第134話
「すごいなこれ…」
俺は自らのGmailに送られてきたメール文を読んで思わずそう呟いた。
送られてきたのは、とある企業からの案件のメールである。
日本有数のスポーツジムを運営するその会社からの案件の内容は、今回新しく発売する筋トレグッズのネット広告に出て欲しいというものだった。
撮影は一度限り。
筋トレグッズを持ち、短いセリフを言うだけで、三千万という破格の報酬がもらえるらしい。
「これはやるしかないな…」
実を言うと、案件の話はかなり前からいろんな企業様からいただいていた。
桐谷を助け、俺のチャンネルがネットでバズり、視聴者と登録者を集めていくに従って、Gmailにさまざまな企業や団体から案件のメールが送られてくるようになったのだ。
だが、今まで俺は案件というのはほとんど受けてこなかった。
その理由は、単純に自分の活動のみで精一杯だったと言うのもあったが、なんだか案件元がこう言っちゃなんだが胡散臭い商品を売っているような会社だったからだ。
よくわからない情報商材や、化粧水、英会話の教材などをチャンネルで紹介してほしいという案件が多く、報酬もそれほど高くなかった。
中にはバイトのようなお給料でやってくれという案件まであり、とてもじゃないが受けることは出来なかった。
流れが変わり始めたのは、初のテレビ出演の後からだろうか。
これまで名前を聞いたことのない、よくわからない会社や団体からばかりだった案件が、俺でも名前を聞いたことのあるような会社や企業からのものに変わり始めたのだ。
しかも彼らの提示してくれる額は、これまで俺の元に送られてきた案件の報酬額とは桁が一つ違う。
芸能人でもない俺をかなり高く買ってくれているらしく、俺はちょっと認められたような気がして嬉しかった。
最近は、より多くの人に向けての配信活動にも慣れてきて、精神的にも余裕が生まれつつあった。
なので俺はこれも経験だと思い、とあるスポーツジム企業から送られてきたその案件を思い切って受けてみることにしたのだ。
「行ってきまーす」
休日。
ラフな格好に着替えた俺は、午前中のうちに自宅を後にした。
今日はこの間受けたスポーツジムの筋トレグッズの案件の、撮影当日日である。
撮影期間は一度で、一日で終わるらしい。
セリフも短いらしく、その場ですぐに覚えられる程度のものらしい。
格好も自由でいいと言うことだったので、俺は簡単な服装で、電車やタクシーを使って指定された撮影現場まで向かった。
「あ、神木拓也さんですね!お待ちしておりました!!」
「神木拓也さん!今日はよろしくお願いします!」
「神木拓也さんのお入りでーす!!」
現場についてみると、すでにそこには大勢のスタッフがいて、撮影準備は完了していたようだった。
皆が笑顔で俺を出迎え、歓迎してくれる。
暑い中わざわざありがとうございますと渡された飲み物に口をつけながら、俺はなんだか大物芸能人にでもなったみたいだ、なんて感想を抱いていた。
「それじゃあ撮影初めていきたいと思います。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします…」
少し涼んで俺の汗が引いた後、すぐに撮影が始まった。
俺は姉弟の衣装ひ着替えられ、メイクさんに軽くメイクをしてもらい、それからカメラの前にたった。
今回宣伝することになる筋トレグッズを手に持ち、カメラの前でにっこり笑ってセリフを口にする。
「〜〜〜のグッズで筋トレして……人生を変えよう!」
「いいですよー」
「素晴らしいです!」
「完璧です神木さん」
大勢に見られながらの撮影はなかなか緊張して、最初の何回かは声が上擦り、笑顔も固かった。
だが、スタッフの人たちは終始ニコニコ笑って褒めてくれたので緊張もほぐれて、五回目でようやく最初のシーンのオーケーが出た。
「はいオッケーです!」
「ありがとうございます!」
「すごく良かったですよ神木さん!」
「あ、ありがとうございます…」
俺はお礼を言って、差し出された水を受け取った。
ほんの数秒の短いシーンの撮影だったのに、かなり疲れた。
改めてテレビの前で自然体でいられる芸能人や役者の凄さを実感する。
「あれだけで良かったんですか…?ただダンベル持ってただけだったんですけど…」
ふと気になって、俺は近くのスタッフにそう尋ねた。
たった今撮影を終えた短いシーンは、俺が新商品のダンベルを持ってただセリフを言うだけというシーンである。
素人考えかもしれないが、もうちょっとこうダンベルを上げ下げしたような動きがあってもいいと思うのだが…
「素材はあれで大丈夫ですよ。この後編集で神木さんがものすごく早くダンベルを動かすような動画に変えていくので」
「ん?それを編集でやるんですか?」
「はい」
「わざわざ…?この場でそのまま撮影しちゃだめなんですか?」
「はい…?どう言うことです?」
スタッフがぽかんとする。
「いや、だから……ダンベルを早く動かす動画は、編集するまでもなく普通に撮影できるんじゃって思ったんですよ」
「いやいやいや、何言ってんですか神木さん」
スタッフが冗談はやめてくれと言うように笑う。
「あのダンベル100キロあるんですよ?普通に持ちながら姿勢を保つだけでもとんでもないことですよ…それなのに、それを素早く動かすっていくら神木さんでもそれは…」
「…」
俺は徐に地面に置かれていた100キロのダンベルを持ち上げた。
そして片手で、直立の姿勢を保ったまま、高速で上げ下げする。
「なっ!?!?」
それを見たスタッフがあんぐりと口を開けた。
「ほら、これぐらいなんでもないですよ」
俺は100キロのダンベルの高速上下運動を続ける。
「う、嘘でしょ…?」
「え…?」
「本当に…?」
撮影現場がざわつき始める。
スタッフたちが口をぽかんと開けたり、目を大きく見開いたりして俺を見ている。
「どうします…?撮影、もう一回やりますか?」
俺は一番偉そうな人に向かって、ダンベルを上下させながら尋ねた。
その人はまいったなと言うように頭をかきながら言った。
「ははは…そうですね……どうやらあなたに編集は必要なさそうだ…いや全く…信じられないな……」
その後、撮影が再開され、先ほどのシーンは撮り直しになった。
それから3ヶ月後、俺が出る筋トレグッズのCMがネットで公開になったのだが、「これ編集じゃないらしい」「これCGじゃないらしいwやばすぎw」と話題を呼び、ネット民に非常に好評だった。
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