第174話


「嘘だろ……西園寺グレース百合亜…?本物か…?夢でも見ているのか…」


クラスメイトたちが、この突然やってきたアメリカ人短期留学声を拍手と歓声を持って迎える中、俺以外にたった一人呆然としている奴がいた。


祐介だ。


信じれないと言った表情で、自己紹介を終えた西園寺グレース百合亜の方を見ている。


「おい…祐介。どうかしたのか…?」


「は…?おい、拓也。お前気づいてないのか…?」


「何が…?」


「あいつだよ。西園寺グレース百合亜だよ」


「何をそんなに驚いている…?まさかお前も今朝あいつに曲がり角で突撃されたり…?」


「…お前が一体何を言っているのかわからないが俺が驚いている理由は一つだ。あいつが……西園寺グレース百合亜が、北米五英傑と呼ばれるダンジョン探索者の一人だからだ」


「ほ、北米五英傑…?」


なんか聞いたことのある単語に、俺は首を傾げる。


北米五英傑、北米五英傑……なんだったっけ?

どこかで聞いたことがあるような気がするのだが、思い出せない。


「お前にも関係があることだぞ。お前、以前に北米五英傑の一人、エリックヘザーハートと戦っただろ」


「エリック…?」


「ダンジョンブレイキングだよ。お前が引っ越し費用を稼ぐために出た、朝比奈くるみ主催の……」


「ああ…!あの人か…!」


以前に俺が引っ越し費用を稼ぐために出た、ダンジョン探索者の格闘大会。


その決勝で戦ったのは、外国から来たエリックという白人だった。


後から調べたところ、そのエリックという外国人は、実はアメリカで最も有名な探索者の一人で巷では北米五英傑なんて呼ばれているらしい。


「なるほど…あの時の五英傑の一人か……あの子

が…?」


祐介に言われて、俺はもう一度西園寺グレース百合亜を見た。


一見するとその体は非常に華奢であり、そこまで強いようには見えない。


だが、北米で最も有名な探索者の一人なのだから、見た目以上の実力を秘めているのは間違いないだろう。


「お前と同じように、若くして才能を開花させた天才だな。イギリス人と日本人のハーフらしい。あのとしでエリックヘザーハートよりも強いって言われてる」


「へぇ…そんな奴だったのか…」


そんな有名人が、どうしてあんな奇行を…?


俺は今朝のことを思い返し、ますます西園寺・グレース・百合亜のことがわからなくなってしまった。


「というか、神木。お前、西園寺のことを知らなかったくせに、なんで驚いてたんだ?」


今度は祐介がそんなことを聞いてくる。


俺はここまできたら誤魔化す意味もないと、今朝のことを祐介に話そうとする。


「実は今朝、あいつが曲がり角でいきなり……」


「ああああああ!!!」


俺がそう口を開きかけた時、突然教壇から大きな声が聞こえてきた。


「…?」


そちらを見ると、西園寺グレース百合亜が、ちょっと大袈裟すぎるような驚きの表情を浮かべて俺を指差していた。


「あなたはあの時の…!」


「…」


どうやら今朝ぶつかった……というか突撃した俺の存在に気づいたらしい。


どこかわざとらしい声のトーンで、俺を指差してそんなことを言ってくる。


「まさか同じクラスだったなんて…!こんな偶然ってあるのですね…!」


「いや…うん…」


西園寺が俺を指差したことで、クラスメイトたちが俺に注目する。


「え、神木くん?」


「神木くんがどうかしたの?」


「神木くんを指差してる…?」


「どういうこと?」


「ひょっとして神木くんの親戚とか…?」


「なんだなんだ?何事だ…?」


クラスメイトたちが俺と西園寺グレース百合亜を見てヒソヒソと噂している。


本当なら俺も西園寺同様、「お前はあの時の!」

って驚くところなのだが……どうもそういう気分にはなれない。


「なんか嘘くさいんだよなぁ…」


どうもこれが自然な出会いに思えない。


どこか仕組まれているというか、作為のようなものを感じる。


西園寺グレース百合亜は、クラスメイトたちや俺の反応を見て、「やりましたわ!」と言わんばかりにガッツポーズしている。


俺の中で違和感がどんどん膨らんでいく。


「ん?なんだ西園寺。ひょっとして知り合いなのか…?神木と」


担任が俺と西園寺グレース百合亜を交互に見てそう尋ねる。


西園寺が、なぜかちょっと照れくさそうに顔を背けながら言った。


「私と彼は……そう、いろいろありましたの。やんごとなき関係ですわ…」


「はぁ?」


「お?」 


「「「「「きゃあああああああ」」」」」


西園寺グレース百合亜の衝撃の発言に、女子たちが黄色い悲鳴をあげる。


「嘘でしょ!?まさか神木くんの彼女!?」


「二人は付き合ってるの!?」


「ひょっとして神木くんに会うためにはるばるアメリカから…!?」


「二人はどこまで進んでいるの!?」


「ひょっとしてももうデートは済ませてるの!?その先まで…!?」


「恋のABCのどこまで進んでるの!?」


こういった話題に目がない思春期の女子たちが、きゃいきゃいと有る事無い事囁き始める。


「いやちが……俺とあいつはただ単に今朝曲がり角でぶつかっただけで……」


全く身に覚えのない俺が、慌てて西園寺の謎に思わせぶりな発言を訂正しようとするが、すでに誰も俺の話を聞いていない。


「ふざけんなよ神木!!」


「クソ羨ましい!!」


「リア充爆発しろ!!!」


「自分だけいい思いしやがって!!!」


男子からは怨嗟の声が届き、女子からは黄色い歓声が上がり、教室内は騒然となる。


あっという間に収拾のつかない大騒ぎになってしまった。


「なんでこんなことに…」


俺は頭を抱えて、西園寺グレース百合亜を睨む。

西園寺は、げんなりする俺を見てイタズラっぽくウインクをした。


こいつ絶対にわざとやっただろ。


「おー…なんかよくわからんが青春だな。ははは」


担任がこの状況をそう短くまとめる。


「私、神木さんの隣がいいですわ…先生」


「おー、そうだな。まいいぞ」 


この流れなので担任も特に断ることなく西園寺グレース百合亜の望みを着きれた。


「おい、神木の隣のやつ、悪いが西園寺と席変わってやってくれ」


「はーい」


「ありがとうございます。感謝しますわ」


「よーーーし、そういうわけだからみんな西園寺と仲良くしてやってくれよー」


「「「「はーーーーーい」」」」


生徒たちが元気よく返事し、西園寺が嬉々として俺の隣の席にやってくる。


こうして北米五英傑の西園寺・グレース・百合亜が、短期間ながら、俺たちクラスの一員となったのだった。

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