第138話
神木拓也:配信準備整いました。開始してもいいでしょうか?
メルダム社員:はい、いつでも大丈夫です。今日はよろしくお願いします!
配信開始の準備が整ったところでメッセージを送ったところ、メルダム社員の方からすぐに返信があった。
いつでも配信を始めていいらしい。
「ふぅ…やるか…」
いつもと違う配信画面。
いつもと違う配信環境。
だが、やることは変わらない。
これまで通り、普通にダンジョン配信をして欲しいというのが案件元……大陸資本の新興配信サイト、メルダムからの要求だった。
俺は覚悟を決めて、配信開始ボタンを押す。
「こ、こんにちはー、皆さん、見えているでしょうか?」
“こんにちは”
“うわ、本当に神木拓也だ”
“すごい……メンダムに神木拓也がきた…”
“案件なんだろうけど…すげー。ここで神木拓也を見れるなんて”
配信を始めると、すぐに反応があった。
同接は60人。
普段の俺の配信同接から考えるとかなり少ない。
それもそのはず、今日はつい先月にリリースされた新興配信サイト、メルダムでの配信だからだ。
いつも俺が配信しているサイト、つーべなら登録者たちが通知を見てすぐに配信に駆けつけてくるのだが、今回は全く予告なしでつい先ほど作ったアカウントでの配信だ。
当然動線がないため、視聴者はサイト内の宣伝サムネを見てきてくれた視聴者のみになる。
それでも時間が経つにつれて、続々と視聴者が訪れて、すぐに同接が1000人に到達した。
“お、大将いるじゃん!?こんなところで何してるんですか!?”
“え、神木拓也本物!?メルダムで何してるの…!?”
“神木拓也いてわろたw w w”
“なんでここに神木拓也いるのw w w”
“さては運営が案件で呼んだな?”
“マジの神木拓也やんw”
“大将、つーべはどうしたんですか…?”
”大将まさかつーべを捨ててメルダムに…?“
“とうとう神木拓也も◯国資本に屈したかw w w”
“同接千人えっっっっぐwメルダムでこんな数字見たことないんだがw”
“すげぇメルダムでこんなに早いコメント欄見たことないんだがw”
コメント欄を見るにたまたまこの時間にサイト内にいた俺の視聴者がどんどん駆けつけてきているようだ。
◯国資本に屈したか、なんでこんなところにいるんだ、まさかつーべを捨てたのか、などと言ったコメントに紛れて、すでに俺がどうしてここにいるのか察しているコメントもある。
「すみません、メルダム視聴者の皆さん…初めまして神木拓也です。今日は案件で一日だけ、お邪魔させてもらっています」
いろんな憶測が飛び交うことを恐れ、俺は配信開始早々に、今日ここにいる視聴者にそう宣言する。
配信サイトを乗り換えたのかと騒ぎになったらまずいため、これが案件であることを最初に視聴者にいうことは、すでにメルダムに確認をとってOKをもらっている。
俺が受けた案件の内容は、今日一日、このメルダムで三時間以上ダンジョン配信をすることである。
それでなんと、億単位のお金が入ってきてしまうのだ。
「冗談だろ…?なんだこの金額」
この案件が最初に俺の元に来た時の衝撃は、今でも忘れない。
その内容は、今回立ち上がった新興サイトを盛り上げるために、一日だけ神木拓也にその配信サイトで配信をしてもらいたいというものだった。
そこまでなら驚きはない。
問題は案件の額にある。
「え、見間違い…?一十百千万……」
あまりにならんだゼロの数が多すぎて、俺は思わず桁数を数えてしまった。
「きゅ、9桁……たった一回の配信で、×億円……信じられない」
そのあまりの金額に、俺は最初、詐欺のメールか何かだと思った。
だが送り主はアメリカで上場もしている会社であり、その資本元を見た時に俺は思わず納得してしまった。
それは最近ものすごい勢いで経済発展を遂げたとある国の資本が入った配信サイトだったのだ。
最近そのとある国の資本下にある配信サイトが、金に物を言わせて日本の人気な配信者や動画投稿者にどんどん案件を出しているという話を聞いている。
どうやら俺にもその順番が回ってきたらしい。
噂に違わぬ羽振りの良さに俺は思わず感心してしまった。
「か、金あるなぁ……たった一日の配信の案件でこれだけもらえるなんて…」
最近配信で稼げるようになってきたとはいえ、億単位の金は当然現在の俺にとっても大金だった。
「どうしよう…迷うなぁ…」
俺はこの案件を受けるべきかどうか迷っていた。
少し前までの俺なら、たとえこれだけの金額をもらえる案件が来たとしても軽々しく受けたりはしなかっただろう。
俺の目的はあくまでつーべで多くの視聴者に向けてダンジョン配信をすることであって、金のために配信をしているのではない。
たとえ一日であっても視聴者の望まないサイトで配信をするべきではなく、つーべで配信をして視聴者を楽しませるべきである。
そう考えて、この案件は断っていたかもしれない。
だが、今の俺には『大金』が必要な理由がある。
「引越し費用は多い方がいいからなぁ…」
俺の実家の住所がネットで特定されてしまって久しい。
あれから、度々俺の家に生卵を投げるなどのいたずらされたり、インポンダッシュしたり、勝手にピザを注文され送られてきたりといったことが起きて家族に迷惑がかかっている。
流石の俺も家族に迷惑がかかっている状態で、配信を続けたいとは思わない。
なので俺は、いっそのこと実家から別の場所に移り住み、そこを拠点に活動することを考えている。
実家から離れた場所に新居をたてて、あえてその住所を公開する。
そうすれば、視聴者のいたずらも実家ではなく俺の新居に矛先が向くという考えからだった。
「うげ…こんなにかかるのか…」
最近また物価や地価が上がり始めた東京で新居を建てるのには相当なお金がかかる。
そのために俺は最近、普段の配信に大きな支障が出ない程度に案件を受けたりなどして引越し費用を貯蓄しているのだ。
ついこの間も、優勝賞金目当てで、とある有名な探索者格闘大会に参加してきたばかりである。
優勝賞金の×千万はありがたくいただいて、これもそのまま引越し費用に充てるつもりだった。
「これだけもらえれば……十分な引越し費用が貯まる……受けるか…」
たった一日別サイトで配信するだけで、残りの引越し費用が完璧に賄える。
これを受けない手はないと思い、俺はその案件を受けることにしたのだった。
そして現在。
案件当日、俺は新興サイト『メルダム』で依頼通りダンジョン配信を開始したという次第だった。
”大将がいるときいて“
”うお!!マジで神木いるやん!!!“
”大将こんな辺境で何してんすかw w w“
”神木効果えっっっぐw全配信者の平均同接が3桁にも満たないメルダムで同接二千とかw w wまだ配信始まって十分も経ってないぞw“
“お、マジで大将いるじゃん”
“神木ー?こんなところにいたのー?^^”
“きたおー^^”
“あにー?やってるー?^^”
配信を始めて大体5分ぐらいが経過した。
同接は順調に増えて、2000人を突破。
高額で案件を受けたのに全く人が来なかったらどうしようと思っていたのだが、とりあえず悲惨な結果にはならなさそうであり、俺は安堵した。
神木拓也:どうでしょうか?ちゃんと配信できているでしょうか?
俺はとりあえず配信を始めたことをメルダムスタッフに報告する。
メルダム社員:はい!バッチリです!!おめでとうございます神木さん!当サイトの同接最高記録を大幅に塗り替えてます!!とてもいい感じです!!!
すぐに返信が返ってきた。
どうやらすでに俺はこのサイトの同接最高記録を塗り替えてしまったらしい。
メルダム社員からおくられてきたメール文からは、ご満悦な感じが伝わってきた。
とりあえず今の所期待に添えているようである。
俺はこれならば金額分の仕事ができそうだとホッと安堵する。
メルダム社員:それでは、ご約束通り、呟きでの配信の宣伝をお願いします
神木拓也:了解です。配信のリンクとともに呟けばいいんですよね?
メルダム社員:そうです。ぜひよろしくお願いします。
とりあえず無事に配信を始められたところで、メルダム社員から次の指示が飛んでくる。
案件の中には、配信開始と共に俺のアカウントでこの配信を呟き、発信することも含まれている。
そのままなんの予告もなしに新たな配信サイトで配信を開始しても、動線がなければ人が集まらない可能性がある。
大金を支払う以上、向こうのほうでその可能性は潰しておきたかったのだろう。
俺としても別にこのことに関して異論はない。
むしろこれだけの大金をもらっているのだから、せめて一万人は人を集めて、報酬に報いたいところではある。
「えーっと…今日はこのサイトでダンジョン配信します!Link……っと」
俺は指定された通り、呟きのこの配信のリンクを貼ってからつぶやきを投下した。
“やあ”
“やあ”
“やああああああああああああ”
”やあ“
”やあああああああ“
”うおおおおおおおおおおおおお“
“どりゃああああああああああ”
“きたおーーーーーーー”
“きたお^^”
“あにー?^^やってるー?^^”
”どこだここ!?!?“
”とりあえずリンク踏んできたけどマジでどこですかここ!?“
”きちゃった^^“
”なんだこのサイト!?“
”神木拓也メルダムデビューどりゃあああああああああああああ“
ツイートをした瞬間に、メルダムの配信に一気に視聴者が傾れ込んでくる。
メルダムは別段アカウントを保持していたりしなくともコメントしたり、配信を見れたりする楽なサイトだ。
なのでリンクを踏んだだけの俺の視聴者も来たと同時にコメントが投下できるようになっているのだ。
「み、みなさんこんにちはー。今日は案件を受けさせてもらって、この配信サイト、メルダムで配信をしていきたいと思っています。よろしくお願いしまーす」
相変わらずフットワークの軽い自分の視聴者に、俺は感謝する。
配信同接はどんどん増えていき、簡単に一万の大台を突破した。
“同接一万いったぁあああああああ”
“すげぇえええええええええ”
“なんだなんだなんだ!?めっちゃ人来たんだが!?”
“どりゃああああああああああ”
“神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!”
“なんだこのサイト!?俺たちで乗っ取るべ^^”
“今日からメルダムは俺たちのものだぁああああああああああああ”
”どけどけどけどけええええええ神木拓也様のお通りだぁああああああああ“
”なんだこの早いコメント欄!?メルダムでこんなの見たことないんだがw w w“
俺の視聴者がいつもの調子でコメントし、あまりの一人チャット欄の流れの速さに、元々メルダムにいた原住民の人たちが驚きまくっている。
そんな中メルダムスタッフから新たなメッセージが届いた。
メルダム社員:さ、流石ですね神木さん…個人の配信最高同接だけでなく、サイト全体の配信同接最高記録をたった今超えました…”
神木拓也:本当ですか?ありがとうございます!
メルダム社員:いえいえ!お礼を言うのはこちらですよ!本当に恐れ入ります。
どうやら俺の視聴者が呟きからこの配信に傾れ込んできたことで、俺はメルダムの配信者全てを合わせたサイト全体の同接最高記録を一人で塗り替えてしまったらしい。
新興サイトだからできたこととはいえ、素直に嬉しい。
メルダムのスタッフも驚くと言うよりちょっと呆れた感じが文章から伝わってくる。
何はともあれ、すでに彼らの期待には応えられたようで俺は安心した。
このまま配信していけば、同接も順調に推移するはずだ。
もしかしたら五万人、さらにその上も目指せるかもしれない。
「それじゃあ、いつも通りダンジョン配信をしていきま………ふぁっ!?」
億単位のお金をもらって同接4桁もいかないなどと言う悲惨なことにならなくてよかった、と安堵しながら、俺はダンジョン配信を始めようとした。
次の瞬間……
突如として配信画面が真っ暗になった。
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