第175話


「なんで日本に来たのー?」


「西園寺ちゃんすっごい可愛い!彼氏とかいるのー?」


「神木くんとはどういう関係?」


「ねぇ、休み時間学校案内してあげるよ」


「アメリカのどこに住んでたのー?」


ホームルームが終わった後,一時間目の授業が始まるまでにはちょっとした時間がある。


自己紹介を終えて俺の隣の席へとやってきた西園寺グレース百合亜は、担任が教室を出て行った後、案の定というか、クラスメイトたちによってたかって質問を浴びせられていた。


なぜ日本に来たのか?


アメリカのどこに住んでいるのか?


彼氏はいるのか?


シャンプーは何を使っているのか、等々。


とにかくいろんな質問が、あちこちから浴びせられ、西園寺グレース百合亜は特に気を悪くすることなくニコニコしながらそれに答えていた。


俺は隣から、そんな西園寺の様子を注意深くうかがう。


また何かいらぬことを言って、クラスメイトたちにあらぬ誤解を振り撒くかもしれない。


それだけは避けなくては。


「おい、神木」


「ん?」


「ずる……じゃなくて酷いじゃないか」


「何がだよ」


「こんな可愛い彼女、いつの間にゲットしたんだよ。俺に内緒で抜け駆けか」


「あのなぁ…」


揶揄ってきた祐介に、俺はためいきをはきながら返した。


「何を勘違いしているのか知らんが、俺と西園寺は今日会ったばかりだ。お前が想像しているような関係じゃない」


「嘘つけ。隠しても無駄だぞ」


「お前に隠してなんになるんだよ。俺はそもそもついさっきまで西園寺の名前すら知らなかったんだぞ」


「…本当かよ。じゃあ、西園寺のあのセリフはなんなんだ」


「いや…俺もよくわかんねぇよ」


「お前のこと知っているふうだったが?」


「それはだな……」


俺は今朝のことを祐介に包み隠さず話す。


「曲がり角でぶつかりそうになったんだよ。で、避けたらなぜか俺に向かって突撃してきた」


「はぁ?なんだそれ」


「俺に聞かれても知るか。本当に今話した通りだ。あいつが今朝、登校中の俺に突撃してきたんだよ。パンを加えて」


「意味がわからないんだが……」


「俺もわかんねぇよ。誓っていうが、それ以前に俺は西園寺と連絡を取り合ったり、あったりは一切していない。完全に今朝が初対面だった」


「にわかには信じがたいな。西園寺の口ぶりはもっと何かある感じだったじゃないか。お前、やっぱり何隠してるんだろ。本当は自分の今の人気を利用してこっそり裏で連絡を取って西園寺グレース百合亜とアメリカ、日本間の遠距離恋愛を……」


「そんなわけあるか」


俺はあらぬ方向にどんどん話を進めていく祐介にツッコミを入れる。


俺が自分のネットでの人気を利用して、女と会おうとするなんてそんなことは絶対にない。


そんなことのために俺はダンジョン配信を始めたんじゃない。


「うーん、どうも匂うなぁ……」


「いや、匂わねぇから……」


正直にあったことを話したにも関わらず、祐介はいまだに俺の言葉を信用していないようだった。


確かに、側から見ても、俺の話は突拍子もなくて嘘くさいかもしれない。


だが、俺としては本当に自分の身に起こったことを包み隠さず話しているだけなのだ。


なのに信じれもらえないのは、ひとえに、あの西園寺の思わせぶりなセリフが原因だ。


一体なんの目的があってあんな言い方を…?


俺も祐介も、思わず隣の席で質問攻めになっている西園寺グレース百合亜に視線を移した。


「ねぇねぇ、西園寺さん。いい加減教えてよ、神木くんとの関係」


「神木くんとは親戚なの?知り合い?それとも……特別な関係?」


「すっごく気になるな……もし付き合ってるなら…二人はどこで出会ったの…?」


「もしかして神木くんのために日本に来たとか…?」


「きゃあああっ。だとしたらロマンティックすぎるよ!!!」


そこではちょうど、西園寺が、先ほどの発言に関して生徒たちから質問されているところだった。


西園寺が謎にちょっと頬を赤ながら、答える。


「神木さんと私の関係については、まだ詳しくは申し上げられません……でも、日本に来た目的の一つが神木さんであることは事実です……」


「きゃああっ、やっぱりっ」


「それってつまり…」


「えええ、詳しく教えて!すっごく気になる!」


「ちょ、西園寺……お前なんのつもりでそんなことを…」


「実は私、神木さんと同じでダンジョン探索者なんです」


俺がさらに思わせぶりなことを言う西園寺にたまりかねて問い詰めようとするが、それを遮って西園寺が口を開いた。


自分が北米五英傑と呼ばれるほどに有名な探索者であることを明かす。


「えっ!?そうなの!?」


「西園寺ちゃん探索者なの!?」


「すごい…!」


「ってことは強いの…?」


「もしかして神木くんとは探索者繋がりで…?」


「これでも向こうでは結構有名な探索者なんですよ……ほら、これがその証拠に」


西園寺グレース百合亜が、スマホを操作して、画面を女子たちに見せる。


そこには西園寺グレース百合亜のインスタのアカウントが表示されていた。


「えっ、すご!?フォロワー2000万人!?」


「嘘でしょ!?凄すぎ!!!」


「え、待ってめっちゃ有名人じゃん!!」


「西園寺さんインスタのフォロワー二千万人もいるの!?」


「すごい!!芸能人でもこんな数字みたことない!!!」


西園寺グレース百合亜が、たくさんのフォロワーを抱えた有名人であることを知り、クラスがさらに騒然となる。


「おい、西園寺ちゃん、有名なダンジョン探索者らしいぜ!?」


「おい、西園寺さんインスタのフォロワー2000万人らしい…」


「本当だ!!!アカウント見つけた!!マジで西

園寺ちゃんじゃん!!!」


「すげぇ!!!向こうでめちゃくちゃ有名人じゃないか!!!」


「なんでそんなすごい人が日本に!?」


「というかこのクラスマジでやばくないか…?神木に桐谷に……さらに西園寺さんまで…」


「なんでこんな有名人ばっかりなんだよこのクラス。どんな確率だよ。芸能科じゃねーぞ?」


皆がスマホを取り出し、西園寺グレース百合亜が本当に有名人であることを確認する。


あっという間に西園寺のインスタのアカウントが発見され、クラスメイトたちは、西園寺が数千万人のフォロワーを抱えるとんでもない影響力を持ったインフルエンサーであることを確認し、さらに西園寺の周りに群がる。


「さ、西園寺さん!できれば写真を一枚…」


「西園寺さんめっちゃすごい人なんだね!!」


「なるほど……有名人同士、かみきとおつきあいしてるってことか…?」


「やっぱりダンジョン探索者繋がりで神木と…?」


「くそっ…俺も西園寺さんみたいな可愛い子と付き合うためにダンジョン配信者に…」


「いや、やめとけ。死ぬぞ」


突然やってきた短期留学声が、ダンジョン探索者でさらに超有名なインフルエンサーであることが判明し、クラスがてんやわんやの大騒ぎとなる。


誰かが学校の掲示板にでも書き込んだのか、すでに噂が他のクラスにまで波及したらしく、野次馬が廊下に詰めかけて西園寺のことを一目見ようと覗き込んできたりする。


「あの…いや…俺たちは別に付き合っては…おーい…誰か聞いてくれ…」


騒ぎはどんどん大きくなり、もはや収拾がつかない事態になった。


誰も俺の話に耳を傾けてくれない。


俺はガックリと項垂れて誤解を解くことを諦める。


「どんまい」


祐介が満面の笑みで俺の肩をポンと叩いてきた。


「か、神木…くん…本当、なの…?神木くんは…西園寺さんと付き合って…?」


「え…」


なんか向こうからゾンビみたいな人が来た、と思ったら桐谷だった。


誤解が広まり落ち込む俺よりもさらに肩を落とし、その表情にどんよりと影を落としながら俺の元まで歩いてくる。


「か、神木くん…そっか…付き合ってたんだね…彼女いたんだね…だから私が頑張ってアピールしても全然……」


「桐谷…?」


「ははは…おめでとう…お似合いの二人だと思うよ……?」


「いや、ちょっと待ってくれ。桐谷。誤解だ。俺と西園寺は今朝会ったばかりのほとんど初対面で…」


俺はひとまず、なぜかげんなりしている様子の桐谷の誤解を先に解いておくことにした。

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