第149話


「え、何かいる…?」


ボス部屋の奥から聞こえてきた声に、俺は驚き立ち止まる。


ミステリーダンジョンだからてっきりボス部屋にボスモンスターはおらず、何かしらの謎が仕掛けられていると思っていた。


だが、違ったようだ。


暗闇の向こうに気配を感じる。


巨大な何かが、微弱な殺気を放ちながらこちらに向かって近づいてくる。


『ここに人間が足を踏み入れるのは久しぶりだ……ここまでの謎を全て解いたのか,賢者よ……』


その巨大なモンスターは、人の言葉を使い、明確に俺へと向かって意味のある文章で語りかけてきていた。


これまで知能の高いたくさんのモンスターと出会ってきた。


彼らはさまざまな作戦や策略などを駆使して敵である俺を貶めようとしてきた。


高位のモンスターには人に負けずとも劣らない知能が宿ることがあるのは俺も理解している。


しかし流石に人の言葉を喋るモンスターがいるとは思わなかった。


すげー……


俺は素直な関心を持って、そいつのことを見上げた。




『む…貴様一人なのか……一人で、このダンジョンの謎を全て解き明かしたのか…』



若干の感心と驚きが滲んだ重低音と共に暗闇から姿を現したのは、人面犬のようなモンスターだった。


犬のような胴体に、人そっくりの顔。


獣と人の部分のアンバランス感がなんとも言えない不気味さを醸し出している。



(なんかこんな感じの生物、どっかで見たような……)



俺はそんなことを思いながらチラリとチャット欄に目をうつす。



“何これ人面犬!?”

“ファッ!?なんやこいつ喋ってね!?”

”ついに出たか喋るモンスター!!!“

”マジでこいつの声!?喋ってね!?“

”またこれグロいモンスター出てきたな…“

”なんやこいつ!?“

“人面犬…?いや、スフィンクス…?”

“エジプトの神話に登場するあいつじゃね…?”

“スフィンクスっぽいな…”

“ミステリーダンジョンにモンスターが出てしかも人の言葉喋るのかよw w w”

”なんでミステリーダンジョンなのにモンスターが!?“

”今までこのボス部屋まで誰も辿りついたことがなかったんやろうな。だからミステリーダンジョンにはモンスターがいないってことになってた。けど実際はそんなことなかったってことやな“

“こんなの聞いてねぇ!?”

“こいつめっちゃ賢そうやな”

”強者のオーラ半端ないんだがw w w“

”なんかボスモンスター出てきたけどやることは変わんないべ^^神拳で殺すべ^^“



視聴者たちは、まずミステリーダンジョンにモンスターが出てきたことに驚き、そしてそのモンスターがさらに人の言葉を喋ったことに驚いていた。


かく言う俺も正直言ってめちゃくちゃ驚いている。


まさか最後の最後、ボス部屋でこれまで一度も姿を見せなかったモンスターが出てくるとは。



ミステリーダンジョンにモンスターが出るなんて話は今まで聞いたこともなかったが、まさか最後の最後、ボス部屋でモンスターと邂逅することになろうとは。


多分だけど、今まで誰もこのボス部屋まで辿り着くことなく今日まできたからだろう。


ミステリーダンジョンのボス部屋に辿り着いたのは俺が初めてだということが、これを持って半ば証明された形だ。



(スフィンクス……そうか、それだ)



コメント欄でこのモンスターが、エジプトの神話に出てくるスフィンクスというモンスターに似ているというコメントを見つけた。


まさにそれだ。


どこか既視感があると思ったが、この四足歩行の胴体と人の顔を持った姿形は、歴史の資料集なんかで見るエジプトのピラミッドの横に鎮座しているスフィンクスの像そっくりだ。


確かスフィンクスっていうのは、神殿を守るために侵入者に問題をふっかける生物だったはずだ。


問題に答えられれば生かされ、答えられなければ死が待っている。


こいつがもしそのスフィンクスと同じ特性を持っているとしたら、このミステリーダンジョンにはこれ以上ないふさわしいモンスターということになるだろう。



『おい人間…聞いているのか?』



俺がそんなことを考えていると、人面犬のモンスター……ここでは仮にスフィンクスとしよう……が、俺の顔を覗き込んで話しかけてきた。


今の所スフィンクスに、攻撃の予兆は感じられない。


人の言葉を話し、比較的丁寧に接してくるモンスターに対していきなり先制攻撃をするのも不粋かと思い、俺は一応スフィンクスの語り掛けに応じる。



「はい、なんでしょうか?」


『ここへは貴様一人で来たのかと聞いているのだ。謎は、貴様が全て解いたのか?』


「あー……謎は…その、えーっとですね…」


なんだろう。


ものすごく気まずい。


全て破壊してきました、なんて言い出せるような雰囲気じゃない。



”解いてないだろ正直に答えろw w w“

”詰められてらw“

”くっっさw“

”あのー、モンスターさん、そいつ自力では一つも謎とかないで全ぶ拳で壊してましたよー“

”解いてないぞ“

”一個も解いてない“

”歯が立たなかったぞ^^“

“太刀打ちできてなかった^^”

“バカすぎて一個も解いてなかったぞ^^”

“ここまで全部力技のゴリ押しできたぞ^^”

“ぜーーーーーんぶゴリ押しだよ^^”

“クソ詰められてて笑うw”

”なんか教師につめられる生徒みたいで草“

”大将焦ってら^^“



俺は正直に白状しろ、一個も謎は自力で解いてない、全部ゴリ押しでここまできた、ととてもうるさいチャット欄をさっと隠してから、こちらを訝しむような目で見てくるスフィンクスに頭をかきながら曖昧に答えた。



「ぜ、全部一人で突破してきました!」



『突破…?』



「はい、と、突破しました……」



『なるほど……自力で解いたということか』



「…」



その問いに俺は頷かなかった。


大丈夫。


嘘は言ってない。


俺の言葉をどう解釈するかは、スフィンクス次第だ。


もしそこになんらかの誤解が発生したとしても、それは俺の意図を読み取れなかったスフィンクスが悪い。


うん、そういうことにしよう。



”うわ“

”せっこ“

“誤魔化してら^^”

“大将卑怯すぎるw”

”せっっっっこw“

”大将最低“

“マジかよ神木見損なったわ”

“大将…流石にこれは……”

“嘘は言ってないからセーフ”

“せこい言い回しやなぁ”

“突破で草”

“謎を突破した(解いたとは言ってない)”



『素晴らしい……まさかあれだけの謎を一人で解き明かすものが現れようとは』



「…」



スフィンクスが満足げに目を細めた。



『あれは全てこのダンジョンの守護者たる私が考えた謎だったのだがな……手応えはどうだった?なかなかのものだっただろう?』



「…っ」



”あ“

”あ“

”あ“

”うわ…“

”うわぁ…“

”これは…“

”酷ぇ……“

”これは…“

”くっっっさ“

”大将最低“

”あーあ“

“スフィンクス;;”

“一生懸命考えた謎を大将は…;;”

“ひん”

“スフィンクス可哀想;;”

“スフィンクス強く生きて;;”



『おいどうして目を逸らす?』


「…そそそ、逸らしてませんが?」


スフィンクスがグッと顔を近づけて俺の表情を覗き込んでくる。


ここまでの謎まさかのこいつが全部考えたのかよ…


めちゃくちゃ気まずいんだが…


『どうだったと聞いているのだ…私が考えた謎は…』


「どどど、どうだったとは…?」


『お前が一人で全て解き明かしたのだろう…?手応えはどうだった…』


「と、突破のしがいがありました…!」


俺は苦し紛れにそう答えた。


『ほう…』


スフィンクスが目を細めた。


これはまさか、謎を解いてないことがバレたか…?


俺が激昂し、攻撃されることを想定して身構えていると…



『ふふふ…そうだろうそうだろう。手応えあっただろう。私が考えた渾身の謎だったからな』


スフィンクスが満足げに口元を歪めた。


本当にごめんなさい。


俺は作り笑いを浮かべながら、心の中でスフィンクスに全力で謝罪した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る