第173話
「あれなんだったんだ…?」
「おん?どうした?」
「いや…こっちの話だ」
教室にたどり着いた俺は席について一息ついてからそう呟いた。
俺がくるなり早く話しかけたそうにウズウズしながらこちらを見ていた祐介が反応するが、俺はなんでもないと首を振った。
別に取り立てて騒ぐようなことでもない。
外国人っぽい女の子に朝の登校路で絡まれるなんてなかなかない話ではあるけど……変人に絡まれたといえばそれまでだ。
何がしたかったのか、何を言っていたのか終始意味不明だったが、しかしもう会うこともないだろう。
わざわざ祐介に話すようなことでもないと俺はそう思い、話題を切り替えた。
「何だよ。気になるだろ教えろよ」
「いや本当になんてもないんだ。そんなことより祐介。昨日の俺の配信見てたか?」
「もちろん見てたぞ。ダンジョン配信者のくせにゲーム配信で40万人も集めやがって。つーべのゲーム実況専用スレみたか?今年のゲーム実況の同接記録があっさりお前に抜かれてしかもダブルスコアだってお祭り騒ぎだったぞ」
「やっぱりみてたのか……まぁゲーム実況の記録とかはよくわからないしスレも見てないんだが……お前が監視してくれてたんなら朗報だ」
「何がだよ」
「昨日俺がぺくーすで一試合目チャンピオン取った後若干配信が荒れたんだよ。スマーフがどうとか……あれって俺のことじゃないよな?新規視聴者が俺のことをスマーフだって疑ってたのかもしれないと思ったんだけどどうにも違うっぽくてさ」
「ああ、あれか。みたみた。Twitterがかなり荒れてたな。簡単な話でお前が倒したプレイヤーの一人が有名なスマーフだったって話だよ」
やはり事情を知っていたらしい祐介が得意げな表情で解説を始める。
「界隈ではそこそこ有名なフスマって名前の害悪プレイヤーでな。本垢のランクは上位帯なんだが、サブ垢を作って低ランで初心者狩りをしていることを公言してるやつでな。昨日たまたまお前の最初のマッチにいたんだよ。まぁあっけなくお前に倒されけどな」
「なるほど…そういうことだったのか…」
もしかして俺自身がスマーフだと疑われたのかと心配もしたが、どうやら違ったらしい。
祐介の話によれば、俺の昨日の配信の最初のマッチに『フスマ』という名前の有名なスマーフのプレイヤーがいて、実際に俺と戦闘になって倒されたために配信が荒れたらしい。
その後、フスマが界隈で有名な害悪スマーフプレイヤーであることが俺の視聴者の間に知れ渡り、フスマのTwitterアカウントが荒れに荒れたらしい。
「フスマのアカウントは無事に凍結されたよ。お前の視聴者の総攻撃によってな…」
「凍結…まじか…そんなことがあったのか…」
フスマがスマーフだと知った俺の視聴者が、フスマのアカウントに凸して通報しまくり,結果的に運営から問題ありのアカウントと認定されてアカウントが消されてしまったらしい。
「やりすぎないように言っておくべきだったな,視聴者に…」
スマーフは運営に推奨されていない迷惑行為だが、しかしそれでもTwitterのアカウントを凍結させるのは少々やりすぎだったかもしれない。
俺がけしかけたわけではないとはいえ、視聴者にあまり暴れすぎないように言っておくべきだったかもしれない。
まぁあの時点で俺は何が起きているのか把握してなかったのでどうしようもないっちゃどうしようもないんだが。
「いや、むしろ界隈の連中は感謝してる奴が大半だったぞ。スマーフはチートと違って犯罪行為ではないからなかなか運営も対処が遅れてたからな。今までのツケが回ってきたんだろ」
「うーん…まぁそうっちゃそうなんだが…」
「フスマは今回の騒動で、Twitterだけじゃなくてぺくーすのアカウントも垢BANされたみたいだな。上位帯ランクの本垢、そしてスマーフようのサブ垢どっちも消されたらしい。多分お前の視聴者からの通報が相当行ったんだろうな」
「まじか…ぺくーすの垢まで消されたのか…」
「お前が気に病むことじゃないだろ。どのみち時間の問題だった。実際、運営が今回の件を受けてスマーフも垢BANの対象になりうるって声明出してたからな。お前のおかげでスマーフは確実に減って、ぺくーすの最近の人口減にも歯止めがかかるかもしれないぞ」
「……俺、迷惑がられてなかったか?こんなに騒ぎを起こして……界隈の連中の反応はどんな感じだった?」
俺はちょっと心配になって祐介にそう尋ねた。
まさか自分の知らないところでそんなことになっていたなんて思わなかった。
俺はぺくーすの界隈の人に昨日一日で嫌われたりはしなかっただろうか。
「いや、嫌われたというかむしろめちゃくちゃ歓迎ムードだったぞ。これでまたゲーム配信が盛り上がるかもしれないって……特にぺくーすのプレイヤーたちはこれでますますぺくーすのfps界における覇権が強固になったって喜んでたな。否定的な意見があるとすれば、他のfpsタイトルのユーザーたちだが、彼らだってゲーム実況界隈が盛り上がれば、自分たちのところにも人が流れてくるかもしれないし、おおかたは歓迎しているんじゃないか」
「…そうか。そういうことならよかった」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
祐介がポンと肩を叩く。
「まぁお前が気に病むようなことは何もない。昨日あれだけ人が集まったんだから、これからもゲーム配信やるんだろ?」
「まぁ折を見てな。あくまでダンジョン配信が本文だが…」
「なんかパーティーゲームとかやる時は俺も誘えよ。友人枠として出てやるよ」
冗談めかしてそんなことを言う祐介に俺はわざと大真面目な表情で言った。
「いいな、それ。ぜひ出てくれよ」
「お?」
「お前に普段どんなふうにいびられているのかっていうエピソードもしっかりと視聴者の前で話すから」
「おいやめろ。炎上するだろ。まじでやめろ」
祐介が慌てたようにそういった。
「冗談が通じない奴が俺に突撃してくるだろ。自分の影響力を考えろ。悪魔かお前は」
「くくく…冗談だよ」
珍しく本気で焦っている祐介を見て俺は思わず笑ってしまった。
祐介がほっと胸を撫で下ろす。
「ネットの連中って一部にまじで冗談通じない奴らがいるからな……本当、お前は自分の影響力考えて行動してくれよ」
「おうよ」
俺はしばらくそんな感じで祐介と配信のことや最近のネット事情について語り合った。
それはもうすぐホームルームが始まるという時刻になった頃だった。
「おーい、お前ら席につけー。転校生紹介するぞ」
教室の扉が開き、担任がそんなことを言いながら教室に姿を現した。
「え…転校生」
「は…?」
「え?」
「今なんて…?」
生徒たちが突然のことにぽかんとした表情になる。
「あれ、あんまり驚かないのなお前ら」
担任はいたずらが失敗してがっかりしたような表情になる。
「転校生ってのは冗談だ。留学生だよ留学生。短期留学で今日から二週間、お前らと一緒に授業を受けてもらう」
「留学生!」
「まじかよ!」
「すげぇ!!」
「男!?女!?」
「きゃああああああ」
「うおおおおおおおおきたあああああ」
「すげえええ」
突然振って湧いたイベントにクラスメイトたちが沸き立つ。
留学生が来るなんて珍しいななんて思いながら、俺は教室の入り口の方を見る。
「入ってこい。ここで自己紹介をするんだ」
担任が教室の入り口に向かって手招きをした。
皆の注目を浴びながら、一人の女子生徒が教室に姿を現した。
「うわっ、女子だ…」
「めっちゃ可愛い…」
「色白い…」
「外国人だ…」
「すげー美人…」
「何人なんだろ…?ロシアとか…?」
日本人離れしたその容姿にクラスメイトたちが見惚れる中、その見覚えのある少女は教壇に立ってぺこりと頭を下げて拙い日本語で自己紹介をした。
「西園寺・グレース・百合亜です。イギリスと日本のハーフです。アメリカから来ました。みなさんどうかよろしくお願いします」
「「「「うおおおおおお」」」」
「「「「きゃあああああ」」」」
悲鳴のような歓声が起こりパチパチと拍手が鳴り響く。
クラスがあっという間に歓迎ムードになる中、俺はそのアメリカからの留学生少女を呆然と眺めた。
「いやいや、漫画じゃねーんだから…」
思わずそうつっこずにはいられない。
なぜなら留学生として俺のクラスにやってきたその少女は、今朝俺に曲がり角で突撃してきたあの外国人の少女だったのだから。
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