第81話
最初にテレビ出演のオファーが来た時、俺は迷いに迷った。
『あるなしクイズー!!配信者にあって芸能人にないものは?』
『やっぱりうざい。結局うざい。なんか時間がたってこれはこれで認めなくちゃいけないみたいな風潮があるけど、やっぱりうざい。流石に見てられない。同接数に取り憑かれておかしくなってる』
『ははは。それは言い過ぎですよ〜』
そんなコントが流行るぐらい、インターネット上の配信者の素行の悪さというのは、世間に広まってしまっているからだ。
この間俺に絡んできたへちまりゅうという配信者もそうだし、そのほかにも、とにかく目立って人の目につきさえすればいいという考えのもとに、モラルや法律を無視して、暴れ回っている配信者はインターネットに多数存在する。
だから配信者の俺が、のこのこテレビなんかに出ていったら、偏見の目で見られる可能性が十分にあった。
加えて、近年テレビの視聴率がどんどん下がり、反対にネットの動画投稿や配信などが人気になりつつある中で、テレビとネットの対立も激しい。
一部の芸能人とネット活動者の中には、お互いに対抗心を燃やしたりしている場合もあり、テレビをオワコンだと叫ぶ配信者、ネットの人気者を素人だとこき下ろす芸能人の両方が存在している。
ゆえに、俺が単に売名したいからという理由で何も考えずにテレビに出演し、何かをやらかしたら『これだからネット配信者は』と叩かれる可能性が十分にあった。
『いや、普通に出た方がいいだろ。またとないチャンスじゃね?』
『そ、そうおもうか?』
『つか、お前ぐらいの活躍してたら世間の方が放っておかないって。テレビ出演なんて早いか遅いかの違いだろ。今断ってもどうせ将来的には出ることになるんだから』
『だがなぁ…ネット活動者は素人だって叩かれやすいし…』
『そうかもしれんが、それ怖がってたら配信者やっている意味なくね?』
『確かに』
だが結局俺は祐介の後押しもあって、テレビに出ることにした。
炎上や叩かれることを怖がっていたらそもそも配信者なんてやってられない。
俺はすでに住所も年齢も顔も性別も、通っている学校すらもバレているんだ。
今更怖いものなんて何もない。
…そんな半ばヤケクソな精神で、俺はテレビの力を使ってさらに配信を盛り上げるために、あのダンジョン深層ソロ攻略配信の翌日に来たテレビ出演のオファーを受けることにしたのだった。
「はい、メイクOKです!!」
俺の眉毛を慣れた手つきで整えていた女性のメイクさんが満足げにそういった。
俺は彼女に促され、目の前の鏡で今の自分の姿を確認する。
「…」
誰だこのイケメン。
思わずそう言いそうになった。
いや、決して自惚れているわけではない。
普段の俺はイケメンともブサイクともつかない中途半端な顔をしたどこにでもいそうな高校生だ。
だが、今は超絶イケメンとは行かないまでも、我ながらそこそこかっこいい男になっていると思う。
それもこれも、普段は芸能人を相手に仕事をしているメイクさんが俺に一時間以上の時間をかけて流行最新のメイクをしてくれたおかげである。
プロってすごいんだなと俺は鏡を見ながらしみじみ思った。
「どうですかー?違和感ないですかー?」
「あの…ええと…ありがとうございます。別人みたいっす…」
「よかったですー」
緊張して声が小さい俺にメイクさんがにっこりと笑った。
「後少しで本番なのでもう少しここで待機お願いしまーす」
「は、はいぃ…」
メイクさんが出ていくと、楽屋の中は静かになった。
「…っ」
俺は鏡の中に映った緊張した自分の面持ちを見つめながら本番開始時間を待つ。
コンコン…
不意に楽屋の扉がノックされた。
「ど、どうぞー…」
俺がそういうと、恐る恐ると言ったように一人の少女が姿を現した。
「あ、神木くん!!!」
少女は俺の顔を見ると、嬉しげにこちらに駆け寄ってきた。
「本番までまだ時間があるから来ちゃった…!メイク終わったんだね!すっごくかっこよくなってるよ!」
そんなことを言いながら俺に笑いかけてくるのは、誰あろう桐谷奏だ。
俺同様に今日ここで撮影される特番の出演者の一人である彼女は、どうやらすでにメイクを終えているらしく、いつもの五割り増しで可愛くなっていた。
「お、おう…ありがとう……桐谷も可愛くなっていると思うぞ」
「本当!?えへへ…ありがとう」
にへらと頬を緩ませる桐谷。
もうちょい気の利いた褒め方はできないものかと我ながら思うのだが、今は緊張でそれどころではない。
何せ今日が俺のテレビ初出演の日になるんだからな…
「ひょっとして緊張してる?」
俺がいつもより硬いのを見てか、桐谷がそんなふうに聞いてきた。
「お、おう…桐谷は結構リラックスしてるな…」
「私は初めてじゃないからね。初めての時は私もすっごい緊張したよ」
桐谷が過去に一度テレビに出たことは、学校での噂になっていたために俺も知っている。
映像は実際に見たことはないが、桐谷ほどの人気と容姿ならテレビに出たっておかしくない。
その時の経験があるから、桐谷はある程度勝手がわかっているのだろう。
「大丈夫だよ神木くん!リラックスリラックス!ほら、深呼吸して?」
「お、おう」
桐谷に言われ、俺は深呼吸を繰り返す。
早くなっていた動悸がだんだんと落ち着いてきた。
「あ、ありがとう桐谷…ちょっと緊張がほぐれてきた」
「うふふ。よかった」
桐谷がくすくすと何やらおかしそうに笑う。
「でも変だね。ダンジョンの深層に潜ってもへっちゃらだった神木くんが、テレビに出るってなるとこんなことになるなんて」
「うーん…ダンジョンはもう毎日のように潜ってるから逆に落ち着くんだよな…俺には深層のモンスターよりも世間様の目の方が恐ろしいよ」
「うわ、探索狂〜。さすが高校生日本記録保持者だね」
「それ褒めてるのか?」
「もちろんだよ、あはは」
桐谷とそんなくだらないやり取りをしていると、いつの間にか緊張もほぐれてきた。
俺たちは互いにこの番組の出演オファーをもらった時の話や、学校のこと、この間の深層ソロ配信のことなどを話して盛り上がった。
と、そうこうしているうちに本番の時間が迫ってきた。
「あ、もうこんな時間!」
桐谷が時計を見て慌てたようにそういった。
「自分の楽屋に戻らなきゃ…それじゃあ、神木くん!またスタジオで!!!」
「お、おう」
「お互いに頑張ろうね!!!」
「そうだな」
桐谷が差し出してきた手を俺は握る。
そうして俺たちは、この番組を弾みにして配信者としてさらに成長していこう!とお互いに励まし合うのだった。
「神木拓也さーん、本番でーす」
「は、はぁあい…」
桐谷が俺の楽屋をさってから間も無く、スタッフが俺の楽屋へとやってきて本番開始5分前であることを告げてきた。
「おっし…やるぞ…」
俺はペチペチと自分の頬を叩いて自らに喝を入れ、楽屋を出る。
たくさんの出演者の名前が書かれてある楽屋の廊下の先には、綺麗にライトアップされた撮影スタジオが見えた。
俺は向こうで手招きするスタッフに頷きを返し、緊張しながらも歩き出す。
俺の初めてのテレビ出演の機会となった、今人気のダンジョン配信者を特集する特番がもうじき始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます