第126話


『グギャァアアアアア!!!!』


「きゃぁああああああああ」


「お?」


「えっ!?」


神木サーで下層のモンスターの群れを殲滅した直後のことだった。


ダンジョンの奥から鋭い悲鳴が聞こえてきた。


俺と、橋本アナウンサー、そしてテレビ局のスタッフたちは一斉に顔を上げる。


「今のは…?」


「ひ、悲鳴…?誰かいるのでしょうか?」


今のは明らかに人間の悲鳴だった。


もしかしたら誰かがこのさきでモンスターに襲われているかもしれない。


俺は番組の途中ではあるが、スタッフ達に助けに行っていいか許可をとりに行く。


スタッフ達は互いに顔を見合わせてヒソヒソと打ち合わせをしている。


俺はそんな彼らに尋ねた。


「あの…さっきの声、様子を見に行くべきだ

と思うんですけど」


「え、えぇ…そうですね」


「人の悲鳴に聴こました…ど、どうしましょう…」


「ええっと…こういう時。マニュアルは…」


不測の事態にスタッフ達は焦っているようだった。


痺れを切らした俺は彼らにいった。


「俺、先に行きます」


「「「えっ」」」


「着いてきてください!道中のモンスターは全部倒しておくので」


「えっ」


「ちょ、ちょっと!?」


「神木さん!?」


スタッフが焦り、制止しようとするが、俺は彼らを振り切って、下層のダンジョンの奥へと向かって走った。




= = = = = = = = = =



“ど、ドラゴン!?”

“ドラゴンだああああああああ”

”はああああああああ!?!?“

”なんでここにドラゴンが!?“

”嘘だろ!?“

”やばいやばいやばいやばい!“

”仮面ちゃん逃げて!!!!!“

”何これイラギュラー!?“

”ファッ!?“

”イレギュラーだぁああああああああ“

”やべええええええええええ“

”ファーーーーw w w“

”神木の実況スレからきた途端にイレギュラー起きてんだけどw w w“

“しかもこいつ、普通のドラゴンじゃなくね!?“

”神木のこの間の深層配信で出てきた白竜のやつや!!!!“

”不死竜だ!“

”やばいぞこいつ回復力えぐいぞ!おい女!お前爆薬とか持ってるか!?“



仮面の剣姫の視聴者、そして冷やかしに来た神木実況スレ民や神木の視聴者の驚愕するコメントが怒涛のようにコメント欄に流れる。


一方で仮面の剣姫は、そんなコメント欄を確認する余裕もなく、地面に尻餅をついたまま恐怖で動けなくなっていた。



「あ、ぁあ……嘘……でしょ…?」



初めて見るドラゴン。


その圧倒的な存在感に、仮面の剣姫は完全に戦意を喪失していた。


竜種が下層に現れるはずがない。


イレギュラー。


そんな単語の中でチラついていた。


しかも目の前のドラゴンはただのドラゴンではない。


その全身は白の染まっていた。


仮面の剣姫はその姿に見覚えがあった。


ついこの間……『教え子』の配信にて目にしたドラゴンだ。


『教え子』の圧倒的な技によっても削り切ることが出来なかった恐怖の回復力をもつモンスター。


白竜。


または不死竜。



「む、無理無理無理無理無理!?」



仮面の剣姫はぶんぶんと首を振って、立ち上がった。


子鹿のようにぷるぷる震える両足でなんとか立って剣を構える。



『グルルルルルル……』


不死竜がゆっくりと彼女へ近づいてくる。


『教え子』の配信で見たこのドラゴンは、決して自分から仕掛けることはせず、守りに徹していた。


その能力は、驚異的な回復能力と、全身の気孔から噴出される毒ガス。


だが、今、不死竜は正面から堂々と、なんの恐れも抱かずに仮面の剣姫へと接近してきていた。


彼女など、警戒するに値しないということなのだろう。



“仮面ちゃん逃げて!!!!!”

“きたっ!?”

“やばいやばいやばい!!!”

“おい何突っ立ってんだ!?早く逃げろよ!!!!”

“神木接近中”

“おい、向こうで神木が番組そっちのけで走り出したぞ!!!”

“神木が助けにくるぞ!!!”

“おい女!神木が来るまで耐えろ!!!”

“仮面ちゃん!神木拓也って人がこれから助けにくるみたい!!!それまで逃げに徹して!!!!”

“神木早くきてくれえええええええ”

“逃げろォオオオオオオオ!!”



「流石に逃げます!こんなの無理ぃいいいいいいいいい!?!?」


コメント欄で視聴者に言われるまでもなく仮面の剣姫は逃げ出した。


相対して一瞬で理解してしまった。


自分が勝てる相手じゃない。


戦いを挑めば、1分も持たずに死んでしまう。


これまで戦ってきた下層のモンスターとはわけが違うのだ。


『グルァアアアアアアア!!!!』


「いやぁあああああああ!?!?」



仮面の剣姫は悲鳴をあげて逃げ出した。


ズンズンと足音を立てて不死竜は彼女を追う。


ひゅん!!!


「きゃっ!?」


それはほとんど偶然だった。


背後で鋭い音が鳴り、本能的に危険を感じた仮面の剣姫は身を屈めた。


彼女の頭があった場所を不死竜の尻尾が通過していき、天井の岩を砕いた。


『グギャアアアアアア!!!』


ドガァアアアアアン!!


「きゃっ!?」


天井から砕けた岩が落ちてきて彼女の体にあたる。



「痛てて……」


痛みに悶絶し、立ち上がることもできずにうずくまっていると,頭上から声が聞こえた。



『グルルルルルル…』



「あ…」


完全に追いついた不死竜が、頭上から自分を見下ろしている。


その赤い目は爛々と輝き、口からは涎がダラダラと垂れていた。



「ぁ……」


小さな声が漏れた。


自分はここで死ぬ。


彼女はそう思った。


不死竜が大きな口をバカっと開ける。


身動きのできない自分を丸呑みにする気なのだ。


「…」


仮面の剣姫は目を閉じた。


せめて痛みは一瞬であってほしい。


そんなことを願いながら……



「ふん!」


斬ッ!!!


『グギャァアアアアア!?!?』


刹那、空気を切り裂くような鋭い音が耳朶を打った。


飛来した斬撃によって目を切り裂かれた不死竜が、血をダラダラと流しながら、痛みにのたうち回る。



「え…」



仮面の剣姫は背後を振り返った。


そしてそこにいた人物を見て、泣きそうになった。



「大丈夫ですか!?」


「か、神木くん…!!!」


「えっ?」


名前を呼ばれ、首を傾げる神木拓也。


初対面の人物が自分の名前を呼んだから……というわけではない。


最近神木はちょっとした有名人になりつつあり、街中で誰とも知らない人から声をかけられることもしばしばだ。


ではなぜ首を傾げたのかというと…



(どこかで聞いたような…?)



神木は自分の名前をよんだその声に聞き覚えがあったような気がしたからだ。



「あっ」


仮面の剣姫がしまったというように仮面に手を当てる。


「ちちち、違うんです!私はただのあなたの視聴者で



『グギャァアアアアア!!!!!!』



ブンブンと手を振って取り繕おうとしたその声は、怒り狂った不死竜の声にかき消された。


神木はとりあえず疑問は脇に置いておいて、目の前のイレギュラーモンスター討伐に集中することにした。


「下がっててください。これ、イレギュラーです」


「は、はい!」


仮面の剣姫がガクガク頷いて、背後に下がる。


神木拓也は彼女を背に庇うようにしながら、白竜と対峙した。


「よう……またあったな」



『グギャァアアアアア!!!!!』



目から血を流し、咆哮で威嚇する深層モンスターを前に、神木拓也はニヤリと笑った。

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