第135話
「ソウウィーク。ジャップスソウウィーク」
エリックは退屈していた。
彼は英語圏で有名なダンジョン探索者だった。
現在北米において最も強いと言われている五人の探索者の一人に数えられるほどに強かった。
彼には才能があった。
今まで苦労というものをしたことがなく、死ぬような目にあったこともない。
エリックは自分が選ばれた人間であると確信していた。
その確信をさらなる強固のものにするために、エリックは強者との戦いを求めていた。
世界中の強者を打ち倒し、自分が真の最強であることを確かめようという試みだった。
「日本にもそこそこ強い探索者がいると聞いてきてみれば…このレベルか…」
エリックは現在、金網のリングの中にいた。
彼は現在、ダンジョンブレイキングという名前の日本の格闘大会に出ていた。
朝比奈くるみという日本のインフルエンサーが主催しているその大会には、日本中から名だたるダンジョン探索者が集まり,鎬を削るのだと聞いていた。
その大会に出場すれば、強い日本人と戦えると彼は思ったのだ。
だが、はっきりと言って結果は期待外れだった。
対戦相手の日本人は誰も彼もがエリックの足元にも及ばないような連中だった。
弱すぎて、戦いは一瞬で終わってしまう。
ゆえに記憶にすら残らない。
唯一、覚えているのが一番最初に戦った「俺は昔素手で十人の武器を持った探索者を倒したことがある」などと豪語している男だった。
そいつは顎の下に一発入れてやると面白いように気絶して白目を剥き、そのまま地面に倒れてノックアウトした。
あまりにやられ方が芸術すぎたために、エリックは少し笑ってしまい、その男が唯一彼の記憶に残った対戦相手となった。
エリックはその後、二回戦、三回戦、四回戦を5秒以内に終わらせて、あっさりと決勝に駒を進めた。
「それではお待ちかね!!!第32回ダンジョンブレイキング決勝を行いたいと思います!!!!カードはこの二人だ!!!」
リングアナウンスが流れる。
会場が拍手に包まれる。
「まずは赤コーナー!!北米5傑の一角!金髪碧眼、最強の白人イケメン探索者!!エリィイイイイイいいクッッッ!!!」
歓声が起こる。
エリックは名前を呼ばれてもリングの中央で仁王立ちをしたまま微動だにしなかった。
早くこの退屈な茶番を終わらせたいと思っていた。
大会を優勝すれば賞金も出るらしいが、そんなものに興味はなかった。
エリックはただ強いやつと戦いたいだけだった。
「そして青コーナーからはこの人だ!!現在、高校に通う現役高校生!!日本のダンジョン探索者界に彗星の如く現れた超新星!!!!!チャンネル登録者は500万人越え!!!平均同接十万人越え!!!最強の高校生探索者兼インフルエンサー!!神木ぃいいいいいいいい拓也ぁあああああ!!」
一際大きな歓声が起こった。
エリックの目の前にいるなんの変哲もない普通の男が、少し照れくさそうに周囲に手を振って歓声に応えている。
「……(こいつが決勝戦の相手か?)」
エリックは目の前の小さな男を見た。
身長は低い。
二メートルを超えるエリックより遥かに下だ。
体つきも至って平凡で、強そうには見えない。
またこれまで強者と対峙した時に感じたようなオーラもなかった。
「いけええええ神木ぃいいいいい」
「神木拓也いけぇええええええええ」
「日本の意地を見せてやれええええええ」
「神木拓也頼んだぞぉおおおおお!」
会場からは仕切りにこの小男の名前が呼ばれた。
「ダンジョンサムライいけええええええ」
「ダンジョンサムライの力見せてやれぇええええええ!!!」
「ん…?ダンジョンサムライだと…?」
歓声の中に『ダンジョンサムライ』というワードが入っていてエリックはぴくりと反応した。
聞いたことがある。
確か最近日本に現れた高校生の探索者だ。
深層をソロで攻略したというが……こいつがそうなのか?
「冗談だろ?こいつがダンジョンサムライ…?はっ…馬鹿馬鹿しい」
エリックは目の前の相手が、最近英語圏でも名を上げつつあるダンジョンサムライだと知り、思わず鼻で笑ってしまった。
こんな雑魚そうなやつに深層をソロで攻略できるはずがない。
今まで聴いていた噂も全て嘘だったのだろう。
「おい日本人ども!!!」
間のなく対戦が開始されようとしていた。
エリックはカメラに向かって指を刺して宣言した。
「俺は今からこいつを10秒以内に倒す!!!俺の優勝は確定している。だが優勝賞金はいらない!!!俺が欲しいのは強者との戦いだけだ!!!ミカド・キリュウを俺に合わせろ!!!俺はミカド・キリュウと対戦がしたい!!!」
日本最強の探索者、桐生帝の噂はエリックも聞いていた。
自分と同じように、拳で衝撃波を出し、剣で斬撃を生み出せるらしい。
桐生帝ならもしかしたら自分と渡り合うこと
ができるかもしれないと思った。
だから、大勢の日本の視聴者の前でこう宣言することで、向こうを焚きつけよとエリックは考えたのだ。
「うるせぇえぞ外人!」
「まずは神木倒してから言えや!!!」
「桐生帝と対戦したいとか調子に乗りすぎなんだよ!!!」
「日本舐めるなよ外人が!!」
優勝宣言をしたエリックに会場からブーイングが送られる。
エリックはふんと鼻で笑い飛ばし、目の前の小男……ダンジョンサムライに向き直った。
「おい、ダンジョンサムライ」
「…」
「おい!!お前に言ってるんだダンジョンサムライ!!!」
「えっ、俺…?ダンジョンサムライってなんですか?」
「はぁ…?それがお前の名前なのだろう?」
「いや俺は別にそんな名前じゃ……あー、そういや英語圏ではそんな感じで呼ばれてるんだっけ…まぁいいや」
「こいつは何を言ってるんだ?」
ダンジョンサムライの受け答えは要領を得なかった。
発音のひどい英語。
ダンジョンサムライと言われても反応が鈍い。
はっ。
身体的にだけではなく頭も弱いのかこのジャップは。
エリックはこんな茶番さっさと終わらせてしまおうと、審判に早く試合を始めるように促した。
審判が頷き、手を上げた。
「それでは始めてもらいましょう……!レディイイイイイいいい!!ゴォオオオオオオオオオオオオ!!!!」
試合が始まった。
「「……」」
両者動かない。
エリックも、そして神木拓也も、互いに相手を見つめたまま直立し、微動だに動かなかった。
エリックは両腕を広げて無防備をアピールしながら言った。
「おい、日本人。ファイブセカンドだ!ファイブセカンド」
「…?」
「5秒やるからいくらでも攻撃していいぞ」
「ん?10秒で倒すんじゃなかったんですか?」
「はっ。お前ごとき、残りの5秒で倒せる。さあ、早くかかってこい。安心しろ。5秒間の間、俺は何もしないと約束する」
「そうですか」
ダンジョンサムライは頷いて了承したように見えたが、しかしその後も無防備なエリックに対して一切攻撃してこようとはしなかった。
「おいどうした?怖いのか?俺が嘘をついていると思っているのか?俺は約束は守る男だ。5秒やるから全力で攻撃してこい」
「残り8秒です」
「…は?」
「あなたが自分に5秒くれたので、自分はあなたに10秒の猶予を与えました。ギブユーテンセカンド。すでに2秒経過して残り8秒です。俺は何もしないので、いくらでも攻撃していいですよ」
「……ッ!!!」
ブチッと。
エリックの中で何かが切れる音がしたい。
「舐めやがって…」
実力の差をわからせてやる。
エリックは頭の中で5秒を数えた。
そして、数え終わったのと同時に地面を蹴って直立不動のダンジョンサムライに大股で近づいていった。
エリックはもう手加減するつもりはなかった。
大怪我しようが、どうなろうがもう知ったことではない。
自分に、北米五英傑の自分に舐め腐った態度をとったこの日本人を、再起不能になるまで痛めつけてやるつもりだった。
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