第203話


“え、何こいつ人間やめたの…?”

”大将…ついに人間やめたんですね…“

”それって実質時止めでは…?“

”【朗報】神木拓也、ついに時間を止めることに成功してしまう“

”もうわけがわかんないよ……“

”え、流石にこれ冗談だよね…?“

“すみません…今日この人の配信見始めたんですけど、これって冗談ですか?それとも本気ですか?”

“マジで物理法則とか関係ないんだなお前にとってw”

“物理法則壊れちゃったw”

“うーん、神木拓也最強!w”

“みんな呆然としてコメントなくなったの草“

”もう化け物とかじゃなくて神の領域に足を踏み入れてるやんけ…“

”ほとんど周りの動きが止まって見えるほど遅くなったってそれ実質時間停止能力なんよ…“

”えーっと、よくわかんないんだけど、神木が時間停止能力手に入れたって解釈でおけ?“

“いよいよ、無敵になってきたな”

“もう逆にどうやったら今の神木に勝てるのか教えてほしいわ”



「お、よかった……配信が停止になったわけではなかったんですね」



あまりにもコメントが流れないので俺は一瞬配信が停止になってしまったのかと思ったが、しばらく待ってみるとまた問題なくチャット欄が動き始めた。



「俺がチャット欄が止まって見えたって言っただけでこんなに長い間再現してくれるなんて……ありがたいですけど、長すぎて配信止まったのかと思った…焦りました」



”いや…そういうことじゃなくてだな…“

”ハハハ……“

”いや、おま…そうじゃなくて…“

”だめだこいつ…早くなんとかしないと…“

”うーん、このw“

”神木くんさぁ…“

”大将;;“

”この強さ、この察しの悪さ…“

”ある意味こいつなんも成長してねぇな“

”うーん、神木拓也の配信って感じがするw“

“初見です、この人って天然なんですか?”

“これってどういうボケなんですか?この配信独特のノリですか?”

”この人本気で言ってるんですか?“

”今日初めて見始めたんですけど……この人めっちゃ強いのになんか性格が噛み合ってなくないですか?“

”新規どもが戸惑ってら^^“

”新参どもが困惑してら^^“

”慣れろ新参。神木は終始こんな感じなんだ“

”だから新参はロムれとあれほど…“

”新入りども慣れろ。これが神木拓也だ“




(あれ?なんで呆れたようなコメントがたくさん…?)



俺が一体感を持って配信を盛り上げようとしてくれている視聴者にお礼を言うと、なぜか呆れたような反応が返ってきた。


よくわからないが、まぁこれまでも度々配信で視聴者と話が噛み合わないことがあったし、今はよしとしよう。



「もう少し余韻に浸っていたいですが…そろそろ地上に帰還したいと思います…」



本音を言うともう少しここで視聴者と未攻略ダンジョンソロ踏破の余韻に浸っていたかったが、時間が押しているからな。


後日必ず雑談枠を取って、そこで今日の配信のことを語り尽くそう。


そう思いながら俺は帰ろうとする……その前に。



(さて、現在の同接は……ちらっ…)



「ぐおおおおおおっ」



”!?“

”どうした!?“

”えっ!?“

”何!?“

”ファッ!?“

”神木!?“

“大将!?”

“急にどうした!?”

“え、敵!?”

“敵がきた!?”

”ボス部屋にはボスしか出ないんじゃ!?“

”神木大丈夫か!?“


「ぐ……ちくしょぉおおおお」



”マジでどうした!?“

”大丈夫か!?“

”実はどっか怪我してたのか!?“

”骨でも折れてたか!?“

”どっかから見えない攻撃が!?“

”敵影とか何に見えないがマジでどうした…?“

“どっかから精神攻撃受けてるとか…!?”

“神木だ丈夫か!?”

“大丈夫!?”

“大将!?”

“大将しっかり;;”

“ひん;;”



「ど、同接…495万人……後少しで500万人だったのに……もう少しボス戦を引き延ばしておけば…」



“いやそっちかい”

“ふざけんな”

“びびらせんな”

“紛らわしいわ”

“大将、そりゃないわ…”

“びびった…”

“びっくりした…”

“そう言うことか…”

“いきなりうめいてしゃがんだから何事かと思ったわ…”

“びっくりさせんなよ神木”

“心配したじゃねーか”

“こいつこんな時でも同接のこと考えてんのかよ…どんだけ配信脳なんだ”

“同接かい!!”

“もうここまできたら同接とかどうでもいいやろw”

“こいつ相変わらずやってることに対して感覚が追いついてないんよな…”

“ここにきて気にすることが日本初の未攻略ダンジョンソロ踏破の偉業じゃなくて同接なあたり、生まれついての配信者だわw w w”



帰る時にチラリと同接に目を写した俺は、そこに表示された495万人の数字に思わずうめいてしまった。


後少し…後少しだけボス戦を引き延ばしていれば、同接が500万人の大台に乗ったのに…


なんで俺は、こんなに早くボスを倒してしまったんだ……


新技を編み出したことに夢中になって全然配信のことを考えていなかった…


これじゃあ配信者失格じゃないか…



「あれ…?なんで皆さんそんなに怒ってるんです?」



がっかりしてチャット欄に目を移すと視聴者がめちゃくちゃ怒っていた。


びっくりした。


驚かせるな。


そんなコメントが並んでいる。



「え…あ、勘違いさせてすみません……体はなんともないです…ただ同接がぎり500万人超えなかったんで悔しくて…」



どうやら俺がいきなり呻き声をあげてしゃがみ込んだので、どこか痛いのかと勘違いした視聴者が心配してしまったらしい。


俺は慌てて体を動かして無傷であることを証明する。



(はぁ……視聴者は心配させるし、同接はギリギリ500万いかないし…自己ベストの配信の終わりにしては締まらないよなぁ…)



まぁこう言うのも俺らしいかと気を取り直し、俺はボス部屋を後にした。



ちなみにその後、俺がどこかしらに怪我をしたと勘違いした視聴者が早まって情報を拡散させ、なぜか『神木拓也 致命傷』というワードがトレンド入りし、外部から野次馬が雪崩れ込んで気で帰宅の途で同接500万人は達成されたのだった。



= = = = = = = = = =



「なんなのこの男…もうわけがわからないわ…なんでもありなんじゃない…」



北米五英傑の一人、西園寺グレース百合亜が自室で頭を抱えていた。


彼女はたった今、日本初、いやおそらく世界で初めて高校生が深層を持つ未攻略ダンジョンをソロで攻略、踏破した歴史的瞬間を目の当たりにした多くの視聴者のうちの一人だった。


同接がギリギリ500万人に到達しなかったことを残念がりながら、帰宅の途につく神木拓也を見ながら、西園寺は乾いた笑いを漏らす。


ここまで神木拓也は、様々な深層モンスターと戦い、埒外の戦闘を行なってきた。


さすが未攻略ダンジョンだけあって、出てくるモンスターはどいつもこいつも化け物じみたやつばかりだった。


中には、まだ西園寺も相対したことがないような攻略が限りなく困難と思われる深層モンスターも何体かいた。


だが、それら全てを神木拓也は初見で、たった一人で退けてしまった。


中でも最後のボスとの戦闘。


無数のレーザー光線を発射してくる敵に対して、神木拓也はとても人間技とは思えない方法で戦い、そして討伐することに成功していた。


「超集中状態に入り、周囲の時間を限りなく遅くする……本人はそう言っていたけど、要するにこれ、周りの動く物体が限りなく遅く感じるほどに本人が早く動いたってことよね…?」



神木拓也が最後のボスモンスターに対して使った新技を噛み砕くとそう言うことになる。


本人はおそくなった時の中で自分だけ普通に動けたなどと抜かしているが、結果を見ればそう言うことになる。


実際西園寺は配信越しに結果だけを観察したのであり、実際に何がそこで行われていたかはわからない。


だが、瞬間移動、または時間停止能力を使ったとしか思えないような動きを神木拓也がしていたことは事実だった。



「もし本当に神木拓也がほとんど時間停止能力に近い力を手に入れたのだとしたら……も、もう彼に勝てる存在はこの世にはいないのではないかしら…」



西園寺は自分が実際に神木拓也と殺し合いをするつもりで相対するシチュエーションを頭に思い描いてみる。



(1秒…持つのかしら、私…)



結果は、1秒も持つかどうかわからないというものになった。



神木拓也が本気を出せば西園寺グレース百合亜を殺すのに必要な工程はたったの二つだ。


周囲の時間が止まって見えるほどに早く動き、接近して、神拳で消しとばす。


おそらくその時私は、接近されたことを知覚することすらなく消えて無くなるだろう、と西園寺は考えていた。



「本当にとんでもない化け物を生み出してくれたわね……日本という国は…」



西園寺は、目の前の画面でぼんやりとした表情でダンジョンの通路を歩いている同年代の男が、果たして自分と同じ人間という種なのかを疑わしく思ってしまうのだった。

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