第86話
全ての出演者の紹介が終わり、番組が新しいパートに入った。
司会者の二人が、このコーナーの趣旨をわかりやすく説明する。
「このコーナーではダンジョン配信者および探索者の皆さんに、十秒間で目の前の竹を刀を使ってどれだけ斬れるかチャレンジしてもらいます!!!」
「日々モンスターと鎬を削り、身体能力が非常に高いと言われているダンジョン配信者や探索者が果たして竹を何回斬れるのか、検証していきたいと思います」
「「「「わーーーーーー」」」」
パチパチと拍手が起こる。
スタジオの真ん中に俺たち出演者の人数分の竹と刀がスタッフたちによってすでに用意されている。
俺たちは今からこの竹を、用意された刀で十秒間の間に何回斬れるのか、チャレンジさせられる。
探索者の身体能力が一般人に比べて高いことは世間に広く知られているが、一体どの程度なのか実際に見たことがある人は少ないはずだ。
探索者がダンジョンの外でその力を使うことは非常に忌避されている。
ゆえに、ダンジョン配信愛好家でもない限りは、探索者たちの本気を間近で見たことがあると言う人間の方が少数派のはずだ。
だからきっとこれは、探索者の全力を実際にわかりやすい形で披露させれば受けるだろうと、そういう意図で考えられた企画だと思われる。
「まずは比較対象として、松田さんに挑戦してもらいます!!!」
いきなり俺たちが挑戦して竹を何回斬って見せたところでわかりにくいだろうから、まずは一般人である松田さんがチャレンジする段取りとなっている。
「俺最近ジムで鍛えてるからな…!本気でいくで!!探索者の皆さんにも負けへんで!!」
常人に比べてがっしりとしている松田さんは、筋トレで体を鍛えていることを公表している。
おそらくそこら辺の成人男性よりは筋力があるだろう。
「おー、まっちゃん頼んだで。頑張れよー」
浜本さんに励まされながら、松田さんは腕まくりをし、刀を持って竹の前にたった。
「よし、いつでもOKやで…!」
「それじゃあ……初め!!!」
10秒のカウントダウンがスタートした。
「おりゃ!!!うりゃああ!!!」
松田さんが刀で持って太い竹に斬りかかる。
「あれ!?くそっ…これなかなかっ」
刀を振る速度自体は悪くないように思うが、しかし竹もなかなか太いらしく、松田さんは一刀の元に竹を切ることがでいない。
結局一度入った切れ込みに二、三度刀を入れなくては竹を切ることができず、十秒間で竹を完全に切断することができた回数は二回だった。
「はいゼロー!!!終了でーす!!」
「「「「「あーーーーーーー」」」」」
カウントダウンが終了し、観覧の女性たちが残念さを演出する声を出す。
はぁ、はぁ、と息を切らした松田が、竹を指差しながら訴えるように言った。
「こ、これ…!意外と斬れへん!!結構硬いで!!!二回が限界や!!!」
「はいありがとうございましたー!松田のチャレンジはなんと……たったの二回でした!!!」
「くそぉおおおお…」
松田が悔しがる。
きっとテレビで放送される時はガーンという効果音が入っているに違いない。
「それでは、いよいよ出演者の方々に挑戦していただきます!!!松田は二回だったが、果たして十秒間の間に何回竹を切れるのか、チャレンジしてもらいたいと思います!」
いまだに息切れしている松田に変わって一人で司会進行を務める浜本が出演者を見渡した。
「では、最初は誰にやってもらいましょう…?」
この後は立候補で出演者に一人ずつチャレンジしてもらう流れになっている。
順番は決められていない。
皆が互いを見て遠慮する中、桐谷が早くしろ
というスタッフの空気を察してか、手を上げた。
「じゃ、じゃあ、私が…!!」
「はいありがとうございます!!ではまず出演者第一号として桐谷奏ちゃんにチャレンジしてもらいまーす!!!」
「「「「わーーーーー!!!」」」」
歓声に包まれて、桐谷が前に出る。
抜身の刀を持って、新しい竹の前にたった。
「頑張ります!!!」
気合いを入れるようにそう言って真剣な表情で目の前の竹を見つめる。
「それでは行きますよ……よーい……スタート!!!」
カウントダウンがスタートした。
「はっ、はっ、はっ…!!」
「「「「「ぉおおおおおお!!!」」」」」
どよめきが起こる。
松田さんの時とは違い、人たちでスパスパと竹を気持ちよく切っていく桐谷に、観覧の女性たちだけれはなく、スタッフまで驚きの声をあげていた。
「はっ、はっ、はっ!!!」
桐谷はおそらく本気ではないのだろうが、それなりの力を出して、刀で竹をどんどん切断していく。
「はい、終了でーす!!!」
「ど、どうでしょうか?」
「えーっと待ってくださいよ……いちに、さんし、ご…」
地面に輪切にされた竹が数えられ、最終的に桐谷が十秒間の間で二十回、竹を切断したことがわかった。
「なんと桐谷奏ちゃんのチャレンジ、二十回という結果になりました!!!」
「「「「すごぉおおおおおおい」」」」
われんばかりの拍手が起こる。
観覧の女性たちやカメラスタッフの中には、自分たちの仕事を忘れてぽかんと桐谷を見ているものさえいる。
初めて目の当たりにした、探索者の高い身体能力に、その場にいた出演者以外の全員が驚いているようだった。
「う、嘘やろ…桐谷ちゃんめっちゃ強いやん……全然強そうに見えないのに…」
「えへへ…」
松田さんが絶望的な表情で桐谷を見る。
桐谷は照れくさそうに頭をかいた。
「な、なんか体鍛えるのがバカらしくなってきたわ……俺も芸人やめて探索者になろうかな…」
「おいっ、相方のわしはどうすんねん!ダメージ受けすぎや!向こうはあれが本職なんやから勝てるはずないだろ!!!」
落ち込む松田さんに浜本さんが突っ込んだ。
「皆さん、桐谷奏ちゃんにもう一度拍手を!!」
「「「「わーーーーー!!!」」」」
「えへへ…ありがとうございます」
桐谷が拍手に包まれながら、チャレンジを終えて帰ってきた。
「いやーすごいですね探索者の身体能力は!!!噂には聞いてたけどこうして間近で見ると圧巻でしたねー!!」
「言っとくけどこれ、やらせちゃうからな?竹が最初っから切れてるとかちゃうからな!?」
松田がそう念を押して、わざわざ用意されている竹を触って、切れ込みなどが入ってないことを視聴者に示してみせる。
「誰も疑ってへんって!!!帰ってこーい!!!」
大袈裟に竹を触って見せている松田に、浜本が突っ込んだ。
「それじゃあ、どんどん言ってもらいましょう!!!十秒間で竹を何回斬れるかチャレンジ!!果たして桐谷ちゃんの二十回の記録を超えられるものはいるのか…!楽しみですね!!!」
「これが最高記録ちゃうか?二十回以上切れたら、それもう人間辞めてるで!!」
桐谷以上の記録は出ないだろう。
そうたかを括っていた二人を驚かせたのが、鬼頭玄武さんと日下部雅之さんだった。
桐谷の二十回の記録を超えたのが、この二人だけだったのだ。
後の配信者たち……カロ藤さん、こたつちゃんさん、K5Senさん、まこうさん、宇佐美パコーラさん、マリン組長さん、コリコリさんは善戦したものの、桐谷の記録を超えることはできなかった。
まぁこの人たちに関しては、探索者としての実力よりも、トークの面白さや、本人の魅力という点で視聴者を集めているわけだから、探索者としての実力が桐谷以下なのは仕方のないことだろう。
そもそも世の中的には、中層までソロで潜れる探索者の方が少数派であり、さらに高校生でそれをやってのける桐谷というのは、相当に希少な存在なのだ。
「えー、ここまでの結果を発表します……最高記録が、日下部雅之さんの40回……そして二位が鬼頭玄武さんの35回…三位が桐谷ちゃんの20回となっています…」
「よ、40回って…どうなってんの…?ほんま信じられへんで…」
司会の二人が驚きを禁じ得ないと言った様子でここまでの結果を発表する。
俺以外の全ての出演者がチャレンジし終えた時点で、桐谷の記録を超えたのが日下部雅之さんと鬼頭玄武さんの二人だった。
それぞれ40回と35回。
現役の深層探索者である日下部雅之さんが、さすがというかここまでのトップだ。
そして鬼頭玄武さんも、元深層探索者というだけあって35回と善戦していた。
一般人よりもかなり筋肉のある松田さんが十秒間で2回しか切れなかった竹を、同じ時間内にその10倍以上の回数切ってみせた三人の探索者に、スタジオにいた観覧車やスタッフたちは半ばドン引きしていた。
「こ、これが探索者の実力かぁ…」
「ちょ、流石に凄すぎひん…?」
「これ、ワンチャンボクシングチャンピオンとかよりも手速いんちゃう?」
「日下部雅之さんとかどうなってんの?ほとんど手の動き見えへんかったで……あれやんな?雅之さんの周りだけ時間が遅く流れてるとかそういうわけちゃうわな?」
「ははは。そんなわけないですよ」
日下部雅之さんが苦笑いを漏らす。
「「「「あははは……」」」」
冗談めかしてそんなことを言った松田さんの言葉に、観覧の女性たちは笑い声を上げるが、いまだに驚きの感情があるのか、少しぎこちない笑い方になっていた。
「さて……それでは、最後に神木拓也くんにチャレンジしてもらいましょう!!」
「楽しみやでー。神木くんの実力は雅之さんと玄武さんのお墨付きやからな!!!!これ、新記録来るんちゃうか?」
二人がそんなふうに俺のハードルを上げて盛り上げる。
俺は刀を手にして、竹の前にたった。
「さあ、神木拓也による最後にチャレンジです…!!十秒間で竹を何回切ることができるのか…!果たして、今の所の最高記録である日下部雅之さんの40回の記録を打ち破ることはできるのか……やってもらいましょう」
「神木くん!本気やで!?本気でいくんやで!?」
「わ、わかりました」
雅之さんと玄武さんがやたらと持ち上げた俺の本気が相当見たかったのか、松田さんがそんなふうに念を押してくる。
「頑張って神木くん…」
背後からそんな桐谷のエールが聞こえてきた。
俺は背を向けた状態で頷いて刀をグッと握り、ふーっと息を吐き出す。
「それでは行きますよ…構えて……よーい、スタート!!!!」
「……っ!!!!」
俺は目の前の竹を本気で切り刻んだ。
シュルルルルルルルル…
何かが高速でスライスされるような音が五秒間ほど響いた。
(もう斬れないな…)
5秒ほどで俺は竹を『斬り終わって』しまい、もうこれ以上斬ることができなくなってしまった。
ちょっと張り切りすぎた。
俺はまだカウントが終わらないうちに動きを止める。
「あ、あれ…?神木くん!?」
「まだカウント終わってないですよ!?まだ時間ありますよ!?」
動きを止めた俺にざわざわとしだすスタジオ。
やがてカウントが終わり、司会者二人が、慌てたように俺を問い詰める。
「いや、神木くん!?どうしたの!?」
「まさか諦めちゃったんか…?すまん、もしかして俺たちがハードル上げすぎた…?」
司会者の二人がそんなふうに聞いてくる。
観覧の女性やスタッフたちもヒソヒソと互いに耳打ちをしながら俺をチラチラと見ており、スタジオ全体が異様な空気に包まれた。
俺は何やら勘違いをしているらしい彼らに向かっていった。
「諦めてません。斬るところがなくなったので、休んでいただけです」
「は…?」
「はい…?」
ぽかんとする司会の二人。
「5秒ぐらいの時点で斬り終わったので、そのあとは休んでました」
俺はさいど同じ言葉を繰り返した。
「斬り終わったって…どういうこと?」
「竹は神木くんの目の前にあるで?一回も斬れてへんで?」
二人が戸惑ったようにそんなことを言う。
俺はそんな二人の目の前で,自分の竹をちょこっと刀の先で突いた。
次の瞬間……
サラサラサラサラ……
「「はぁ!?」」
五秒間の間に無数に切り刻まれ、粉になった竹がサラサラと形を失って崩れていった。
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