第171話
フスマは一瞬本気で目の前の光景が現実かどうかを疑ってしまった。
本垢で上位帯でプレイする時ですら、このような『変態的』なキャラコンをするプレイヤーは未だかつてみたことがなかった。
「なんだこれ……加速チート…じゃないよな…?」
ジャンプし、壁を蹴り、しゃがみ、左右にステップし、空中でくるりと回転する。
神木拓也は思わずチートを疑ってしまいたくなるような変則的で予測の全く不可能な動きで、三人の放つ銃弾を躱していた。
フスマは一瞬、チートを疑ったが、しかし神木拓也のキャラコンは、動きが変態的であるだけで、絶対に不可能なことではなかった。ただどれだけ早く操作をすればこうも素早く、多種多様な動きができるのかは、フスマには見当もつかなかった。
人力チート。
フスマの頭の中にそんな言葉が浮かんだ。
「ははは…何だよこれ…映画か何かなのか…?」
まるでハリウッド映画でも見せられているような気分だった。
主人公補正でもかかっているのかと言うぐらいに、本当に面白いぐらいに弾が上がらない。
いくら低ランク帯だろうが、三人に一斉に銃で狙われれば、弾を避けるのはほぼ不可能に近い。
スマーフをしているフスマとて、開けた場所で三人に狙われて仕舞えば、弾を避け切るなんて芸当は出来ない。
建物の中であれば、斜線が通るところが限られているため、立ち回りで1VS1×3の状況に持ち込んで何とか勝てるかもしれないが、しかしほとんど障害物のないところでは普通に負けてしまうだろう。
そんなフスマの常識は……たった今、目の前で壊されかけていた。
神木拓也という化け物のようなプレイヤーによっ
て。
「おいおい…まさかそのまま…?」
銃声が止んだ。
三人が弾切れを起こしたのだ。
変態的なキャラコンをする神木拓也を前に、見事に弾を外してワンマガジン撃ち切った三人が、慌てたようにリロードをする。
フスマはてっきりこの間に神木拓也が逃げるものとばかり思っていたが、神木拓也はあろうことか、弾切れを起こした三人に対して一人で向かっていった。
バァアアアアアアン!!!
強烈な銃声が響く。
バシュ!!
神木拓也が放ったスナイパーライフルの弾が、一人の頭部を完璧に捉え、ダウン状態にまで追い込む。
クイックショット。
スコープを除くことすらせずにスナイパーの弾を当てる高騰テクニックだ。
「…っ」
気づけばフスマは息を呑んで神木の戦いを見守ってしまっていた。
神木が三人と戦っている間に背後から奇襲して水を刺すこともできたのだが、神木の未だかつてみたことがない戦いに圧倒されているフスマが我に帰ることはない。
バァアアアアアン!!!
残る二人がリロードを終える頃に、神木拓也のスナイパーライフルから二発目の弾が発射された。
今度もクイックショット。
そして完璧にヘッドを捉える弾だった。
バシュ!!!
ダウン音が響き渡り、二人目がダウンする。
1VS3の状況からあっという間に1VS1になってしまった。
パパパパパパパパパパ!!!
リロードを完全に終えた最後の一人が、サブマシンガンを至近距離で放つ。
神木拓也が再び変態的な動きを始めた。
プロリーグでもみたことのないような意味不明なキャラコンでまるで舞うようにして弾を躱す。
あっという間に最後の一人のサブマシンガンの弾がなくなってしまった。
弾を完全に避け切った神木は悠々と近づいていく。
クイクイクイクイ…
「…」
最後の一人のプレイヤーは、再びリロードをするのかと思ったが、何を思ったのか武器を放り出して屈伸を始めた。
どうやら神木拓也が格上であり、絶対に勝てない相手だと確信したらしい。
武器を放り出し、アイテムを投げ出し、アーマーを脱ぎ捨てて神木拓也に対して媚び出した。
これで優しいプレイヤーなら見逃してくれることもある。
最後の一人は戦闘を放棄して神木の気まぐれに期待しているようだった。
だめだ。
悪いけどこれは戦いだから。
そう言いたげに神木拓也が首を振った。
最後の一人が、屈伸をした状態で硬直する。
神木拓也のスナイパーライフルが弾の装填を終えた。
バァアアアアアアアン!!
最後の銃声が鳴り響き、最後の一人が殺された。
パーティーは全滅。
ダウン状態だった他の二人ともども、三人はアイテムボックスに変化した。
「…は、はは…ははは…」
フスマは自分の口から乾いた笑いが漏れていることに気がついた。
驚く、を通り越してもはや呆れてしまっていた。
人間じゃない。
そう思った。
神木拓也は間違いなくフスマが今まで見てきた中で一番のプレイヤーだった。
「…っ」
逃げよう。
こいつには勝てない。
一瞬そう思ったが、しかしプライドが邪魔をした。
神木拓也は明らかに自分より強いプレイヤーだ。
しかし不意をつければ勝てるかもしれない。
そう思い、ダウンした味方を起こしに行っている神木に物陰から標準を合わせた。
パパパパパパパパパパ!!!
そして発砲。
サブマシンガンによって連射された最初の何発かの弾が神木の胴体を捉えた。
「反応早すぎだろ!?」
神木拓也の動き出しは早かった。
フスマは悲鳴のような声をあげる。
自分が撃たれていることに驚くほどの速度で反応し、すぐに回避行動に入った神木拓也は、またあの変態的なキャラコンでフスマの弾を避けながら場所を特定し、一気に距離を詰めてくる。
「くそっ!!!来やがれ!!」
低ランク帯のプレイヤーならこのままサブマシンガンの弾が無くなるまで撃ち切ったのだろうが、フスマはスマーフであったためそんな愚行は犯さなかった。
弾が当たらないと見るや、すぐに近接武器のショットガンに持ち替えて近づいてくる神木拓也を迎え撃とうとする。
ショットガンは、近接戦闘においては無類の強さを発揮する。
頭に当たれば一発ダウンも狙えるため、プレイヤースキルの差もある程度埋まる。
「うおおおおおおおお」
思わず雄叫びを上げていた。
ゲームでこんなに熱くったのはないつぶりだろうか。
フスマはショットガンを持って、物陰から飛び出し、神木拓也に一気に近づいて正面から近接戦闘を挑んだのだった。
= = = = = = = = = =
「負けた…?この俺が…?」
パソコンの画面には“部隊全滅”の文字。
神木拓也に正面きっての戦いを挑んだフスマだったが、努力虚しく、あっけなく敗北を喫した。
フスマの弾は,神木拓也のアーマーを僅かに削り、ダメージを与えた。
だが、それだけだった。
神木拓也は悠々と自分の目の前でキャラコンをしながらスナイパーライフルをリロードしていた。
まるで当てられるものなら当ててみろと言っているかのようだった。
向きになってショットガンを打ちまくっていたフスマは、気がつけばカチカチカチと虚しい音が自らの銃から出ていることに気がついた。
弾切れになって呆然とするフスマに、神木拓也が正面から長いスナイパーライフルの銃口を突きつけてきたのを覚えている。
……そして今、我に帰った。
自分は一体何分ぐらい呆然としていたのだろうとフスマは考えた。
どうやらすでにマッチは終了し、神木拓也たちのパーティーがチャンピオンを取ったようだった。
完全敗北。
1VS1の戦いで、完璧に負けてしまった。
本垢ではなく、スマーフのサブ垢で。
「くそくそくそくそくそくそ!!!!」
ガンガンとキーボードを叩く。
沸々とした怒りがフスマの中から湧き上がってきていた。
この怒りを発散せずにはいられなかった。
チーターでもない低ランクのプレイヤーに、1VS1の勝負で負けた。
しかも漁夫を狙って奇襲をかけたにも関わらずの敗北。
プライドの高いフスマには受け入れ難い屈辱だ。
「晒してやる……通報だ…死ね死ね死ね…垢BANされろスマーフやろう…」
フスマは手始めに神木拓也のアカウントをスマーフで通報し、それからSNSにそのアカウントを晒してスマーフであると書き込んだ。
「注意。このプレイヤー、スマーフです。みなさん通報お願いします」
自分がスマーフであることを棚に上げて、神木拓也をスマーフであると勝手に決めつけ、SNSで通報を呼びかけた。
そしてその二時間後。
フスマは見事に炎上した。
「な…なんだよこれ…」
鬼のように通知がなっている。
信じられない数のリプが届いており、「死ねスマーフ野郎」「大将の悪口を言うな」「スマーフはお前だろ」「大将はスマーフじゃねーよ」「配信みろカス」などと言ったDMもたくさん届いていた。
フスマが急いで調べたところ、神木拓也というのは今界隈を騒がせている超有名ダンジョン配信者でありフォロワーは合計一千万人越え。
昨日はたまたまゲーム配信をしていて、フスマとの戦いもバッチリ配信で流されていたらしい。
フスマとの戦いは同接にして40万人の人間が見守っていたらしく、その中にぺくーすの界隈に詳しい視聴者も多数いたらしい。
すぐにフスマが有名スマーフであることが、神木拓也の視聴者の間に知れ渡り、逆にフスマがスマーフとして炎上させられることになった。
「くそっ……俺のアカウントが…」
そしてついにその時が訪れた。
神木拓也の視聴者が通報しまくったせいだろう。
アカウントにログインでいなくなってしまった。
運営に、問題のアカウントとして消されてしまったのだ。
「くそくそくそくそ!!!なんなんだよこいつら…!!!」
フスマはガンガンと机を殴るがもはやどうしようもなかった。
長年かけて育て上げたアカウントは一瞬にして消されてしまった。
「は…?冗談だろ?」
その後フスマは、再びぺくーすにログインしようと思ったのだが、なんとそちらのアカウントも垢BANされて無くなっていた。
どうやら神木拓也の視聴者が、スマーフ行為を一斉に通報したらしく、フスマのアカウントはスマーフ用のサブ垢だけでなく、高ランクを維持していた本垢の方も完全に消えてなくなっていた。
「あ……あぁ…」
今まで築き上げてきたものが一瞬にして霧散してしまった。
フスマはどうしようもない無力感を感じ、しばらく自室で呆然としてしまうのだった。
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