第98話
「なんだ…?」
「は…?」
「ん…?」
「お……?」
『灰色の駆除人』たちは最初、自分達が何をされたのか理解できなかった。
二十三人が膝をつかされた状態で、呆然と前方の首なし騎士を見つめている。
「あ、れ…?」
「体が…?」
「動かねぇ…」
しかしすぐに彼らは異変に気づく。
こちらにゆっくりと接近してくるデュラハンに、すぐに立ち上がって臨戦体制を取ろうとするが、しかし体が思うように動かない。
鉛でも体内に仕込まれたかのように全身が気だるく重いのだ。
全員が生まれたての子鹿のように、プルプルと足を振るわせながら、剣や盾といった装備を支えにしてなんとか立ち上がるのがやっとだった。
「お、お前ら…!」
「しっかりしろ…」
「くそっ…なんだこの体の重さは…!」
「何かされたんだ…!」
「こいつの能力なのか!?」
『灰色の駆除人』たちは、重い体でなんとか立ち上がり、デュラハンが接近するまでに臨戦体制を整えた。
『…』
ガチャガチャ…!
剣を持ったデュラハンが、緩慢な動きで攻撃を仕掛けてくる。
ギィン!
ギギギギィン!!
『灰色の駆除人』たちの陣形のど真ん中に突っ込んでいたデュラハンが、全方位に対して無差別の攻撃を行う。
『灰色の駆除人』たちは、なんとかデュラハンに応戦するが、しかしたった一匹相手に力負けし、どんどん陣形が崩れていく。
「お、お前ら何してる…!」
「相手は一匹だぞ…!」
「動きも鈍い……はずなのに…っ」
「なぜこの人数差で押されなければならない
んだっ!!!」
デュラハンの動きは決して速いというわけではなかった。
むしろ深層モンスターの基準から考えて、ひどく緩慢で遅いぐらいだ。
パワーもそこまであるようには感じられない。
だがそれでも、『灰色の駆除人』の20名を超える深層探索者たちは押されていた。
「まさか…」
「俺たちの力が弱まって…?」
「こいつ……で、デバフの力があるのか…」
「俺たちの力がこいつの何かしらの能力によって下げられたんだ…!それしか考えられない…!」
まるで中層探索者に戻ってしまったかのような自分達の不甲斐ない動きに、『灰色の駆除人』たちはデュラハンの力に気づき始める。
デュラハンには、相手の力を弱める能力があるのだ。
『灰色の駆除人』たちは、まんまとデュラハンの能力の効果範囲にはいり、全員が絡め取られてしまったのだ。
「くそ…まどろっこしい…」
「本来の力ならこんなやつ…」
「体が思うように動かないっ」
「どうするっ!?一旦引くか…?」
「たった一匹相手に撤退なんかできるか!!」
『灰色の駆除人』たちは、デュラハンの能力に絡め取られたまま、引くこともできずに戦闘を余儀なくされる。
ヒィイイイイイイイ…
フシャァアアアアア!!!!
「くそっ!?他の奴らまできたぞ…!」
「レイスだ…!リザードマンもいるっ…」
「やっぱりだめだ…!ここは撤退を…」
そしてデュラハン一匹に戸惑っている間に、戦闘の匂いを嗅ぎつけ、他の深層モンスターが彼らの元へと集まってきた。
結局その戦いで、彼らは10名以上の仲間を失い、命からがら地上へと敗走したのだった。
そしてそれから9年後。
「なんだあいつ…?首なしの騎士…?」
『……』
史上最強の高校生探索者と言われた男、神木拓也が、同じダンジョンの階層で、たった一人、デュラハンとの邂逅を果たしたーーー
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「それじゃあ、第二層へと潜っていきたいと思います」
神斬により女の巨人を倒した俺はいよいよこのダンジョンの深層第二層へと潜ろうとしていた。
”きたああああああああああ“
”うぉおおおおおおおお“
”もう第一層突破か“
”ここまで怪我一つなし、順調やね“
”すげええええええええええええええ“
“結局ピンチらしいピンチもないまま第一層突破w”
“同接えっぐw”
”頑張れ大将!“
”切り抜きから来ました。なんか女のでっかいモンスター倒しました?“
”また神木拓也が伝説を作っていると来て見に来たおー^^“
”神木拓也最強で草なんよw“
“まーたこの人伝説作ってるよ”
“気をつけるやでー”
“第二層いくぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお”
“第二層のモンスターども!道を開けろ!!神木拓也様のお通りだ!!!!”
第二層で新たな景色が見れることに、視聴者が明らかに興奮している。
どうやら先ほどの女の巨人のモンスターの討伐の映像が、もう切り抜かれて拡散されているらしく、コメント欄には切り抜きから来ました、ショート動画見ました、という新規視聴者のコメントも多い。
同接は現在97万人。
もう少しで100万人突破しそうである。
(これもしかして最高同接更新ある…?)
前回の深層探索で作った最高同接の記録。
ひょっとしたら今後一生自分では達成できない永遠の自己最高記録になるかなと思ったが、この調子だったらもしかすると前回の記録を塗り替えられるかもしれない。
まだ見ぬ高み、同接200万人も、ひょっとすると夢ではないのかもと俺は思い始めていた。
「それじゃあ、第二層、攻略スタートで
す……」
俺はそう宣言し、第二層の攻略を始めた。
「おかしいな…何これ…逆イレギュラー?」
そして半時間後。
そこには、全く予想していなかった事態に首を傾げながらダンジョン深層二層を歩いている俺の姿があった。
「モンスター、全然でてこないんですけど…」
ダンジョン深層第二層に足を踏み入れてすでに30分以上の時間が経過している。
攻略スタートです!と意気揚々とダンジョン深層二層に踏み入ったはいいものの、なぜか全くといっていいほどモンスターとのエンカウントがなかった。
こんなことは今までで初めてだ。
これも一種のイレギュラーなのか。
だとしたら探索者にとっては非常にありがたく、そして配信者にとっては非常に迷惑なイレギュラーである。
“なんだこれ?”
“全然モンスター出てこなくてわろたw w w”
“深層第二層素通りやんwどうなってんだ?”
“モンスターあくしろよ”
”なんだこれ…?モンスターってこんなに出てこないもんなの…?“
”神木拓也の存在感が強すぎてぶるってるとか…?“
“モンスターどもビビってんのか?”
“ウォーキングやんw”
“マジでモンスター出てこないやんw”
“なんだこれ?”
“こんなことってあるものなのか?”
コメント欄も、これまでにない事態にすっかり困惑している。
俺は困ってしまった。
これじゃあ取れ高もクソもない。
同接の伸びも流石に鈍化してきた。
これがイレギュラーならこんなに俺にとって有り難くないことはないな、とそんなことを思いながら、俺は小走りにモンスターが一匹もいないダンジョンを駆け抜ける。
「なんか死体みたいなのはちょいちょい転がってるんですよね…これって他の探索者が倒したってことなのかな?」
第二層の通路を歩いていくと、ちょいちょいモンスターの死骸っぽいのが転がっていたりする。
ダンジョンの床に回収されかけているそれらは、まるで生気を失った搾りかすのようなモンスターの死体だ。
俺より先にこのダンジョンに踏み入った探索者が倒していったのかと思ったのだが、しかしモンスターたちの死体には切り傷や、打撲といった戦いの後が一切ない。
まるで魂でも抜かれてそのまま死んだかのような、綺麗な死体だった。
「よくわからない階層ですね……まぁ何もないならこのまま突っ切るだけですが…」
俺は何もモンスターが出てこないのならさっさと第二層を踏破してこのまま第三層へ入ってしまおうと足を早める。
「ん?」
不意に前方に気配を感じて、俺は足を止めた。
ようやっとモンスターのご登場だろうか。
「何かいます…多分モンスターだと思いますけど…」
それほど強者の気配は感じないものの、前方にモンスターらしき存在を感じた。
俺は足を止めて前方をうつす。
ガチャガチャ……
『……』
金属がぶつかり合う音を立てて暗闇の向こうから現れたのは、馬に乗った首なしの騎士だった。
「なんだあいつ……首なしの騎士…?」
俺はそのモンスターの奇怪な見た目に、少しの間呆気に取られてしまった。
“なんかきた!!”
“首なしの騎士!?”
“なんだこいつ!?”
“ふぁっ!?”
“ようやくモンスターご登場かと思ったらなんだこいつ”
“なんかやばそう”
“また変なのが出てきたねぇ…”
”首なしの騎士……デュラハン…?“
”こいつデュラハンじゃね…?“
”デュラハンって……昔どっかで聞いたことがあったような…?“
”なんかその昔、デュラハンっぽいモンスターが、深層クランを壊滅一歩手前まで追い込んだ話なかったっけ…?“
”首なしの騎士の深層モンスター……どっかで聞いたことがあったような…“
“誰かこのモンスター知ってるやついないのか?”
チラリとコメント欄を見ると、視聴者たちは、首なし騎士のモンスターの登場に驚くとともに、昔どこかで聞いたことがあったようなというコメントも見受けられた。
キングスライムほどではないにしろ、こいつもそれなりに情報が広まっている深層モンスターなのかもしれないな。
「さて……どうでる?」
コメント欄を見ていれば、攻略のヒントになりそうな情報が出てきそうな雰囲気だったが、俺はあえてなんの情報もなくデュラハンと相対する。
コメント欄でカンニングして楽に倒しても配信的につまらないからな。
ここまでモンスターが出てこなくて、30分ぐらいウォーキング配信になってしまった分を、ここで取り返さなくては。
(さあ、こい…!)
できれば配信映えする派手な能力とか持っていてほしい。
そんなことを考えながら、俺はデュラハンの出方をまった。
『……』
ガチャガチャと着込んだ装備の音を鳴らしながらゆっくりと近づいてきたデュラハンが、徐に俺に右手を向けてきた。
次の瞬間…
「お…?」
なんか水の中にいるみたいに、体に若干の負荷がかかったような気がした。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「ほう…次はデュラハンか…」
ニヤニヤしながら神木拓也の配信を見守っていた桐生帝は、深層第二層での新たな深層モンスターとの邂逅にさらに口元を歪める。
30分ほど一度もモンスターとの邂逅がなかった後に出てきたのがデュラハンという首なし騎士のモンスターだった。
「能力はデバフ……効果範囲内で戦う限り、厄介ない当てだぞ……フフ…」
デュラハンの能力は、探索者の力を大幅に減退させてしまうというもの。
そこらの深層探索者が、デュラハンの力の効果範囲に入れば、中層探索者程度まで力を落とされてしまう。
攻略方法は、デュラハンの力の効果範囲に入らず、遠距離攻撃に徹することだ。
デュラハン本体に遠距離攻撃の手段はなく、また本体の戦闘力もそこまで高くないため、デバフ効果範囲内に入らなければ、思いの外簡単に攻略できるモンスターである。
「くくく…神木くぅん…あんまり近づきすぎると危ないよぉ?」
そして案の定、神木拓也はデュラハンについて何も情報を持っていないのか、特に警戒することもなく能力の効果範囲内に足を踏み入れる。
神木拓也の力を考えた時に、デュラハンの能力と弱点を知っていれば倒すのは造作もないだろうことから、むしろ神木拓也がデュラハンの能力に無知である現状は、桐生帝にとって都合が良かった。
「さあ、見せてくれ…君の戦いを…!」
何も知らない神木拓也がデュラハンに対して不利な戦いを強いられることは明らかだったが、それでも桐生帝は神木拓也が簡単に負けるなどとは少しも思っていなかった。
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