第97話
『ぽ……』
女の巨人のモンスターの動きがぴたりととまった。
その巨体が小刻みに震え、虚な瞳が恨めしげに俺に向けられる。
『ぽ……』
やがて力無い鳴き声と共に女の巨人の頭部が項垂れた。
その巨体が、徐々に上下に分かれていき、やがて二つになって地面に転がった。
長く巨大な図体の内部が晒されて、腐臭がダンジョン全体に立ち込める。
「うわ…臭っ…」
俺は思わずそう呟いた。
我慢ならない腐臭が女の巨人のモンスターから漂っていた。
「これは…?今まで食べたモンスターの死骸…?」
見れば、顕になった女の巨人の腹の中には、溶けかけたたくさんのモンスターの骨のようなものがあった。
中には白骨化した竜種の死体のようなものもある。
もしかしたらこの女の巨人のモンスターは、食べたモンスターの特性を得られる力を持っていたのかもしれない。
俺はそんなことを考えた。
“どりゃあああああああああああ”
“うぉおおおおおおおおおおお”
“倒したああああああああああああああ”
“神斬きたぁああああああああああああ”
“よっしゃああああああああああああああ”
“ざまああああああああああああああ”
”神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!“
”すげえええええええええええええええ“
”最強技きたぁあああああああああああ“
“世界ずれたw w w”
“やっぱ絶対にその技、世界を切ってるってw w w”
“うーんwこれは確かに神を斬る剣ですわw”
女の巨人のモンスター討伐に、コメント欄が一気に湧き立った。
気づけば同接も90万人を突破している。
やはり新種のモンスターとの戦いは、同接が伸びるな。
どちらが勝つかわからないハラハラ感が、視聴者を集めるのだろう。
「厄介でしたけど…なんとか倒せました。ドラゴンの鱗を纏い出した時は正直焦りましたけど…」
まさかこの巨体でそんな能力を使ってくるとは思わなかった。
少し驚いたが、神斬でなんとか倒すことが出来た。
しばらくは封印しようと思っていた技だが仕方ない。
この階層には俺以外に人がほぼいないだろうと確信できた場面での使用だったので、他の探索者を危険に晒した行為でもなかったはずだ。
まさか伝家の宝刀をこんなに早く抜くことになるとは思わなかったが、何が起きるのかがわからないのが深層だ。
背に腹は変えられないだろう。
”やっぱ神斬最強だな“
”その技で倒せない敵いんの?“
”やっぱ実体があるモンスターに対しては最強やね“
”こいつも特殊能力持ちだったか……ただでかいだけのやつかと思ったけど“
”大将最強すぎます!“
”切り抜き班しっかり今の所切り抜いて置けなー?^^“
”過去1気持ち悪い敵だった“
”きしょかったなぁ“
“強いというよりもグロかったな”
“やっぱ深層のモンスターは化け物じみてるな。ワクワクするが同時に怖いわ”
”このまま攻略まで突っ走りましょう!大将!!“
コメント欄では女の巨人に対して、グロカッタ、怖かったなどと言った感想が上がっている。
確かに今回は絵としても相当怖い映像が撮れたはずだ。
ある意味取れ高と言っていいだろう。
「先に進みますね…みなさん。今の戦いが良かったと思ったらチャンネル登録をお忘れなく…」
俺は現在この配信を見ている九十万人の視聴者に対してしっかりそんな宣伝をしてから、さらに先へと歩みを進めるのだった。
「なん…だ?今の技は…」
神木拓也の配信を見ていた桐生帝は驚きに目を見開いていた。
深層のモンスターの中でも大きさに関してはほぼ最大の部類に属する八十尺様。
正攻法はとにかく大人数でダメージを与え、削っていくというもの。
ソロの神木拓也にはなかなか倒すのが難しいのではないかと桐生帝は思ったが、しかし神木拓也は苦戦することもなく八十尺様を一刀の元に斬り伏せていた。
一瞬世界が神木拓也の剣の軌道に沿って二つに割れたように見えたのは、多分気のせいではないのだろう。
神木拓也は、空間を……いや、世界そのものを斬ったのだ。
「じょ、冗談だろ…?神木くん…?」
桐生帝は信じられない思いで神木拓也の名前を読んだ。
自分のライバルになり得る存在だったはずの神木拓也。
まだあって会話もしたことがないというのにどこか身近に感じていたその存在が、桐生帝には今、どんどん遠ざかっていっているように感じられた。
「僕にも……出来るだろうか…」
桐生帝は、自分いも神木拓也と同じ斬撃が……世界ごと全てを切り伏せる斬撃が放てるだろうかと頭の中でシミュレーションしてみる。
「無理だ……僕にはできない…」
八十尺様を一人で倒すことくらいは、桐生帝にも当然できる。
しかし、あれほどの斬撃を放つことは、何度シミュレーションしてみても自分には出来そうもなかった。
「くくく…神木くぅん…いいよぉ…なんて力強い剣なんだ…それでこそ僕のライバルだ…」
純粋な力では、向こうのほうが上。
そのことがわかった桐生帝は、恍惚とした表情を浮かべる。
桐生帝が最も恐れていたことは、神木拓也にがっかりさせられることだった。
自分のライバルかもしれない神木拓也が底を見せて、とても自分のライバル足り得ないと判断出来てしまうことが、帝にとっては最も恐るべきことだった。
だが、神木拓也は今の所帝をがっかりさせていなかった。
むしろ想像のはるか上の強さを発揮し、未だその底を見せていない。
「神木くぅん……早く君と会いたいよ…会って…全力で戦いたい…君は僕のものだっ…僕だけのものなんだっ…」
桐生帝はねちっこい声で神木拓也の名前を呼びながら、異様な執着心を持って配信を観察するのだった。
その昔、『灰色の駆除人』という深層クランがあった。
二十人以上の深層探索者からなる大所帯のクランなのだが、その当時、彼らのクランとしての成果や収入は日本の探索者業界においてトップクラスだった。
そんな『灰色の駆除人』は、ある日メンバー全員でとあるダンジョンの攻略に挑んだ。
そのダンジョンは、少し前に『白亜の王宮』という界隈で名を上げていたクランが行方不明になったダンジョンだった。
『灰色の駆除人』は行方不明になった『白亜の王宮』の調査をダンジョン協会から依頼されて、そのダンジョンの深層へと挑んだのだ。
「白亜の王宮の連中はどうしちまったんだ?」
「まさか殺されたのか?」
「その可能性が高いだろうな」
「あれから2ヶ月以上が経過している。流石に死んでるだろ」
「はっ。調子に乗った若造どもだったからな。何かヘマをやったんだろ」
そんな軽口を叩きながら、『灰色の駆除人』のメンバーである二十三人の深層探索者たちは深層を攻略していく。
レイスを光を当てて実体化させて倒し、キングスライムをもやし、リザードマンを全員で追い詰める。
そうやって順調に深層を攻略していた彼らは、『白亜の王宮』クランを壊滅させた八十尺様と対峙する。
「なんだこいつは!?」
「でかい!?」
「嘘だろ!?」
「臭いぞっ…」
「気をつけろ!新種だ!何をしてくるかわからん!!」
彼らは初めて見る超巨大のモンスターとの邂逅に戸惑ったが、しかしメンバー全員がベテランだったためにすぐに陣形を立て直し、結果的に八十尺様の討伐を完了させた。
犠牲は、一人のメンバーが腕を一本失うのみにとどまった。
「くそぉ!!俺の腕がっ!!!」
「すぐに治療しろ」
「大丈夫だ死にやしない…」
「くそぉ…でかぶつめぇ…」
腕を失った仲間の一人の治療をしながら、『灰色の駆除人』のメンバーたちは、全員でなんとか倒した八十尺様の死体を見下ろした。
「ん?あれは…?」
切り裂かれた八十尺様の腹から、探索者のものと思われる鎧が見えていた。
「あの鎧には見覚えがあるぞ…」
「あれは白亜の王宮のリーダーの…」
「ではやはり…」
「ああ…白亜の王宮はこいつにやられたらしいな…」
『灰色の駆除人』のメンバーたちは、この女の超巨人のモンスターに『白亜の王宮』が壊滅させられたと結論づける。
「確かに……こいつは強かった…」
「ああ……竜種よりも巨大な図体に加えて、皮膚を硬化させる特殊能力まで持っていた…」
「我々もこの人数でなければどうなっていた
か…」
「白亜の王宮と同じ、3名のみで挑んでいたとしたら……」
「おそらく死んでいただろうな…」
二十人がかりでやっと倒せたこのモンスターに、たった3名の白亜の王宮が負けても不思議はないと『灰色の駆除人』たちは結論づけた。
「先に進むぞ」
「引き返さないのか?」
「ここで引き返したら流石に実入りが少なすぎる」
「こっちは一人が腕を無くす被害に遭ってるんだぞ。このダンジョンを攻略するぐらいじゃないと割に合わない」
「わかった……我々の手でこのダンジョンを攻略済みに変えるとしよう」
「進むぞ。もう死体は回収されて道は開けた」
『灰色の駆除人』たちは、八十尺様を倒した後もさらに歩みを進める。
やがて彼らは第一層を突破して、深層第二層へと入っていった。
「モンスターがいないぞ?」
「どうなっている?」
「あまりにもエンカウントが少なすぎるな…」
第二層に踏み入った彼らは、首を傾げることになる。
一時間経っても一切のモンスターとの邂逅がなかったからだ。
ダンジョンの通路の至る所に、まるで全身の水分を搾り取られたかのような、全く正気を感じさせない深層モンスターたちの死体が転がっている。
「なんだこの死骸は…?」
「誰かが我々の先に…?」
「いや……情報では今日このダンジョンに潜る深層クランは我々以外になかったはずだ」
「ではこのモンスターたちは一体誰が…?」
『灰色の駆除人』たちは、違和感を覚えながらも進んでく。
やがて彼らの前に一体のモンスターが立ち塞がった。
「な、なんだあいつは…!?」
「おい、何かいるぞ…!」
「一匹か…」
「馬…?なのか、あれは」
「馬、に誰か乗っているな…」
「人…ではなさそうだな」
「ああ……首がない。あれはモンスターだ」
彼らの前に立ち塞がったのは、首なし馬に乗った首なしの騎士のようなモンスターだった。
のちにデュラハンと呼ばれるようになる新種のモンスターと、『灰色の駆除人』たちの邂逅であった。
「強そうには見えないな…」
「気をつけろ。何をしてくるのかわからん」
「あまり厄介そうには見えないが…」
「先ほどのあの女の巨人よりかはやりやすそうだな」
「全員で行くか?それとも誰かが試しに戦ってみるか?」
『灰色の駆除人』たちは、デュラハンのあまり大きくない体躯に油断していた。
先ほどの女の巨人のモンスターよりかは厄介なことはないだろうと、たかを括って、そんな相談をしている。
ガチャリ…
「ん?」
「む?」
「くるぞ」
そうこうしていると、静止していたデュラハンが徐に動いた。
『灰色の駆除人』たちが武器を構える中、デュラハンがその手を彼らに向かって伸ばした。
「え?」
「は?」
「あ?」
「お…?」
その瞬間、その場にいた23名の『灰色の駆除人』メンバーの深層探索者全員が、地面に膝をついた。
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