


昔は良かったと、過去を懐古する。


昔は、桐生帝もまだ探索者としての実力がおぼつかなく、彼に比肩するような探索者は周りにごまんといた。


だが、探索を続けていくうちに一人、また一人と追い抜いていき、気づけば自分が一番前を走っていた。


「僕は強くなりすぎた…」


最強を目指して歩みを進めていたのに、いざ最強になってみると桐生帝は死にたくなるような退屈を感じることになった。


自分が好きだったのは、誰か自分より強いものの背中を追いかけることだと最強になって見て気づいたのだが,もう遅かった。


クランとしても、また個人としても、帝と互角に渡り合える探索者は日本にいなくなった。


「この国を捨てて外に出てみようか…」


日本の外になら、自分を倒せるような強い探索者に出会うことが出来るだろうか。


ここ最近では、自分のクランも地位も名誉も何もかも捨てて、強い探索者に出会うために世界を旅する、と言うことばかり頭の中で考えている。


『浜本と松田のダンジョン配信者&探索者特集ぅうううう!!!』


「ん…?」


ある日の午後。


いつものようにつまらない何の危なげもない深層探索を終えて、帝が自宅で一週間ほど体を休めていた時のこと。


ふとリビングでつけたテレビが、彼の興味を引いた。


帝には何が面白いのかわからないが、国民的人気芸人コンビの二人が司会者を務めるダンジョン配信者や探索者を特集した番組。


どんな雑魚共が出演しているのかと見ていると、一人帝の興味を引く男が出てきた。


神木拓也という名前の高校生だ。


神木拓也といえば、最近深層探索者界隈を賑わしている男の名前だった。


聞いただけではとても信じられないような数々の偉業を成し遂げているらしい。


「こいつが…そうなのか?」


帝は少し興味を持って神木拓也を観察することにした。


『10秒で竹を何回斬れるかなチャレンジーーーーーー!!!』


その番組の企画で、出演者たちが竹を10秒で何回斬れるか試すというコーナーがあった。


ダンジョン配信者と呼ばれる、ダンジョン攻略の様子を配信して小銭を稼いでいる連中がチャレンジをしていたのだが、話にならなかった。


チャレンジには二人の深層探索者も加わっていた。


どちらも見覚えがあり、片方は久々に見たような気がする深層探索者だったが、名前が出てこないあたり、いずれも取るに足らない雑魚なのだろう。


二人はその10秒で竹を切るチャレンジで、40回ほど竹を切って見せて、周囲の人間を驚かせていた。


司会者や観覧の女性たちは信じられないと言うように驚いていたが、帝からしたら生えの

止まるようなスピードだった。


くだらないと反射的にテレビを消そうとしたところで、最後に神木拓也の出番がやってきた。


「神木拓也……ここで見極めるか…」


たとえ本気を出さなかったとしても、動きを見ればある程度実力を推し量ることができる。


帝は強いと噂の神木拓也の実力を、ここで見極めることにした。


「どうせ取るに足らない雑魚に決まってる…」


将来は日本の探索者界隈を引っ張っていく逸材になる。


成人すれば、歴史に名を残す伝説級の探索者になる。


今までそんなでかい看板を引っ提げて探索者界隈へと出てきた若手探索者は大勢いた。


そして、そのほとんどが期待外れに終わった。


深層探索者の一角には慣れても、帝と比肩するような実力を彼らが得ることはなかった。

だから、帝はどうせこの神木拓也もその部類だろうと思った。


「ん…?」


そんなことを考え、半ば小馬鹿にしながら見ていた帝の前で、次の瞬間、神木拓也の動きがブレた。


画面が荒れたのかと思ったが違う。


神木拓也の体は5秒ほど、まるで蜃気楼のように揺れてとらえどころのない状態になった後、次の瞬間にはその場に静止して突っ立っていた。


帝には一瞬何が起こったのか理解ができなかったが、すぐにカメラが神木拓也の動きを捉えられなかったのだと気づいた。


「へぇ…」


帝は身を乗り出して神木拓也を見た。


神木拓也の斬った竹は少し触れるとバラバラと粉になって崩れた。


神木拓也は10秒のうちに…いや、5秒ほどでそこそこの長さの丈を粉になるまで切り刻んだのだ。


「面白い…」


神木拓也のしたことは最初やらせとして番組の中では信じられなかったが、しかし帝にはそれがやらせではないことはすぐに見抜けた。


結局神木拓也は疑われた末に二度目のチャレンジて全く同じことをやってのけた。


「神木拓也…君はもしかしたら僕の想像以上の男なのかもしれない…」


帝は目を閉じた。


そして自分にも神木拓也と同じことが出来ただろうかとシミュレーションしてみる。


目の前の竹を、手頃な剣で粉になるまで切り刻む。


「8秒……それぐらいが限界か…?」


帝は自分にも神木拓也と同じことができると確信した。


ただしそれには、8秒ほどの時間がかかる。


神木拓也は5秒でやってのけたことに、自分が8秒もかかってしまう事実に、帝は動揺を隠せなかった。


「わからない…会ってみるまでは…わからない…」


ぶつぶつと呟きながら、帝はどこかワクワクしている自分に気がついた。


もしかしたら会えるかもしれない。


海外ではなく、ここ日本で。


自分と渡り合えるような……ライバルとなりえるような逸材と。




「それじゃあ、第二回深層ソロ攻略配信を始めていきたいと思います」


深層の入り口を前にして、俺はウェブカメラに向かってそういった。



“きたぁああああああああ!!!”

“頑張れ!”

“楽しみ!”

“気をつけて…”

“怪我すんなよ”

“マジで気を引き締めてけ”

“また伝説を見せてくれぇええ”

“本日のメインディッシュ”

“メインコンテンツきた…!”

“楽しみだけど…怖い…“

”こいつまじでまた深層にソロで潜ろうとしているよ…“

“今度はどんな伝説が見れるんだ…?”



そんな、高揚を隠しきれていない視聴者のコメントが表示されているのは、ウェブカメラとは別の、手元にあるコメント表示専用端末だ。


俺を撮影するためのウェブカメラはしっかりと体に固定されており、戦闘の時も邪魔にならないような仕組みになっている。


もう俺は、スマホ片手にダンジョンへと潜る貧乏高校生探索者じゃないのだ。


視聴者からいただいたスパチャ代で、機材を全て一新した。


今日の俺の配信は、手ブレもほとんどなく、映像が途切れたり荒くなったりすることもない、非常に快適なダンジョン配信であるはずなのだ。



「深層に潜る前に……どうですか?画面は?画質はいいですか?手ブレとかありませんか?」



深層に潜る前に俺は視聴者たちにそんな確認をする。


毎週末、深層ソロ探索配信を行う。


そんな宣言通り、週末に俺は二度目の深層探索へと訪れていた。


朝からダンジョンに潜り、すでに上層中層、そして下層は突破した。


道中でかミキサーを一度だけ使わざるを得ない事態に見舞われたが、ここまで極力体力は温存してきた。


ほぼ万全の状態で、深層探索に挑めるだろう。



“マジで画質いい”

“ぬるぬる。全然止まることもない”

”快適すぎて神木の配信か疑うわ“

”すげー快適だぞw“

”最高です大将!“

“前のちょっと粗い画質も好きだったけど……今日のぬるぬるのはっきりとした画質も最高だ!”

“完璧だぞ大将”

”ブレとかも全くない。補正効果、だよね?“

”マジで一部の金満ダンジョン配信者共の画質と全然変わらない“

“完璧。画質も回線も文句ない配信”



「画質とかブレとかは大丈夫みたいですね…」



どうやら高い金出して買った甲斐があって、配信環境は相当向上したらしい。


画質が綺麗で、ブレもないとコメント欄が教えてくれた。



「それじゃあ、いきますか。第二回深層ソロ探索……今日も攻略済みダンジョンなので目標は踏破することです!!」



すでに同接は60万人を突破していた。


深層に潜る前からこの人数なのは、テレビ出演の効果や、前回の深層探索で俺の名前が界隈全体に広まったからだろう。


彼らの期待に応えられるように、俺は今日もこの攻略済みダンジョンの深層を、ソロで一日で踏破するつもりでいた。



“いけぇえええええええええ”

“大将まじで死なないでね;;”

”危なくなったら引き返せよ“

”死にそうになったら神斬使って逃げよう“

”レイス気をつけろよ?“

”今日はどんな化け物が出てくるんだ?“

“やっぱこいつの放送が無料なのおかしいわw”

“今日もソロかぁ…頭おかしいなぁ…”

“やばくなってもかミキサーと神斬があるからなぁ……まぁ大丈夫だと信じよう…”

“大将無理はしないでね…”

“また俺たちは伝説の生き証人になってしまうのか…”



コメントを見るに、視聴者は前回以上のハラハラドキドキを今回の配信に求めているようだ。


その期待に応えられるかは、このダンジョンがどれほどの難易度かにかかっているのだが、とりあえず下調べは今回もしてこなかった。


配信を盛り上げるためにも完全初見での攻略。


俺自身、どんなモンスターが出てくるのか不安があるのだが、それ以上に視聴者同様、楽しみでもあった。


今回は一体どんな冒険を視聴者と共有することができるのだろうか。



「行きます」


意を決して俺は深層へと踏み込んだ。


今この配信を見ている視聴者60万人の期待を背負いながら。

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