第64話
ヒィイイイイイイイイイイイイ
ダンジョンに、掠れた女性の悲鳴のような不気味な音が響き渡る。
何者かの気配が俺の頭上を行ったり来たりしている。
だが、なぜかその気配の主を目視することが叶わない。
どうやらこれは『そういう』モンスターとして考えた方が良さそうだ。
ヒィイイイイイイイイイ!!!!
鳴き声が耳元から聞こえたような気がした。
直後、腰のあたりに悪寒を感じた。
俺は咄嗟に地面を蹴って跳躍する。
ドガァアアアアアアン!!!
凄まじい破壊音とともに、俺の背後のダンジョンの壁が、腰のあった高さのところで砕けていた。
また見えない何かから攻撃を受けたらしい。
「何かいるんだよなぁ…」
見えない何かが俺の周囲を動き回っているのは確実だった。
しかし、目視ができないため、なかなか攻め
に転じることができない。
今まで出会った中でなかなかに厄介なモンスターと言えるだろう。
“何が起きてるんだ!?”
”なんかめっちゃ女の悲鳴みたいなのが聞こえるんだが!?“
”どういうこと!?何も画面に映ってないのにいきなりダンジョンの壁が破壊されたりしてるだけど!?“
”これはおそらく…“
”神木!気をつけろ!!!多分レイス系のモンスターだ!!!“
”レイスってあの…?消えたり現れたりする幽霊みたいなモンスター…?実在するの?“
“レイス系のモンスターって都市伝説じゃないのか?”
“エアプども黙れよ!!!レイス系は実在するんだよ!!!深層から出現するモンスターだ…!!こいつの厄介なところは、実体がないところなんだ!!!神木がいくら強くても実体がない以上攻撃を受けることがない!!”
“レイス系はマジで手強いって聞くぞ。真実かどうかはわからんが、ネットでは、実体がないまま音もなく近づいてきて、急に攻撃されるって言われてる。マジで気づかないうちに腕が無くなってたとか、仲間の首が落ちてたとか、そういうのがあるらしい…”
“はぁ?なんだそれ無理ゲーじゃね…?”
”獅子王武尊が殺されたのもおそらくレイス系って言われてる…神木には攻撃力があるが、レイスは実体がないから攻撃が効かない可能性がある…“
“神木とはあきらかに相性が悪いな…“
”神木逃げてくれぇえええええ“
”大将;;レイスってやばいモンスターみたいです;;逃げてください;;“
“ひん“
”まずい“
“神木コメント見てくれぇええええ!!!”
「厄介だなぁ…」
コメントを見ている余裕は流石にない。
どうやら今俺が戦っているモンスターには、まるで幽霊のように霊体化する厄介な力があるらしい。
これじゃあいつもみたいに、ひたすら倒すまで攻撃を加えるという基本的な戦法が取れない。
流石深層。
一筋縄じゃ行かない。
ちょっと工夫を添える必要がありそうだな。
「一応何かはわからないけど、戦闘に入ったみたいです。すみません。モンスターの姿が見えないからあんまり面白い戦闘にできないかもしれません。伝わりづらいかもしれませんが、一応何かいる気配がずっと頭の上らへんにあるんですよねぇ」
いつもはモンスターとの戦闘を映すだけでいいのだが、今回はモンスターが見えないからな。
こんなふうに実況して盛り上げるしかない。
俺は不意に至近距離から繰り出される攻撃を直感を駆使して回避しながら、なんとか視聴者に伝わるように戦闘模様を解説する。
ドガァアアアアアン!!!
「ほら、見てください!壁に穴が開いてます!!!俺、何かから本当に攻撃を受けているみたいなんですよ!!!これ、俺が殴ったわけじゃないですからね?こう、空中から急にひゅってくるんですよ、ひゅって。これ、なんていうモンスターなんですかね?今までに戦ったことがない珍しいモンスターです」
“そんな解説いらないから戦いに集中しろ!?”
“やべぇw w wこいつ見えない攻撃を避けながら実況解説始めやがったw w w”
“やっぱイカれてるわw w w”
”レイス系との戦闘中に解説w w w他の深層パーティーなら裸足で逃げ出してるぞw w w“
”霊体化しながら近づいてきていきなり攻撃されるのにマジでどうやって避けてんだ?w w w意味不明すぎるだろw w w“
“獅子王武尊ならすでに五回は死んでますw w w”
“やっぱ神木は獅子王武尊とか他の深層探索者より一つ上の次元にいるやんw w wそれがいま証明されたやろw w w”
“もうこいつの配信では驚かないと思ってたけど……なんでこうも俺たちの予想を軽々超えてくるのか”
“人間じゃねぇw”
“解説とかいいから戦いに集中しろよw”
「こんな感じで現在俺は、見えない何かから攻撃を受けているわけですが……多分倒せないわけじゃないと思うんですよね……何かしら攻略法があるはず……それを今考えますね…」
俺はこの見えない、実体のないモンスターの攻略方法を戦闘中に考える。
一体どうやって倒そうか。
何かしらこちらの攻撃を当てる方法があるはずだ。
「ほいよっと」
そんなことを考えているうちにも、見えない何かからの攻撃は止まらない。
実態のないまま近づいてきて、いろんな方向から攻撃をしてくる。
俺はしゃがんだり、飛んだり、横にステップを踏んだりして、その見えない何かからの攻撃を交わす。
このモンスターの攻撃力はそれなりに高いようで、俺が避けた後には、凄まじい破壊音とともにダンジョンの壁や地面が砕け、削り取られていく。
「一応かミキサー行っときます?」
攻略方法がすぐには思いつかなかった俺は、かミキサーを発動し、自分の周囲に対して無差別に連続攻撃を行った。
シュルルルルルルルル…
片手剣が空を切る音がダンジョンをみたす。
“なんかラーメン行っときます?みたいなノリでかミキサー始まったw w w”
“かミキサーきたぁああああああ!!!“
”深層だからな。出し惜しみしてる場合じゃねぇよな”
“レイスどこだぁああああ!?ででこいやどりゃぁああああああ!!!”
“レイスどこにいんの?大将が怖くて出て来れないんじゃないの?^^”
「うーん…だめか」
しばらくして俺はかミキサーをストップした。
残念ながら手応えはなく、この実体のないモンスターを仕留められなかったようだ。
ヒィイイイイイイイイイイイイ…
ダンジョンには相変わらず不気味な音がこだましている。
「でも、こいつかミキサーしている間、近づいて来なかったよな」
だが、かミキサーは無駄ではなかった。
このモンスター、さっきまで割と高頻度で攻撃してきていたのに、俺がかミキサーをしている間は全然近づいて来なかった。
なぜなのだろうか。
霊体なら、別にかミキサーをしている俺にも近づいてきていいはずなのに。
この情報は何か重大なヒントのような気がする。
「あ、もしかしてこいつ…」
ヒィイイイイイイ…
ドガァアアアアアン!!!
再び始まった攻撃を俺は避けながら、ある予測を思いついた。
こいつがかミキサーをしている間は近づいて来ずに、やめた途端に攻撃を再開した理由。
多分それは…
ヒィイイイイイイ
「ほい、捕まえた」
『ヒィイイイイイ!?!?』
「やっぱりな」
俺は不意に感じた背中への悪寒に素早く反応し、今度は攻撃を避けるのではなく、攻撃軌道から体を逸らしつつ、その先にある『何か』を掴み取った。
すると、空を切るはずだった俺の手の中に
『何か』を掴んだ感触があった。
どうやら俺の予測は正しかったようだ。
「お前、攻撃する時に一瞬実体化するんだろ」
『ヒィイイイイイイイ!?!?』
俺の手の中で見えない何かがジタバタ共がいている。
捕まえた。
もう絶対に苦さねぇからな?
「皆さん見てください。見えない何かを捕まえました。多分こいつが、今まで俺を攻撃してたモンスターです」
俺はそう言ってスマホのカメラの前で、手の中につかんだ何かを掲げた。
”はぁ!?冗談だろ!?こいつレイス捕まえたの!?“
”レイス捕縛!?冗談だろ!?“
”ファーw w wやばすぎやw w w“
”どうやったんやw w w“
”もうめちゃくちゃやw w w“
”レイス実体ないんじゃなかったのかよw w w“
”神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!“
“そうか、こいつ攻撃する時だけ一瞬実体化するのか!だから捕まえられたんだ!”
“見えないところからくる攻撃を避けてその瞬間を狙ってレイス捕まえたのかw w wめちゃくちゃすぎるw w w”
”大将;;何も見えません;;“
“神木…嬉しそうなところ悪いんだが、俺たちから何も見えない…手に何か持ってんのか?”
「あ、そっか。このままだと見えないのか」
俺はドヤ顔で捕まえたモンスターを視聴者たちに見せていたのだが、そういやこいつ見えないんだった。
うっかりしてた。
「こうしたら俺が何か掴んでること伝わります?ほら、見てください」
ドガァアアアン!!
ズガァアアアン!!
『ヒィイイイイイイイ!?!?!?』
俺は手の中に掴んだ何かを左右の壁に打ちつけた。
俺の手は壁に触れていないのに、ダンジョンの壁が破壊されていることから、俺が『何か』を掴んでいることが視聴者にも伝わるだろう。
“ファーw w w”
“こいつやばすぎやw w w”
”サイコパスやろw w w“
”すげぇw壁に触れてないのに削られていくw“
”確かに何か掴んでるみたいだなwでもその伝え方w w w“
“やっぱこいつ頭のネジ外れてるわw w w”
「これで伝わったかなー?あれ……動かなくなっちまった」
俺が視聴者に伝わるように手の中に掴んだ透明のモンスターを使ってダンジョンの壁を削っていると、いつの間にか手の中のモンスターは暴れなくなっていた。
どうやら死んでしまったらしい。
「壊しちゃったか……ま、いいや。倒したし」
俺はその透明なモンスターを地面に投げ捨てた。
するとダンジョンの地面が隆起して、その死体を飲み込んでいく。
”レイスたん可哀想;;“
”残念だったな深層のレイス。うちの大将に会ったのが運の尽きやw w w“
”獅子王武尊が瞬殺されたと言われてるレイス系をこうもあっさりとw w w“
”まさか深層の方でもモンスターに感情移入することになるとはw w w“
”壊しちゃったか、っておもちゃみたいな言い方いいねw“
”神木にとって深層のモンスターはおもちゃだったのかw“
「なんかよくわかんないけど、見えないモンスター討伐しました……あとでこいつの名前調べておきますね」
“うーん、このw”
“えー、この男、強すぎですw”
“誰だよ獅子王武尊の二の舞とか言ったやつw w w”
”心配して損したw w w“
”神木。俺たちの心配を返してくれ“
”もうこいつめちゃくちゃやw w wなんでもありやんw w w“
“逆にどんなモンスターだったらこいつを倒せるんやw w w”
“獅子王武尊と同列に語った俺たちが間違ってたわ”
「おーすげー、同接20万人!!!ありがとうございます!!」
見えない謎のモンスターと戦っているうちに気づけば同接は20万人を超えていた。
個人配信では初めての快挙だ。
純粋に嬉しい。
コメント欄もめっちゃ勢い早くてもはや読めないけど、盛り上がってる雰囲気は伝わってくる。
「結構敵が見えなくてわかりにくい戦闘だったのに、こんなに見てくれてありがとうございます。次はちゃんと見える系のモンスターが出るといいですね。それじゃあ、先に進みます」
俺はもうちょっと配信映えする、わかりやすい見た目のモンスターが出て来ないかなぁとそんなことを考えながら深層のさらに奥へと進んでいくのだった。
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