第93話


ヒィイイイイイイイイ…


「お、早速か?」


深層探索を始めてすぐ。


遠くから聞き覚えのある鳴き声と共に気配が近づいてきた。


例の幽霊のモンスターだ。


物理攻撃の効かない霊体の状態で距離を詰めてきて、攻撃の際、実体化してくる。


弱点はその実体化する一瞬の隙のみ。


霊体の時は一切攻撃が通じないため、なかなか厄介なモンスターではある。



“レイスかー”

”レイスきちゃ“

”初エンカウントはレイスか…“

“気をつけろー。霊体で近づいてくるぞ”

“まぁ、楽勝やろ”

”レイスって確か光を当てると実体化するのが弱点じゃなかったっけ…?神木ライトとか持ってきてなくね?“

”レイスの弱点の光、こいつ持ってきてないやん“

“まさか今回も片手剣一本で挑むの…?”

“当然のように下準備はしませんw”

”神木拓也にモンスターの対策とかいらんだろ。初見で、無防備でちょうどいいぐらいや“



いつレイスが攻撃してきてもいいように身構えながら、俺はチラリとコメント欄に目を移す。


コメント欄には、下準備がどうとか、弱点がどうとかそんなコメントが溢れている。



ヒィイイイイイイイイ!!!



「おっと」


霊体のモンスター……レイスによる首を刈り取る一閃を、俺は上体を逸らして交わしながらコメント欄の疑問に答えた。



「今回ももちろん、下準備なしで、事前情報もなしで行きたいと思います…!モンスターの弱点とかもなるべく利用せずに、戦っていきたいと思ってます」



”正解“

”正解“

“それでいい”

“正解”

”躱しながらw w w“

”戦いに集中しろw”

“コメントを読む余裕もあります”

“いや、情報ぐらい集めろよ”

“前回の深層探索で何も学ばなかった男”

“いや、お前はそれでいい神木”

“大将に準備とかいらんやろ”

“お前のやりたいようにやれ“



前回の深層探索で、弱点が判明したモンスターもたくさんいる。


本来ならその経験を活かして、対策できるモンスターは対策すべきなんだろうが、俺はあえて今回も片手剣一本で挑んだ。


そのほうがやはり配信が盛り上がるからだ。



ヒィイイイイイイイ!!!



「甘い」



ギィン!!!!



『ヒィイイ!?』



「実体化したな…っ!!」



斬ッ!!!!



『……!』



俺の後頭部を背後から襲ったレイスの一撃を、俺は背後を見ずにノールックで防いだ。


そして実体化したレイスを逃さず、振り返りざまの横薙ぎで仕留める。


確かな手応えとともに床にレイスの死体が転がった。



「まずは一匹」



”よーーーーーーし“

”いいね“

”よーーーーーーーーーーーし“

”よーーーーし“

”よしよしよしよしよしよしよーーーーし“

“出だしよし”

“幸先よし”

“最初が肝心なわけ”

“いんじゃないかぁ!?”

“やりますねぇ”

“いけいけ”



出だしは順調と言ったところか。


深層に潜ってから最初の一匹であるレイスを倒した俺は、ダンジョンの床に吸収されつつある死体を跨いで先に進む。



「お、あれは…?」



レイスを倒してすぐに2体目のモンスターが現れた。



”キングスライムきちゃ“

“キングスライムや”

“キングスライムやね”

“キングスライムお出ましぃ”

“おっそw w wおっせぇw w w w w”

“でっかw”

“溶けてる溶けてるw”

“マジで火持ってこいよw”

“弱点は火だぞw”

“火は持ってませんw“

”前回ので弱点わかったんだから、火持ってこいやw“



ダンジョンの通路を埋めるようにしてゆっくりとこちらに近づいてくるのはキングスライムだ。


ダンジョンの壁をとかしながら、着実にこちらに近づいてくる。


「わかってると思いますが、火は持ってないです…」


前回の戦いでキングスライムの弱点は火であることがわかっているのだが、俺は今回火を持ってきていない。


ゆえに、前回と同じ倒し方を使うしかない。


「というわけで、行きます……神木拓也で、かミキサー・改」



ドガガガガガガガ!!!!



俺はそこらじゅうに斬撃を放ちまくり、ダンジョンの壁と地面と天井を掘削機のように削りながらキングスライムに突っ込んでいった。



「順調ですね」


深層に潜って一時間が経過した。


ここまで、俺の探索は驚くほどに順調に進んでいた。



”もはや苦戦すらしないやんw“

”テンポ◎“

”おかしい……この人が探索してるの、深層のはずだよね…?“

”まるで下層かあるいは中層を探索しているようにすいすいと…“

“深層探索ですら苦戦しなくなってきたとか化け物かよw”

“ ※この人は高校生です!”

“同接70万人w w w”

“また伝説作るの?”



深層第一層の半ばまで進んだだろうか。


ここまで特に苦戦という苦戦もなく俺はやってきていた。


出会ったモンスターは、キングスライム、レイス、リザードマンの三種。


どれも前回の深層探索で一度出会ったことのあるモンスターであり、特徴がわかっている分やりやすかった。


今の所新たなモンスターは出てきていなかった。



「見せ場がなくてすみません…」


順調なのはいいことだが、あまり順調すぎても良くない。


ダンジョン探索配信の醍醐味はやはり、いつ死ぬかわからないハラハラドキドキの感覚。


多少なり苦戦している絵も映さないと、つまらない配信になってしまう。


俺は視聴者にここまで見どころがないことを謝りつつ、そろそろ新種の深層モンスター出てこないかなーと期待を向けて前方を見た。



“何に謝ってんだこいつw”

“順調すぎて謝りだしたw”

“配信モンスター”

“配信のことしか考えられない体になってるやん”

”配信狂“

”大丈夫w高校生が一人で深層モンスター薙ぎ倒すの見てるだけで普通にやばくて面白いからw“

”深層モンスター瞬殺する神木に自己投影するの気持ち良すぎるからどんどんやっていいぞ“



ァアアアアア…



「お…?」


そんな俺の思いに呼応するように、感じたことのない気配が前方から近づいてきた。


新しい深層のモンスターだろうか。


俺はワクワクしつつ,どんな攻撃が来てもいいように身構える。



ァアアアアアアアアア…



女の虚しい叫びのような鳴き声と共に出てきたのは、鳥の翼を持つ異形の化け物だった。


胴体、そして頭部は人間の女性のそれであ

る。


だが、手は鳥の翼に、そして足も鳥のそれになっていた。


下半身は、まるで蛇のような鱗に覆われており。


上半身の翼の付け根は羽毛で覆われている。



ァアアアアアアア!!!!



虚しいような耳障りな鳴き声を発する頭部は人間の女性のそれなのだが、瞳の焦点があっていない。


顔にも表情がなく、まるで魂が抜けているような不気味な印象を与えている。



「え…何こいつ…」


自分で新種のモンスターを望んでおきながら、俺は思わずそうつぶやいてしまった。


それほどまでにこの新たな深層モンスターのみためは、奇抜でグロテスクだった。



”うわっ、なんかきた!?“

”新種出てきた…!“

”なんだこいつ!?“

”鳥人間!?“

”なんか鳥と女が合体したみたいなのきた…!“

”きっしょ!!!!”

“おぇええええええええええ”

“グロすぎる…”

“鳴き声うるせぇ!?”

“あんま強そうではない。ひたすらグロい”

“やっぱり化け物じみてるなぁ、深層のモンスターは…”



「た、戦います…」



ァアアアアア!!!!



見た目に気後ればかりしてられない。


俺はこの鳥人間とでも称すべき新種の深層モンスターと交戦すべく、片手剣を構えた。


チラリと見えたコメント欄は、やはりというかこの鳥人間のモンスターのグロテスクな見た目に阿鼻叫喚といった様子だった。



ァアアアアアアア……



鳥人間の全長は大体俺と変わらない。


体躯も筋骨隆々といったことはなく、あまり強そうには見えないが、しかし深層のモンスター。


油断せず、俺はまず相手の出方を見ることにした。



『ァアアアアアアア!!!!!』



バサバサと翼がはためき、その鳥の脚がまるでダチョウのように早く開店した。



「…っ!?」


予想外の俊敏さに俺が驚く中、鳥人間は瞬く間に俺に接近してきて、鳥脚による攻撃を繰り出してきた。


十分に目で終えるほどに緩慢に見えた攻撃。


俺は片手剣で鳥の脚を弾こうとする。


次の瞬間…


スイッ…


「は…?」


バァン!!!!


「…っぉ!?」


突如として軌道を変えた鳥人間の脚が、俺の片手剣をすり抜けて、そのまま腹にヒットした。


俺の体は持ち上がり、吹き飛ばされる。



「おっとと!?」


攻撃をもらったことに驚きながらも、俺はなんとか両足で着地した。


「喰らってしまった…」


俺は自分の腹を見る。


服が破けてお腹が露出している。


深層探索において始めて攻撃をまともにもらってしまった。



“えええええええええ!?!?”

“嘘だろ!?”

“大将!?”

“神木が攻撃をもらった!?”

“まずいまずいまずいまずい”

“まじかよぉおおおおお!?”

“やべぇええええええええええええ”

”あれ、これまずくね…?“

”大将…?大丈夫だよね…?“



コメント欄を見ると、視聴者たちは俺が攻撃をもらってしまったことが相当なショックだったらしい。


大丈夫か、やばいと、そんなコメントばかりが流れている。


「一応大丈夫です。そこまで痛くなかったです」


攻撃力自体はそこまで高くないようだ。


服は破けたが、血は出ていない。


骨が折れたということもなさそうだし、ダメージはそこまでない。


だが……



「確かに捉えたはずだったんだけどな…」



ァアアアアアアア!!!



俺は十分な距離を保ちながら鳥人間を見据える。


攻撃が当たる瞬間、俺は確かに鳥脚を片手剣で弾いた。


しかしそう思った次の瞬間、鳥人間は攻撃の軌道を変えてきた。


まるで、俺が片手剣で攻撃を弾くのを知っていたような動作だった。



「何か、からくりがありそうだな…」



おそらくレイスのように何かの特殊能力持ちだろう。


純粋な身体能力ではこちらが圧倒的に優っているのに、それでも攻撃をもらったのには何か理由がありそうだ。



「神斬で仕留めるか…?」



俺が前回の深層探索でドラゴン三匹を仕留めるのに使った最強の斬撃は、視聴者たちによって神斬と名付けられた。


あれを使えば、とりあえずこの鳥人間を手っ取り早く倒せそうではある。


「いや、ギリギリまでやめておこう…」


階層ごと斬ってしまう神斬はなるべく封印するときめた。


一発で終わってしまっては配信も盛り上がらない。


鳥人間の能力がなんなのかを炙り出し、それを乗り越えて勝った方が、絶対に面白いはずだ。



ァアアアアアアアアア!!



「こいよ。お前の能力、暴いてやる」


鳥人間が再び突進してくる。


俺は今度こそ、この新種の深層モンスターの能力を見極めるべく、全神経を集中させた。

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