第99話
「体が…若干重い…?」
首なし騎士が徐に俺に向かって右手を伸ばしてきた。
その直後、まるで体全体に負荷がかかったように重みがました。
まるで水の中にでもいれられたかのような感覚だ。
俺はこちらに向かって右手を伸ばしている首なし騎士の方を見た。
「それがお前の能力なのか…?」
『……』
首なし騎士は何も答えない。
首がないので表情もわからない。
しかし、この身体中の負荷の原因が首なし騎士なのは確実だった。
特殊な能力を持っていることの多い深層のモンスター。
おそらくこの首なし騎士もなんらかの特殊な力を持っており、今現在その能力の効果を俺は受けているのだろう。
“お?”
“どうした…?”
“一体何が?”
“大将…?”
“なんか両者とも動きが止まったぞ…?”
“おーい、神木?どうかしたのか?”
“なんで見つめあってんだこいつら”
“間合いを測ってるのか…?”
“達人の間合いってやつです、か”
“よくわかんね”
“大将?早く戦わないんですか?”
コメント欄を見れば、動きを止めている俺に困惑している視聴者たちがいた。
彼らからは今現在、何が起こっているのか理解が出来ないのだろう。
俺は自分に現在起こっていることを視聴者たちに説明する。
「体が重いです……多分何かの能力だと思います。水の中にいるみたいな……そんな感覚ですかね?」
“え、まじ…?”
“ファッ!?”
“そいつも能力持ちなの!?”
“どういうこと!?”
“なんですと!?“
”体が重い……重力が増したとか…?“
”デバフ?みたいな力ってこと…?“
”やっぱり右手を上げたのは能力発動の予備動作か“
”え、もしかして動けないってことですか、大将…?“
”大将……もしかして動かないんじゃなくて動けないんじゃ…?“
”大丈夫なんですか!?“
“嘘だよな神木拓也…?”
“え、ひょっとしてこれ、ピンチですか?”
首なし騎士の能力による攻撃を受けたと説明したら、コメント欄がざわつき始めた。
何を勘違いしているのか、俺が動きを止めているのは首なし騎士の能力によって動きを封じられているからだ、と思い込む視聴者まで現れた。
「あ、勘違いしないでください」
誤解されたままではたまらないため、俺は腕や足を動かしてみせた。
「別に動けないわけじゃないです。ちょっと全体的に負荷を感じますが……でもちょっと気だるいな程度かな……戦いには支障ないと思います」
動ける証明として片手剣や足を動かして見せる。
『……!?』
ガチャガチャガチャ!!!
「ん?」
俺が視聴者への照明のために腕や足を普段通り動かすと、なぜか首なし騎士がガチャガチャと慌ただしく動き始めた。
まるで人間でいうところの動揺したような感じの動きだった。
“なーんだ、良かった”
“せーーーーーふ”
“なんだその程度か”
“神木拓也が身動き封じられてピンチなのかと思ったわ”
“じゃあ楽勝じゃん”
“ちょっと焦ったわw”
“ですよねー”
“神木拓也の動きを封じるとか、まぁ無理だわな”
“あれ、つかなんか首なし騎士が挙動不審になってね…?”
“こいつ焦ってね?”
“おーい?どしたー?^^”
“こいつ今めっちゃ動揺したろw w w”
“大将が動いた瞬間、めっちゃ驚いたように見えた……いや、顔がないから表情とかわからないけどさ…”
“俺も驚いていたように見えたわw w w気のせいかもしれないけどw w w”
“あれ、ひょっとしてこいつちょっと焦ってね?てかビビってね?”
“もしかして神木拓也が普通に動けることが想定外だったのか…?”
“まさかあ。この程度でビビってるとかないやろ。仮にも深層モンスターやぞ?なんか奥の手隠してるやろ”
俺が問題なく動けるとわかってコメント欄に安堵が広がった。
俺はさっきからなぜか挙動不審のようにガチャガチャ動いている首なし騎士を見据える。
「さあ、次はどうする?」
こいつに負荷をかける特殊能力があることはわかった。
だが、それだけじゃないはずだ。
ここは深層。
そしてこの首なし騎士は深層モンスター。
きっと第二、第三の手を隠し持っているに違いないのだ。
「さあ、みせてみろ。お前の力を」
俺は首なし騎士に向かってクイクイと手招きをした。
『……ッ』
ちょっとずつ後ずさっていた首なし騎士が一瞬ぐるぐると体を周りに向けた。
その動作はまるで、困って周りに助けを求める人間の動作のようにも見えたのだが、まさかそんなことはないだろう。
きっと動揺しているふうを装って俺の油断を誘う作戦に違いないのだ。
『……!』
ガチャガチャガチャ…!!!
俺が自分からは手を出さずに相手の出方を見ていると、やがて首なし騎士は剣を構えて、意を結したかのように正面から突進してきた。
そしてほとんど俺にとってはスローモーションとも思えるような速さの剣戟を繰り出してきた。
(これは……)
あまりに遅く、鈍いその攻撃に、俺はどうするべきか逡巡する。
深層モンスターの攻撃がこんなに遅いはずはない。
ということはこれは罠だ。
きっとこの非常に遅く、鈍い攻撃は罠で、この首なし騎士は、先ほどのハーピーのように何かしらの奥の手を持っているに違いない。
用心して戦わないと、また一撃をもらってしまうことになりかねない。
そう考えた俺は、避ける動作を準備しつつ、片手剣で首無し騎士の攻撃を弾いた。
ギィン!!!
鋭い金属音がなり、剣が首無し騎士の手から離れた。
「え…」
『……!』
俺は思わずそんな声を漏らしてしまった。
首無し騎士の攻撃は、普通に俺の片手剣に防がれ、弾き返された。
そして力負けした首無し騎士は、その手から
剣を失い、背後に押し戻される。
からんからんと剣が地面に落ちて転がった。
首無し騎士が、まるで俺を恐れるかのようにガチャガチャと全身を震わせている。
「あれ…?え…?」
俺は混乱してしまった。
今のは罠ではなかったのか。
何か奥の手で俺を仕留めるための、囮攻撃ではなかったのか。
「お、おい…?嘘だよな?」
『……ッ』
ガチャガチャガチャガチャ……
「まだ他に能力とか隠してるんだよな…?」
『………ッ』
ガチャガチャガチャガチャ……
「まさかこの若干体が重くなる程度の負荷攻撃だけがお前の能力だなんて、そんなことはないよな?」
『……!』
俺は一歩首無し騎士に向かって踏み出した。
首無し騎士がビクッと体を跳ねさせて、ジリジリと後退していく。
あれ、こいつ。
まさか本当にこれだけのやつなのか。
何か奥の手を隠しているとかじゃなくて、本当に負荷攻撃だけしか能がないモンスターなのか。
「ほら…待ってるから。もったいぶってないで……全力出して見せろ…?」
『……!?』
俺は一気に地面を蹴って距離を詰め、首無し騎士の目の前まできた。
そして腕を広げてわざと無防備の状態になる。
「ほら…これでわかったろ…?こっちからは攻撃しない……だから、出し惜しみしないで…奥の手を出してこいよ……あるんだよな?この対して意味のない負荷攻撃だけじゃなくて……他の能力を隠してるんだよな?さあ、それを俺に使って見せろ!ほら!!やれよ!!やればできるんだから!!!」
『……!?!?!?』
これだけ煽れば必ず秘めたる奥の手を出してくるはずだ。
そう思って俺は無防備の状態でわざと挑発したのだが、首無し騎士はガチャガチャと何かを恐れるように全身を振動させている。
“完全にビビってるw w w”
“もうやめてやれよw w w”
“草”
“可哀想すぎるw w w”
“首無し騎士さん震えてるやんw w w”
“深層モンスターの前で無防備になるとかイカれてるw w w”
“神木もう勘弁してやれよw w wそいつ多分マジで負荷攻撃しか持ってなかったんだよw w w”
“多分他の深層探索者にとっては十分脅威になる負荷攻撃だったんやろなぁ…”
“相手が悪かったw”
“もういじめないであげて;;”
“神鬼畜きたぁああああああああ”
“神鬼畜最強!神鬼畜最強!神鬼畜最強!”
“まさか深層モンスターに同情する日が来るとはな…”
「おい…聞いてるのか?さっさと奥の手を………あ!」
『……ッ!!!!』
ガチャガチャガチャガチャ…!!!!
俺がいつまでたっても攻撃してこない首無し騎士に痺れを切らしそうになった直後、首無し騎士が突然踵を返して逃げ出した。
俺が呆気に取られて固まっていると、ふっと体が軽くなった。
どうやら負荷攻撃の効果範囲を出たらしい。
「いや待てよ。何逃げようとしてんだ」
俺は背を見せて逃げる首無し騎士に向かって斬撃を放った。
斬ッ!!!!
『!?!?!?』
首無し騎士はあっけなく背後からの斬撃をくらい、縦に真っ二つになって地面に転がった。
やがてダンジョンの地面による死体の回収が始まった。
「は…?終わり……?」
俺はあまりの弱さに、首無し騎士の死体回収を呆然と眺めるのだった。
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