第137話
「はっ。当然の結果だ。北米で有名なのかなんなのか知らないけど僕の神木くんに勝てるはずないだろ」
ダンジョンブレイキングの配信を見ていた桐生帝は、苛立つようにそう吐き捨てた。
ダンジョンブレイキングの存在は、元々耳にしていた。
国内の腕自慢の探索者たちが鎬をけずる大会だと聞いても、桐生は雑魚が戯れるだけのくだらない催しだと思って興味を抱いてこなかった。
だが、今回、神木拓也が出場するときいて桐生帝は初めてダンジョンブレイキングの配信を視聴することにした。
クラン内の大事なミーティングの予定を変更してまで、桐生は神木拓也を目にするためにパソコンの前に座ったのだ。
「なんだこれ、くだらない。神木くんをこんな雑魚と戦わせるなんて、神木くんに失礼だ」
予想した通り、ダンジョンブレイキングの出場者たちのレベルは大したことなかった。
一応は全国から最強の探索者を集めて優勝者を決める大会、ということになっているが、本当に強い一線級の探索者はどうやら出場していないようだった。
出ているのは、一線から退いた探索者や、下層探索者程度の実力しかない井の中の蛙、そして暴力団崩れみたいな連中ばかりだった。
当然のごとく彼らは神木拓也に手も足も出ずに、簡単に倒されていった。
数秒の間に決着がつかないのは、おそらく神木拓也の配慮だろう。
本気を出せば、神木拓也なら彼らを始まった直後に、倒されたことすら認識させることなく仕留められるはずだ。
「くそっ…こんなことなら僕が出ていれば…」
今日神木拓也がこの大会に出場することを知っていれば、絶対に出場したはずなのに。
そうすれば、雑魚を倒して簡単に勝ち進み、いずれは神木拓也と対戦する念願の状況が実現したかもしれないのに。
「誰か面白い奴はいないのか……せめてもう少し神木くんを楽しませてくれよ…」
歯痒い思いをしながら、大会を見守っていると、ふと桐生の目に止まる参加者が一人いた。
「なんだこいつは」
それは外国人の参加者だった。
金髪で碧眼の長身の白人だ。
名前はエリックというらしい。
登場した時の会場の反応やチャットのコメントを見るに、どうやら有名人のようだ。
「海外の、強い探索者か…?」
桐生帝は気になって、その男の情報を調べた。
するとすぐに情報がヒットした。
どうやら彼の名前はエリック・ヘザーハート。
北米で有名な大物探索者らしい。
北米五英傑と呼ばれている探索者たちがいて、エリックはその一角に数えられているということだった。
「まぁまぁ強そうだね。まぁ神木くんは愚か、多分僕にも勝てないだろうけど」
動きは悪くない。
見たところ雑魚ではないようだった。
だが、桐生帝には、その男が神木や、自分と同じ土俵に立てる探索者には見えなかった。
本人は雑魚を倒して調子に乗っているようだったが、この分だと神木と対峙してもこれまでの対戦者と同じように負けてしまうだろう。
だが、それでも神木以外の参加者とエリックの実力の差ははっきりしていて、エリックは決勝へと駒を進めていた。
当然のごとく神木拓也も決勝に進む。
そうしてついに、二人が決勝の舞台で対峙することになった。
「おい日本人ども!!俺をミカド・キリュウに合わせろ。最強の日本人と戦いたいんだ!!!こんな雑魚どもじゃなくな!!」
試合前、エリックがカメラに向かってそう宣言する。
いきなり名前を指定された桐生帝は、画面の前で不快感を露にする。
どうやらエリックは自分の存在を知っているようだった。
「なんでこの僕がお前みたいな雑魚と…?」
桐生は顔を顰めた。
エリックからは昔の自分とおんなじ香りがしていた。
それすなわち,自分が世界最強であり、そのことを決して疑わず、自分より強い存在がいることなど露ほども疑っていない人間の匂いだ。
「はっ。くだらない。世界の広さを知るといいよ」
桐生帝はほくそ笑んだ。
きっとこいつは五分後には、神帰拓也の本当の強さに触れ、身の程を思い知ることになるだろう。
世界は広い。
自分など結局は井の中の蛙でしかなかった。
世の中には、どんなに頑張っても手の届かないような化け物が確かに存在することを、その身を持っていたいほど理解するだろう。
「そうだね……十分。それだけ耐えたら、君と戦ってあげてもいいよ」
逃げに徹すればもしかしたら可能性はあるかもしれない。
神木拓也がこの程度の相手に本気を出すとも思えないし、狭い金網の中で十分間耐え切ったら、桐生帝はこのエリックとかいう男と戦ってやってもいいと思っていた。
それから3分後。
勝負はあっさりと決着した。
桐生帝の予想は当たった。
エリックは最初の拳で神木拓也を倒せなかったことに焦りを感じ、すぐに本気を出した。
本気のラッシュを神木拓也に容赦なくぶつけた。
そして全く通用しないことを思い知り、絶望していた。
『ここからは俺のターンでいいですよね?』
そんなことを神木拓也が口にした時のエリックの絶望した表情は傑作だった。
結局エリックは神木拓也のフック一発でノックアウトされた。
ガードの上から放たれた神木拓也のフックはそのまま貫通し、エリックの顎にダメージを与えた。
エリックは気絶し、白目をむいてびくびくと痙攣していた。
その姿は、まるで彼がこの大会の一回戦で倒
した「過去に素手で武器を持った十人の探索者を倒したことがある」などと明らかな嘘をついていた場違いな日本人の倒れ方にそっくりだった。
「はぁああ…さすがだよ神木くん…やっぱり君は最強だ…いつだって僕の期待を裏切らない……やっぱり君のライバルになれるのは僕だけだ…僕らは運命の紐で結ばれているんだ…いつか必ず邂逅し、そして雌雄を決する運命なんだ…」
桐生帝は、勝負が終わり、少しがっかりしたような表情でエリックを見下ろす神木拓也を見て恍惚とした表情を浮かべる。
視聴者や、観客たちにとって、神木拓也が北米の大物探索者を倒したその勝負は、意外であり、どんでん返しであり、そしてエンターテイメントだったらしい。
だが、桐生帝や、他ならぬ神木拓也自身にとって、それは当然の結果以外の何者でもなかった。
= = = = = = = = = =
「流石ね神木拓也。これだけ騒がれるだけのことはあるわ」
神木拓也とエリックの戦いをみていたのは日本人だけじゃなかった。
北米で有名な大物探索者、エリック・ヘザーハートが出場するということで、ダンジョンブレイキングは多くの英語圏の視聴者にも注目されていた。
その中には、エリックと同等かもしくはそれ以上の探索者も存在した。
「うふふ。無様ねエリック。ま、あなたの実力と性格ならいずれそうなることはわかっていたけどね」
ガード越しのフックが効いて、地面に伸びてしまったエリックを見て、無様ねと笑う女性が一人。
白人の顔立ちに、日本人のような黒髪黒目を持った美しいその少女の名前は、西園寺・グレース・百合亜といった。
彼女はイギリス人の父親と日本人の母親から生まれた、ハーフのアメリカ人だった。
彼女は若くして探索者としての実力を開花させ、今では北米の五英傑と呼ばれる探索者の一角に数えられている。
年齢的には百合亜は一番若かったが、しかし実力は他の四人と引けを取らなかった。
「エリック。あなたは自分を世界最強だと勘違いしている滑稽な男だったわ……本当は他の四人の足元にも及ばない実力なのに……五英傑なんてならんで語られるのもあなたにとって非常に烏滸がましい話だわ。あなたは五英傑の中で最弱。最も弱い男だったのよ。自分自身では気づかなかったでしょうけど」
百合亜はそう言って、画面の中で伸びているエリックを小馬鹿にして笑った。
エリックは百合亜の目から見て、自らの実力を過信している愚か者にすぎなかった。
そしてその評価は、他の三人とも変わらなかった。
エリックの実力は、五英傑と呼ばれている五人の北米大物探索者の中で最弱で、百合亜は他の四人とエリックがならんで語られるのもおかしな話だと以前から思ってきた。
「神木拓也、お見事だったわ。でも、これが北米のレベルだなんて思わないでね。そいつは五英傑の中でも最弱。あなた方ふうにいうと……そうね、フフフ…奴は四天王の中でも最弱、ってところかしら」
日本のサブカルに詳しい百合亜は、日本のスラングを使ってエリックを笑い飛ばした。
「おそらく桐生帝もエリックよりは強いのでしょうね……日本。なかなかどうして面白い国だわ。エンターテイメントも一流だし……少し遊びに行ってみましょうか」
百合亜はニヤリと笑みを浮かべ、パソコンの電源を落とした。
そして隣の部屋で仕事をしている父親の元へ行き、不適な笑みと共にこう切り出した。
「お父様。この間話した日本への短期留学の話なんですけど……」
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