第139話
「あれ…?えっ…何これ…充電切れ…?」
真っ暗なウェブカメラの画面を、俺はタップする。
充電が切れたのかと思ったが,そうではないらしい。
再起動してもう一度サイトにアクセスしようとするが、なぜか弾かれてしまう。
「な、何が…?」
まずい。
大事な案件の最中だと言うのにトラブル発生だ。
せっかくTwitterで宣伝もして同接もかなり伸びていたのに、配信が突然ロストしてしまい、サイトにアクセスすることすら出来なくなってしまった。
「ネットの回線が壊れたのか?」
電波が悪くてネット障害が起こっている可能性を考えてみたが、メルダム以外のサイトには普通にアクセスできる。
試しにSNSやつーべを開いてみたのだが、問題なく起動してアクセスすることが出来た。
ネットの問題でもない。
俺の端末の問題でもない。
とすると原因はおそらく……
メルダム社員:すみません、神木さん!!
ピロンと通知音がなった。
ちょうどそのタイミングで、メルダムスタッフからメッセージが飛んできた。
メルダム社員:大変申し上げにくいんですが、サーバーが落ちてしまったようです……
「え……サーバーが…?」
メルダム社員:予想外に多くのアクセスが集中したために、サーバーが耐え切れずに落ちてしまいました…復旧にしばらく時間がかかるかもしれないです。その場で待機してもらってもいいですか…?
神木拓也:わ、わかりました。了解です。待機しておきますね…
「マジか…サーバーが…」
俺の端末の問題でもなくネット回線の問題でもない時点で、なんとなくサイトに何かトラブルがあって配信が落ちてしまったのだろうことは想像できた。
それがまさか、サーバーが耐え切れなくなっていたとは。
「俺の視聴者がサイトに来すぎたのか…?え、これ俺が悪いの…?」
どうやらメルダム運営は、今日の案件でこんなに多くの視聴者がメルダムに集中することを予想していなかったらしく、たくさんのユーザーを処理できるサーバーを確保していなかったようだ。
そのおかげで、配信が落ちて現在はサイト自体にアクセスできない状態になってしまっているらしい。
「ま、マジか……どうしよう」
こんなのは予想外だった。
配信始まる前は、人が集まるかどうか心配だったのに、始まってみたら逆に人を集めすぎて配信が出来なくなってしまった。
「え、どうすんの…?どうしようもねぇ…」
サーバーってそんなに簡単に増設でいるものなのだろうか。
もし出来なければ、案件は後日…?
「と、とりあえず指示を待とう……」
メルダム運営はその場で待機してくれと言っていた。
現在はいろいろ状況を確認したり、解決策を模索している段階だろう。
案件続行か、はたまた否か。
指示が与えられるまで、とりあえずここで待機しておくことにしよう。
「うわ…めっちゃリプきてる…」
俺は暇つぶしにSNSを見ていると、最後の俺の呟き……すなわち、先ほどのこの案件の配信リンクを貼ったつぶやきに、サイトから締め出された視聴者たちの嘆きのリプがたくさんついていた。
:配信落ちたんだけど…
:大将;;どこ……;;
:え、神木大丈夫?
:何があった?いきなり何も見えなくなったんだが…
:サイトにアクセスできないんだけど…?
:鯖落ち?誰かDDoSでもやった?
:何サーバーハッキングされたの?
:誰かがDDoSでもしたか、それとも処理落ちか……
:普通に神木の視聴者が多すぎただけやろ
:もし神木のせいでアクセスが集中しすぎてサイト落ちたんだとしたら運営が無能すぎる。あらかじめサーバー増設しておけよ
:メルダム運営さぁ…
:神木の力をなめてたんやろなぁ…
:普段メルダムの視聴者って、サイト内の前配信者集めても数千人程度だからな。それが神木の視聴者がいきなり何万人も傾れ込んだらサーバーも耐えられなくなるやろ
:サイト変わってもこれだけ視聴者引き連れてこれる配信者ってマジで一握りだからな。運営もまさか普段と違う配信サイトにこんなに神木の視聴者が来るなんて思わなかったんやろ
:よかったぁ、サイトのトラブルか。神木に何かあったと思った
:神木に何かあるわけないやろw一階層だぞ。神木じゃなくても大丈夫だわ
:神木なら別に深層で突然画面真っ暗になっても心配しない自信あるわ
「みんなマジでごめん…せっかく別サイトまで来てくれたのに…」
案件のためにわざわざ別のサイトまで来てもらって、そのサイトが落ちてしまった。
俺は宙ぶらりんな視聴者たちにお詫びの呟きをする。
中には突然画面が真っ暗になり俺の身の安全を心配してくれている視聴者もいるみたいで、一応俺自身には何も起きていないことを伝える。
“来てくれた方本当にすみません。どうやらサイトが処理落ちしてしまったみたいです。俺は大丈夫です。今しばらくお待ちください”
:お、神木無事だったんか
:生きとったんかわれぇ!!
:大将にょっす
:おけおけ
:了解
:待っとくわ
:今日案件終わった後つーべで配信ある?
:別にええやで
:配信サイトなんてぶっちゃけどこでもいいから早くお前の配信が見たい
:待機
:座して待つ
:座して待つわ
:座して待つべ^^
:いつまでも待っとくぞ
:案件とかいいからつーべで配信すんべ^^
「みんな優しいなぁ…」
いきなり別のサイトに行かされて、そこからいきなり締め出されたにも関わらず、視聴者の反応はかなり優しいものだった。
「座して待つ」「待機」と復旧を待ってくれるリプがたくさん送られてきた。
「今日中に配信再開できるかな…」
メルダムからのメッセージはまだ来ない。
『グゲ!!!』
「ちょっと今取り込み中だから邪魔」
『グゲ!?』
ボッ!!!
混乱に乗じて接近しつつあったゴブリン一匹を、蹴りで破裂させて、俺はメルダム運営からの指示が来るまで待機するのだった。
= = = = = = = = = =
「くそっ!!!こんな時にサーバーが落ちる
とは…!」
「一体どうなってるんだ!!!」
「DDoS攻撃でも喰らったのか!?」
「いえ…単純にアクセスが集中したことによる処理落ちです…」
「なんてこった…」
「せっかく最高同接記録を更新したところだと言うのに……」
神木の案件配信が突如としてロストしたことにより、メルダム東京支社にスタッフや重役たちが集まり緊急会議を開いていた。
配信がロストした原因は、アクセス集中過多によるサーバーのパンク。
いわゆる鯖落ちというやつである。
「なぜサーバーが耐えられなかったんだ!!!」
「も、申し訳ございません…!!」
「何せいつもの10倍のアクセスが一気に集中したものですから…」
重役がスタッフたちを叱り、スタッフたちがペコペコと頭を下げる。
新興サイトメルダムは、まだ世間での認知度も低く、視聴者もそんなに集まらない。
いつもこの時間帯のメルダムのサイト全体の同時接続数はせいぜい二千人程度であり、サーバー自体もその程度の負荷に耐えられるほどしか確保されていなかった。
今回神木拓也に案件を振るということで、今後を見据えてサーバーを増設し、数万人のアクセスにも耐えられるようにサイトが改良された。
それにもかかわらず、メルダムのサイトは処理落ちをしてしまったのだ。
「現時点で我が社のサーバーは五万人ほどのアクセスには耐えられます…し、しかし、神木さんが先程呟いたをした直後、一気に十万人以上の人間がメルダムにアクセスしたようであり、その影響で処理が間に合わず…」
「じゅ、十万人…?冗談だろう…?」
重役が驚いてスタッフに聞き返した。
スタッフが本当だというように会議室のスクリーンに、アクセス数のチャートを移す。
「こ、ここが神木さんがサイトのリンク付きで呟いた時点です……ここから一気にアクセスが集まり…」
サイト全体の同接数およびアクセス数を表すそのチャートには、二つの大きな変化が見てとれた。
一つは神木拓也が案件放送を始めた少し後に、一気にアクセスと同接が伸びている。
これはサイト内の視聴者が神木拓也の配信に集中し、また噂をいち早く聞きつけた視聴者が若干流入した結果だろう。
そして二つ目のもっと大きなチャートの変化が、神木拓也が呟きを投稿した直後だ。
呟きに貼り付けられたリンクがネットに投稿されるや否や、そのリンクを踏んでたくさんの視聴者がメルダムに流れ込んだ。
このこと自体は、メルダム運営もあらかじめ想像していたことであり、そのためのサーバー増設はすでに完了済みだった。
しかし、問題はその数だ。
「じゅ、十万人…?いつもとは全く違うサイトだぞ…?なぜそんなたくさんの視聴者を引き連れてくることができるんだ…?」
配信者というのは、本来配信サイトに依存する存在である。
とある配信サイトで非常に人気の配信者が、別の配信サイトでは、全く人を集められない、なんてことはザラであり、配信サイトは多くの場合、それぞれに違う視聴者層を抱えている。
ゆえに、いくら神木拓也が人気だと言っても、全く新たなサイトメルダムでの配信では、普段の同接のよくて5分の1程度の人しか
集められないだろうと運営は予想していた。
だが、その予想はあっさりと裏切られた。
全く知らないサイトに、視聴者は何の迷いもなく神木の配信を見るためだけに集中したのだ。
開始して数分以内に十万人以上の人間が神木の配信にアクセスするなんて自体は、運営の想像のはるか上の出来事だった。
「我々の落ち度です……もっとサーバーを増設していれば…」
「いや、いい…この程度でいいと言ったのは我々なのだからな…」
重役たちは、どんなに金をかけてでももっとサーバーを増設しておくべきだったと後悔する。
だが今更もう遅い。
今日中の案件配信は不可能だろう。
「か、神木拓也に連絡しろ…案件配信はまた後日で、お願いしますとな……もちろん、我々の落ち度なのだから金は全額支払って、次回はまた案件費を払い直すとな」
「ほ、本当ですか…?そんなことをして大丈夫なのですか…?」
驚いたスタッフが重役に尋ねる。
実質、2倍の案件費を神木に支払うと宣言した重役は当然だというように言った。
「神木拓也が違うサイトでもこれだけ人を集められる配信者だとわかったのだ。これは好奇だ。先行投資だ。こんなに大勢の視聴者に目に留まる機会なんてそうそうない。金に糸目はつけない。とにかく向こうさんの機嫌を損ねないように対応してくれ」
「わ、わかりました」
そんな指示を受けたスタッフは、神木にこちらの落ち度でこの度の案件配信が続けられなくなったことを繰り返し詫びた。
そして案件費用は全額支払うとともに、次回また同額を支払って依頼するのでもう一度別日に案件を受けてほしいことを頼み込んだ。
「いや…流石に二度もあんな大金はもらえないですよ……今日が無理ならまた次回にしましょう。お金は今回いただける分で十分ですから……」
「い、いえそう言わずに、どうか受け取ってください」
「無理ですってこんな大金…」
「そこをどうか…」
そしてスタッフは、こんな大金二度も受け取れない、支払いは一度分でいいという神木と、なんとしてでも2回分受け取ってもらい、機嫌を取れと言って聞かない上層部の板挟みにあい、すっかり困り果ててしまうのだった。
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