第96話
『白亜の王宮』クランは当時、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた深層探索者クランだった。
メンバーは、田中蒼太、山崎大河、渡辺葵の3名。
3名が3名とも、深層探索者の中でも頭ひとつ抜けた実力を持つ少数精鋭の深層クランだった。
その日彼らは3名でとあるダンジョンの深層攻略に挑んでいた。
そのダンジョンの深層は未だかつて誰にも攻略されたことのない未知の領域だった。
『白亜の王宮』の3名は、その未攻略ダンジョンを攻略するために深層探索へと挑んでい
た。
「必ず俺たちでこのダンジョンを攻略しよう」
「ええ、そうね」
「もちろんだ。俺たちで日本のダンジョン史に残る偉業を成し遂げるんだ」
深層を持つ未攻略ダンジョンが、3名以下の人数で攻略されたことは、日本のダンジョン史において未だかつて存在しなかった。
『白亜の王宮』の3名は、現メンバーのみでそのダンジョンを攻略し、日本のダンジョン史を塗り替えるつもりで探索に挑んでいた。
「なかなかハードだな…」
「流石に簡単にはいかないか…」
「でも大丈夫。深層モンスターが強いのは当然。ここまでしっかり戦えているのだから大丈夫よ」
深層に踏み込んだ彼らは、リザードマン、レイス、キングスライムといった深層モンスターと刃を交える。
いずれも非常に強力な深層モンスターだったが、幸いなことに彼らは攻略法を知っていたために危なげなくそれらのモンスターを攻略した。
キングスライムには火を、レイスには光を、そしてリザードマンには綿密に練られた知略戦を展開して見事に勝利したのだ。
「いける…!これならいけるぞ…!」
「私たち最高のチームよ!!!」
「これなら…!」
深層第一層ももうそろ終わりに近い。
三人はこの調子なら三人での未攻略ダンジョン攻略も夢じゃないと勢いづいていた。
そんな矢先の出来事だった。
ぽっ
「え…」
不意に暗闇から巨大な手が現れ、三人のうちの一人を攫っていった。
「蒼太!?」
「嘘でしょ!?」
攫われたのはリーダーの蒼太だ。
不意打ちをくらい、自分の身長の何倍もある巨大な手に捕まれ、なすすべなく暗闇の向こう側に引き摺り込まれた。
そして…
バキバキバキ…
ボキボキボキ…
「うぎゃぁああああああああ!?!?」
ダンジョンに絶叫が響き渡る。
「蒼太ぁああああああ!!!」
「いやぁああああああああ」
二人は暗闇に攫われた仲間を追って奥へ奥へと走る。
その間、二人の耳にはずっと、ぐちゃぐちゃと何かを咀嚼するような嫌な音が聞こえていた。
「…っ!?」
「ひっ!?」
やがて大河と葵の二人は、リーダーの蒼太を連れ去った主の元へと辿り着く。
『ぽぽぽぽぽぽぽ…』
奇妙な鳴き声と共に二人を見下ろしていたのは、体長数十メートルはあろうかという女の巨人だった。
乱れた髪、青白い皮膚、開かれた大口には肉食獣のような牙が並んでいる。
吐く息は非常に臭く、ダンジョンは腐臭で満たされていた。
「あ…」
「そんな…」
今まで見たことのないスケール、異形のモンスターとの邂逅に、二人は絶句しその場に立ち尽くす。
『ぽぽぽぽぽ…』
女の超巨人は、奇妙な鳴き声と共にその巨大な腕を動かし、何かを口に運んだ。
「蒼太…」
「いや…蒼太…」
その巨大な手の上に乗っていたのは、『白亜の王宮』のリーダー、田中蒼太だった。
ただし、上半身のみだったが。
絶命し、何も写していない虚の蒼太の瞳が、二人の方へと向けられていた。
「く、くそがぁあああああああ!!!」
今更のようにリーダーを殺されたことに対する怒りが湧き上がってきた大河は、がむしゃらに女の巨人へと突っ込んでいく。
『ぽぽぽぽぽぽ…』
女の巨人は大河へともう片方の手を伸ばした。
大河はその手を、両手に握った双剣で斬りつける。
『ぽげぇええええええええ!?!?』
女の巨人の巨大な手から鮮血が舞い、女の巨人が悲鳴を上げた。
「うぉおおおおおおお!!よくも蒼太をぉおおおおおおお!!!」
大河はなおも女の巨人へと攻撃を続ける。
女の巨人が顔を顰め、一度巨大な手を引っ込めた。
そしてダンジョンの通路の中で、まるで腹の中から何かを吐き出すような、蛇のような動きを繰り返す。
「は…」
「え…」
二人の見ている前で、女の巨人の全身が、まるで竜のような鱗で覆われ始めた。
女の巨人……後に八十尺様と呼ばれるようになるそのモンスターには、食べたモンスターの特性を模倣する能力がある。
過去に竜種を口にしたその個体は,硬い鱗を自分の表面に出現させ、一瞬のうちに防御力を高めたのだ。
「何よそれ…」
葵が絶望にへたり込む中、大河は「そ、そんなの関係あるか…!」と虚勢をはり、八十尺様へと突っ込んでいく。
しかし、竜種の鱗は硬く、何より女の巨人の図体があまりに巨体すぎたために、結局どんなに攻撃をしたところで、致命傷を与えることは出来なかった。
「はぁ、はぁ…くそぉおお…」
力尽きた大河が膝をつく。
『ぽ…』
八十尺様はその大口をニタリと歪めて、両手で大河を掴んだ。
「い、いや…大河…」
クランメンバーであり、同時に恋仲でもあった仲間の名前を葵が呼ぶ。
「あ、あおい…逃げろ…」
それが大河の最後の言葉となった。
『ぽっ』
ゴキゴキゴキゴキ!!!!
「ごは!?」
巨大な2本の手によってまるで雑巾を絞るように捻りあげられた大河は、葵の目の前で即死した。
八十尺様は、大河の死体を弄ぶように両の手の中で丸めた後、それを一気に口の中に放り込んだ。
「あ…」
逃げろと言われた葵はその場から動くことができなかった。
地面にへたり込んだまま、ガクガクと全身を震わせて、失禁する。
温かい水たまりが葵の周りに広がった。
『ぽっ』
蒼太と、そして大河を食べ終わった女の巨人が葵に手を伸ばしてくる。
恐怖で体の動かない葵はただ死を待つこと以外に何も出来なかった。
その10年後。
すでに攻略済みとなったそのダンジョンで、彗星の如く現れた一人の最強の高校生ダンジョン配信者が、『白亜の王宮』を壊滅させたそのダンジョンの深層へと挑んでいた。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「かミキサー」
『ぽげぇええええええええええ!?!?』
俺は女の超巨人が伸ばしてきた巨大な手に対して、即座にかミキサーを発動した。
ドガガガガガガガガガガ!!!!
まるで岩でも削っているかのような感触と共に、周囲を鮮血が舞う。
『ぽげぇえええええええええ!!!』
かミキサーは、この突如として現れた女の超巨人に一定程度効果があったらしい。
女の超巨人は痛そうな悲鳴をあげて、その巨大な手を引っ込めた。
“カミキサーきたぁあああああああ!!!”
“うぉおおおおお削ええええええええ”
“どりゃぁあああああああああああ”
“いけぇええええええええええええ”
“削りきれぇええええええええええ”
“こいつ、動きは対して早くないぞ!!”
“いける大将!!頑張れ!!!”
”殺せぇえええええええええええ!!“
”削りきれぇえええええええええ“
”効いてる!!!“
”痛がってら^^“
”効いてる効いてるw“
どうやらダメージはあったらしい。
女の超巨人が、血だらけとなった巨大な手を引っ込めて俺を見下ろした。
まるでサメの目のように虚な黒い大きな点が、真っ直ぐにこちらに向けられている。
『ぽごぉ…ぽごぽごぽごぽご…』
「ん…?」
俺が出方を見ていると、女の超巨人はまるで体の奥から何かを吐き出そうとしているかのように妙な動きを見せ始めた。
その異形の見た目も相まって、そこにはホラー映画のワンシーンのような地獄の光景が広がる。
ただし、大きさが大きさなので周りへの被害が半端ない。
グラグラとダンジョンが揺れて、地鳴りのような低い音が周囲へと波及していく。
”なんかクネクネし出した“
”動ききっしょ”
“なんだこいつ!?”
“かミキサーが痛すぎておかしくなったんか…?”
“うわきっしょ”
“気持ち悪いなぁ…”
“大将、そんなやつ早く倒しちゃってください!”
”ホラーやん“
”急にどうした…?“
チラリとコメント欄を見れば、案の定女の超巨人の奇妙な動きに困惑している。
俺は何が起こってもいいように神経を研ぎ澄ませながら、ただ女の超巨人の次の手をまった。
『ぽごぉおおおお』
パキパキパキパキパキパキ……
「え…」
思わずそんな声を漏らしてしまった。
いつの間にか、女の超巨人の外面に変化が現れていた。
全身の皮膚の部分が、次第に色を変えて、体の内側から、まるでドラゴンの鱗のようなものが浮かび上がってきたのだ。
”ファッ!?“
”第二形態!?“
”なんじゃそりゃ!?“
”なんか鱗装備し出したんだけど!?”
“やべーだろこれ”
“きっっっっっっっしょ”
”キモさがさらに増したな…“
”ドラゴンの鱗…なのか?“
”これがこいつの能力…?“
”きんもーだよぉ“
”やっべ。なんか一気に防御力が高くなった予感…“
「これがこいつの力なのか…?」
俺はおそらくこれがこの女の巨人の力なのではないかと予想した。
女の巨人は1分とたたない間に、変身とも呼べるべき変化を終えていた。
先ほどまでは青白い肌が露出していたのが、今は全身がドラゴンの鱗のようなもので覆われ、コーティングされている。
おそらくその防御力は見た目通りのものなのだろう。
『ぽぉおおおおおおおおお』
「うおっ!?」
変身を完了させた女の巨人が、いきなり俺へと向かって襲いかかってきた。
あまりの巨大さにダンジョン内で立ち上がることができないため、まるで蛇のように体をくねらせて、その大口を開けて俺を丸呑みにしようと迫ってくる。
「……っ」
俺は一旦飛び去って背後に逃げる。
『ぽごぉおおおおおおおお』
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴ……
女の巨人は、ダンジョンの壁や地面や天井に激突し、削りながら、蛇のように巨体をくねらせて、見た目に似合わない俊敏さで俺に迫ってくる。
”きたぁあああああああああ“
”怖い怖い怖い怖い怖い怖い”
“追いかけてきたぁああああああああ”
“めっちゃくるw w w”
“マジできしょいw w w w w”
“うわぁああああああああ!?!?”
“逃げて大将!!!!”
“気持ちわるぅうううううううう”
“くんじゃねぇえええええええええええ”
俺のウェブカメラは背後に逃げて下がっている間、ずっと蛇のように体をくねらせて迫ってくる女の巨人を写し続けていた。
その結果、まるで画面からこちら側に迫ってくるように錯覚したのか、コメント欄で絶叫する視聴者が続出した。
『ぽゴォオオオオオオオオオオオオ』
「さて…どうするかっ…」
俺はひたすらこの女の超巨人から逃げながら、攻略方法を考える。
あの表面の鱗が竜種の鱗だと仮定した場合、かミキサーやちょっとやそっとの斬撃では斬れない可能性がある。
とすると必然、取れる選択肢は限られてくる。
「仕方ない……使うか。神斬」
この場をわかりやすく打開できるのが、現時点で俺が撃つことのできる最強の威力の斬撃……神斬(視聴者命名)だろう。
ダンジョンの階層ごと切ってしまうあの技を使うのはなるべく避けたいのだが……背に腹は変えられない。
幸いなことに、現在地は深層第一層の最奥近くだ。
この先に他の探索者がいる可能性は極めて低い。
というか、ほぼ避けて通れないこの女の巨人のモンスターが出現している時点で他の探索者がこの階層の先にいる可能性はゼロと言っていいだろう。
つまり……神斬を思い切り使える条件は整っていることになる。
「やるしかないか」
他に攻略する方法があるのかもしれないが、思いつくまで逃げていたらせっかく進んだ道をだいぶ戻ることになる。
俺はこの厄介な女の巨人のモンスターを、神斬で一撃の元に沈めることにした。
「はっ」
後ろ向きに走っていたのを、思いっきり地面を蹴って背後に飛び去り、距離を取る。
『ぽゴォオオオオオオオオオオオオ!!!』
そしてバクバクと口を動かしながら迫ってくる巨大な異形に対し、俺は右手の片手剣を全力で薙いだ。
「神斬(かみきり」
斬ッ!!!!!
『ぽ……』
直後、世界が上下真っ二つにずれた。
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