第127話


「また会ったな。最近何かとお前に縁がある」


『グォオオオオオオオ……!』


俺は眼前のドラゴンを見据える。


こいつはただのドラゴンじゃない。


全身が白色の白竜……不死竜と呼ばれているかなり強い部類の深層のドラゴンだ。


回復力は桁外れで俺の神木サーシリーズすらこいつには通用しない。


しかし……俺にはこいつを倒す手段がある。

ゆえに俺の中に恐れはなかった。


「神木さん!……って、うぇえええ!?」


「うおっ!?」


「なんだあれ!?」


「ドラゴン!?」


「嘘だろ!?」


俺が、自分から全く仕掛けてはこない不死竜に少しずつ近づいていっていると、背後からそんな声が聞こえてきた。


どうやら置いてきたテレビ局のグループが追

いついてきたらしい。


ドラゴンを見て、次々に驚きの声をあげている。


「おおおお、大きい!?ど、ドラゴン!?ですよね!?大丈夫なんですか、神木さん!?」


橋本アナウンサーはダンジョンに対する知識がないため、ドラゴンを恐れつつも自分の仕事をしようと俺の近くによってくる。


そんな彼女をテレビ局のスタッフ達が慌てたように止めた。


「早苗ちゃん!」


「近づいちゃダメ!!!」


「えっ、どうしてですか!?」


「あれはドラゴンだ!」


「本来この階層には出てこないはずのモンスターなんだ!!!」


「えっ!?どういうことですか!?」


「イレギュラーだ!!」


「不測の事態なんだよ!!非常事態だ!」


「ひ、非常事態!!!」


橋本アナウンサーがそう言われて、引き攣った声を出す。


「だ、大丈夫なんですか…?神木さん?倒せますよね…?」


急に自分の生命が不安になったのか、頼みをかけるように俺にそんなことを聞いてくる。


俺は不死竜を見ながら頷いた。


「倒せますよ。でも……危ないので下がったほうがいいかもしれないです。こいつ、皮膚の表面から毒ガス出したりするんで」


「ど、毒ガス!?ひぃ!?」


橋本アナウンサーが尻餅をつく音が聞こえてきた。


「ど、どうするんだ…?」


「逃げるのか?」


「こんなのマニュアルにないぞ…?」


「急いで上に指示を問い合わせて…」


テレビ局の人たちは、イレギュラーという不測の事態に、撮影をやめて逃げるのか、それともここに止まるのか相談しているようだ。


俺としてはどちらでも良かった。


彼らが逃げるならそれはそれでダンジョンを広く使って戦えるし、仮に止まったとしても不用意にこちらに近づいてこなければ、守り切れる自信はあった。


幸いなことにこの白龍は、ブレス攻撃などは一切してこない。


だから俺が死なない限りは、背後の人間に被害が及ぶこともないだろう。


「馬鹿野郎!!テレビマンとしてここで引いてたまるか!!!!」


誰かが叫んだ。


腰がひけているスタッフ全員に喝を入れるように怒鳴り散らす。


「こんな映像もう二度と撮れないかもしれないんだぞ!死んだっていい!死ぬ気でとるんだ!神木拓也とドラゴンの戦いを!」


「お、おう!」


「そ、そうだな…!」


「どのみちここで神木さんを見捨てて逃げて神木さんが命を落としたら大問題になって俺らはクビか左遷だ…だったら神木さんを信じてここに残った方がいい!」


「そうだ!!!」


どうやらテレビ局の人たちは残ることにしたらしい。


ドラゴンの前で、怯えながらもカメラを回し始める。


『グォオオオオオオオ!!!!』


白竜が吠える。


俺は剣を腰に納め、不死竜を見据えた。


不死竜の目の傷はすでに完治している。


相変わらず自分からは仕掛けてこず、待ちの姿勢だ。


俺が仕掛けた瞬間に何かをするつもりなのだろう。


「やるか」


準備は整った。


ありがたいことにテレビ局の人たちはここに残る選択をした。


俺を信じて。


だったら応えないといけない。


彼らの期待に。


いや、今この映像を見ている視聴者達の期待に。


「神木くん…」


背後から俺の名前を呼ぶ不安げな声が聞こえてきた。


やっぱりどこかで聞いたことのあるような声だ。


だが、思い出すのはとりあえずあいつを倒してからだ。


「大丈夫。この俺が来た」


俺は背後を振り返り、仮面を被った女性にそう言った。


後で思い返してあまりの恥ずかしさに身悶えすることになるのだが、この時の俺はテンションが上がっていたのでごく自然にそんなことを口にしていた。


後日、このセリフはしっかり神木語録に登録されることになるのだが、それはまた別の話だ。


『グォオオオオオ!!!!』


「行くぞ!不死竜!!!」


戦いをダラダラと長引かせるつもりはなかった。


俺は地面を蹴り、一気に不死竜へと距離を詰める。


回復力に優れた不死竜に対する唯一有効な攻撃手段……『神拳』の攻撃範囲に入るためだ。


不死竜は、何かを察知したのか、俺が地を蹴った瞬間、くるりと背を向けた。


逃げるのだろうか。


そう思っていた矢先、不死竜の全身の気孔が開くのが見えた。


ブシュゥウウウウウウウウ!!!!


「やはりか!」


毒ガスによる攻撃だ。


どうやら俺が仕掛けてきたタイミングで最初っからこれをやるつもりだったらしい。


俺は咄嗟に、左の拳を不死竜に向けてはなった。


ドゴォオオオオオン!!!


衝撃波が発生し、ダンジョンの壁をガリガリと削る。


『ギェエエエエエエ!?!?』


衝撃波を喰らった不死竜が悲鳴を上げるが、目的はダメージを与えることではない。


「よし!」


衝撃波によって毒ガスは全て不死流の背後へと吹き飛ばされていった。


これで背後に危険が及ぶこともない。


道が開けた。


「はっ!」


再度地面を蹴る。


『グォオオオオオオ…』


俺は衝撃波のダメージからすでに立ち直りつつある不死竜に向かって十分に肉薄した。


目の前に、厚い不死竜の胴体がある。


「神拳」


俺はずっと溜めていた右拳を迷うことなく目の前の不死竜に打ち込んだ。



ブゥウウウウウウン!!!



目の前に黒い渦の奔流が出現。



『グェ……ォオオオオオオオ……』


不死竜は低い悲鳴と共にその黒い渦の奔流に飲み込まれて消えていった。



後には何も残らなかった。


= = = = = = = = = = 



その頃、仮面の剣姫の配信には二十万人という数の人間が集まっていた。


神木拓也の実況スレや、噂を聞きつけた神木拓也のネット視聴者達が一気に流れ込んだのだ。


仮面の剣姫が落としたウェブカメラは、偶然にも神木拓也と不死竜の戦いを完全に画角に収めていた。


仮面の剣姫の無事を願う彼女の視聴者のコメント、そして神木が来たからにはもう安心だとたかを括っている神木拓也の視聴者達の前で、神木は不死竜に神拳を放った。


黒い奔流に不死竜の本体が飲み込まれ、回復力なんて発揮する余地もないままに、跡形もなく消失してしまった。



“えええええええええええ!?!?“

”はああああああああああ!?!?“

”嘘ぉおおおおおおお!?!?“

”いやいやいやいやいやいやいや!?!?“

”意味わかんねええええええええ!?!?“

”なんだ今の!?“

”なんかブラックホールみたいなの見えたんだが!?“

”どりゃあああああああああああああ“

”うおおおおおおおおおおおおおおおお“

”神拳きたああああああああああああああ“

”見たかああああああああああああああ“

”出たあああああああああああああああ“

”よーーーーーーーーーーし“

“よーーーーーし”

”よーーーーーーーーーーーーーーーし“

“よしよしよしよしよしよし”

“神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!”

“これが俺らの大将だぁああああああああああああああ”

“うーん、最強w”

”今日も神木拓也が最強な一日でした、と“



チャット欄は驚きのコメントと神木拓也最強のコメントで溢れ返った。


イレギュラーで登場した深層モンスターを一瞬にして倒したことに驚いているのは、まだ神木拓也を見たことのない視聴者達だった。


彼らにとって、神木拓也と不死竜の戦いはあまりに非常識すぎた。


剣を振って斬撃を放ったことも、左の拳で衝撃波を発生させたことも、そして右拳で全てを飲み込むブラックホールを発生させたことも、彼らにとってはあまりに埒外で常識はずれな光景だった。


ゆえに、たくさんいる神木拓也の視聴者に負けないほどの驚きのコメントがチャット欄に目立った。


一方ですでに半ば勝負の結果を知っていた神木拓也の視聴者は、「よーーーし」「どりゃああああ」「神木拓也最強」などといったいつもの定型分のコメントを打ちまくっていた。


中には神木拓也を自分の友人かのように誇るコメントも目立つ。


兎にも角にも、そんな感じで仮面の剣姫は救われ、そのチャンネルは、過去最高同接を記録し、登録者も神木拓也効果でぐんぐん伸びていった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る