第133話


「す、すごい…こんなにいっぱい作られてたんですね…なんかありがとうございます…」


その後、俺は視聴者のこれをみろ、次はこれを見ろという要求に従ってMAD動画を鑑賞し、気がつけば一時間以上の時間が経っていた。


ニッコニコ動画には、俺を素材としたMAD動画が数多く投稿されており、再生数は軒並み百万回を超えていた。


徐々に衰退しつつあるニッコニコ動画において、動画が100万回以上再生されるのは本当に稀であり、一千万回も再生されてしまった『お願い神木』のMAD動画は、ニッコニコ動画においてかなりの快挙だったようだ。



“久々にマッドこんなにたくさん見たわ…”

“なんか昔を思い出して懐かしいよ…”

“ニッコニコ動画に捧げた青春時代を思い出す…”

“まじで懐かしい……学生時代はカロ藤とか恭次郎とか齧り付くようにしてみてたなぁ…”

“なんか涙出てきた…神木ありがとうな…”

”神木…お前がニッコニコ動画を救ってやってくれ;;“

”今やこのサイト、よくわかんないコスプレダンジョン配信者の植民地とかしてるからな……“

“今つーべで人気のコスプレダンジョン配信者、元々は全員ニッコニコで生放送してた女生主だからな…”

“まじでいまつーべ人気の活動者、ここ出身のやつ多いからな。そう考えたら、ニッコニコ動画が逃した魚大きすぎるだろ…”

“にこおじどもが懐かしくなってら^^”

“ニコおじども死ぬほど懐古してて草”

“うーん…この配信加齢臭がするなぁw”

”ニコおじどもが泣いてら^^“



チャット欄には「懐かしい」「昔を思い出した」と言ったコメントが目立った。


どうやら俺の少し上の世代……青春時代をニッコニコ生放送や動画で過ごしたネット民たちが、昔を懐かしんでいるようだった。



”頼む神木、お前がこのサイトを救ってくれ“

”神木、もうお前しかいないんだ…たまにでいいからニッコニコでもほうそうしてくれねぇか“

”いや、ニッコニコ動画のサーバーが神木の同接に耐えられるはずないだろ“



ニッコニコ動画の現状を憂いたユーザーからそんな声が届く始末である。


いや、そんなこと俺に言われても…



「俺にサイトを救うとかそんな力はないので…あんまり期待しないでもらえると…」



”まじで大将はつーべかついーちで配信した方がいい。こんなサイトで配信しても得なんか何一つないぞ“

“ニッコニコのサーバーが神木の同接に耐えられるわけないだろ。このまま細々やっていくしかないんだよこのサイトは”

“全盛期のあの勢いが再び訪れるはずだとかいう幻想を未だに抱いているニコおじどもさぁ…もう時代が変わったんだよまだ気づかないのかよ?”

”お前ら神木に何させようとしてるんじゃw“

“神木、こいつら無視でいいぞ。普通にこれまで通りつーべで活動してくれ”

“ニコ生は捨ておけ”



「それにまだニッコニコで普通に人集めている配信者いると思うんですけど…例えばこの人なんか…」



俺は日本の配信同接ランキングサイト、ちくびちゃんランキングというサイトから、ニッコニコ生放送の配信同接を見る。


すると一番上に、5000人以上の視聴者を集めている配信者がいた。



「ほら、この人とかどうです…?かなり人気じゃないですか。これって今でも十分盛り上がっている証拠じゃないですか?」



その配信者の名前は縦山緑というらしい。


黒い穴あきマスクを被り、目と口元だけを晒した状態で配信をしている配信者を見つけた。


俺は試しにその人の配信をクリックしてみる。




”あ“

“あ”

“あ”

“あ”

“まずい…”

“ざわ…ざわざわ…”

“まずい…”

“そこは…”

“ひん”

“暗黒はまずい”

“暗黒放送w”

“縦山緑はまずい…”

“だめだ大将そいつは…”



「普通の家雑配信ですね……え、何ですか?何かまずいんですか?」



俺がその縦山緑という配信者の配信を見始めた途端にコメント欄に不穏な空気が流れ出す。


ちょっと配信で気まずいことが起こった時に流れる「あ」「あ」「あ」というコメントが一斉に流れる。


まさか何か犯罪をしているところを生放送して視聴者を集めているのだろうか。


そんなことを思ったのだが、その縦山緑という配信者は普通に家で雑談配信をとっている

ようだった。


何かに怒っている様子だが、その怒り方というのもどこかわざとらしくあんまり怖い印象は受けない。



= = = = = = = = = = 

神木拓也監視中…


         早く配信やめろオワコン

  神木拓也参拝中…


    神木拓也がお前を見てるぞ

おい神木拓也に見られてるぞ!

 = = = = = = = = = =



「あ…ちょっとこれ、迷惑になるかもなんでもう閉じますね…」



その縦山緑という人の配信をしばらく見ていると、コメント欄に俺の名前がたくさん書かれ始めた。


このままだとこの人の配信の邪魔になってしまうと思い、俺はすぐに配信を閉じた。



「お邪魔しました。視聴者の方がいたらすみません……ええと…すごい悪口ばっかり書かれてる配信でしたけど、炎上してたのかな…?とにかくお邪魔して本当にすみませんでした」


俺は不穏な空気を感じ取ってその配信からいち早く退散した。


その縦山緑という配信者は、炎上の真っ最中なのか、「配信やめろ」「つまんねーよ」「オワコン早く配信終われ」と言った悪口のようなコメントばかりが書かれていた。


あのまま配信を見続けて炎上が俺に飛び火して大ごとになったら大変なため、俺は早々に配信を閉じた。



“あいつはいつもあんな感じだぞ”

“通常運転”

“暗黒脳はいつもあんな感じ”

“安心しろ。あれ炎上じゃなくて日常だから”

“縦山緑はずっとあんな感じだぞ”

“あいつも息が長いよなぁ…“

”ニコ生初期から配信してていまだに人集めてんのまじであいつぐらいだからな“

”縦山緑ずっとニコ生の最前線である意味すごいと思うわ“

”でもまぁ、最近は六原くんとかにニコ生の王の座を明け渡しそうになってるけどな“

”あいつが真のオワコンになる日も近いのか…“



「と、とにかく…その、たくさんのマッド動画動画投稿ありがとうございました……ニッコニ動画のアカウントを作るかどうかについては検討してみます…マッド動画とかは著作権とかも気にせずどんどん作っていただけると嬉しいです…それじゃあ、今回はこの辺で…」


気づけば配信時間は二時間以上に及び、同接は二十万人に到達していた。


まだまだ配信していたいところだが、もう夜も遅い。


俺は最後に高額スパチャを投げてくれた視聴者の名前を読んでお礼を言ってから、その日の配信を閉じた。



「ふぅ…」


パソコンの電源を落とし、ため息を吐いた。


その後、俺はリビングに降りて夕食を取ってから、自室に篭り、スマホでエゴサを開始した。



『意外とトークもいける神木』


『雑談配信おもれった』


『今日の神木の配信めっちゃ懐かしい気持ちになっちまった;;』


『神木拓也最強!』


『普通に神枠だった。大将ありがとね

ぇ;;』


『おやすみ神木、ゆっくり休んでね』



先ほどの俺の配信に関する投稿は概ね好意的なものだった。


その中で気になる投稿をしているものが何人かいた。



『サジェストわろたw w w貧乳ってw』


『神木拓也まさかの貧乳派かよw』


『しかも大人の貧乳がいいってまじかよw』


『神木拓也の性癖特殊すぎて草』


『大将と俺の性癖被ってて草。ダンジョン配信したら伸びるかな?』


『嘘でしょ神木様貧乳派なの…?』




「え、なんだよ貧乳って……」



俺は嫌な予感がして『神木拓也 貧乳』で検索する。


すると、出るわ出るわ、たくさんの視聴者からの反応が寄せられていた。


確認してみると呟きトレンドにも乗っている。


どうやら視聴者に指示されてマッド動画を検索しているときに、俺の検索のサジェストが配信に映ってしまい、そこで過去に『大人 貧乳』と調べていたことがバレたらしい。



「ま、まずい…」



心当たりがある。


昨日俺はこの部屋で、家族が寝静まった後、なんだか無性にムラムラしてこのパソコンでそのワードで検索して……



「……っ!!!い、急いで消さないと…」



俺は急いで先ほどのアーカイブを遡る。


そして該当箇所を見つけて、削除しようと試みる。


だが、その途中で配信アーカイブのコメント欄が目に入り…



大将見てるー?w

  いいね60


例の箇所→1 :10:12(時間指定)

  いいね1210

   

大将の性癖がバレた瞬間→ 1 :10:12

   いいね610


【悲報】神木拓也、貧乳派なのがバレる→ 1 :10:12

   いいね580


神木消しても無駄だぞ

   いいね12


神木お前は俺らの仲間やったんだな

  いいね50

  返信欄

  俺も貧乳派だわw

  

  まさか大将が貧乳派だったとわw


  大人、貧乳で草


  ロリコンとかじゃなくて大人の貧乳が好きなの草



「ぐぁあああああああああああああああああああああああ!?!?」




まずい。


本当にまずい。


もしかしたら取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。


俺は一通り部屋の中で発狂して気持ちを落ち着かせた後、しっかり母親に近所迷惑だとお説教を喰らい、俺の検索履歴が映ってしまった箇所を削除した。


そしてその日はもうインターネットに触れずにそのままふて寝を決め込んだ。



そしてその翌日。



「よお、貧乳大将!昨日の雑談も面白かったぞ?配信終了後はちゃんと『貧乳の大人』画像でスッキリしたか?いやあ、まさか神木、お前にそんなニッチな性癖があったとは」



「ぐおおおおおおおおおお!?!?」


鬼畜な我が悪友、祐介のそんな言葉で俺は昨日の出来事を思い出し、机に突っ伏して足をバタバタする羽目になった。



その後一週間、俺は視聴者や祐介から貧乳の件で揶揄われまくった。


俺はこれからは絶対に『紳士の嗜み』のあとは検索履歴を削除することを誓ったのだった。


ひん;;



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