第157話
「コラボねぇ」
放課後。
学校路をえた俺は一人、家路についていた。
「見て…神木拓也先輩だ…!」
「かっこいい…」
「話しかけてみない…?」
「勇気でないよ…だってあの人もう芸能人でしょ…?」
「自分の学校にあんなすごい人がいるなんて信じられないよね…」
「桐谷先輩もいるし、うちらの学校本当にすごすぎるよ…」
同じく帰宅途中の生徒たちが、遠巻きに俺を見つめながらヒソヒソと何かを噂しているが、もうなれたことなので気にしない。
俺は誰とも目を合わせずに、前だけをみて歩きながら、今朝の桐谷との会話について考えていた。
『こ、コラボしてくれないかな…?だめ…?』
『別にいいぞ』
『本当!?やった…!』
言いにくそうにしながらも桐谷が俺に提案してきたのは、なんのことはない、コラボの提案だった。
前回のコラボからまた随分時間が経ち、お互いの状況もかなり変化した。
またここらで桐谷とコラボするのも別に無しじゃないだろう。
桐谷にはバズらせてもらった恩もあるし、断る理由はなかった。
数ヶ月前までなら心配しないといけなかった桐谷と俺の視聴者の対立も今では心配する必要は全くなくなった。
というのも最近俺と桐谷の視聴者がかなり混ざり合っているというか、お互いを見ている視聴者が非常に増えているのだ。
つーべのアナリティクスには、俺の視聴者が、俺が配信をやっていない時に一番誰の配信を見ているのかがわかるようなデータが表示されるのだが、俺の視聴者が、俺の配信がやっていない時に一番見ている配信者が他ならぬ桐谷だった。
2番目は配信界でも有名なカロ藤糸屯一さんの配信だったのだが、それでも割合的には桐谷を見ている視聴者の半分以下だった。
つまりかなりの数の俺の視聴者が、俺のを見ると同時に桐谷の動向も追っていることになる。
『神木くんのおかげで同接も結構伸びたんだ。本当にありがとね』
『いや…桐谷の実力だって』
『ううん、本当のことだよ?だって、私の今の視聴者、7割ぐらいが私と神木くんを同時に見えている視聴者なんだよ』
『ま、マジ…?桐谷の方もそうなってる…?』
『え、じゃあ、神木くんも?』
『実は俺もそうなんだ。なんかごめんな。うちの視聴者が…』
桐谷も俺と同じようにつーべのアナリティクスから、自分の視聴者の半分以上が俺の視聴者と被っていることを知っていたらしい。
俺は自分の視聴者が桐谷に迷惑をかけていないか
と正直不安だったが、桐谷は桐谷で、扱いづらい俺の視聴者といい感じに折り合いをつけて手懐けているようだった。
『神木くんの視聴者面白いよね。いつも配信が始まったら、やあ、って挨拶してくれるよ』
『すまん……俺の配信の特殊なノリでな…』
本来配信の身内ネタのようなものは、他の配信者のところでは出さない、持ち込まない、というのが配信界の暗黙のルールなのだが、俺の視聴者はそんなことお構いなしだ。
平気で他人の配信で、神木拓也の配信のノリを持ち込んだりする。
『きっさんっていう呼び方ももうなれたし……終わりの挨拶の“ひん”も結構気に入ってるかな?』
『ノリを他のところに持ち込むなってきつく言っておくわ…本当にごめんな…』
『いいっていいって。神木くんの視聴者、すごく面白くて楽しいよ?たまに何言ってるのかわかんないところがあるけど……あ、そういや疑問だったんだけど、私がダンジョン配信の時にジャンプしたり激しく動いたりすると必ず“えっど”“江戸”“江っ戸”ってコメントが流れるんだけど、あれはどういう意味なのかな?』
『そ、それは…』
正直めちゃくちゃ焦った。
えっど、というのは俺の視聴者がよく使う『エロい』の派生だ。
俺はチラリと桐谷の豊かな胸に視線を移す。
桐谷がダンジョン配信の時にジャンプしたり激しく動いたりした時にそのコメントが流れるということは、つまりそういうことなのだろう。
すまん桐谷。
俺の最低な視聴者がお前の配信を下衆な目で見ているかもしれない…。
『あ、もしかして……』
桐谷が俺の表情と視線からなんとなく言わんとすることを察したらしい。
さっと胸を手で隠して顔を赤らめる。
『ヘンタイ…』
『マジですみません!!!』
俺は思わずその場で土下座していた。
マジでやってくれたな俺の視聴者。
おかげで俺は衆目の中、桐谷に土下座を敢行することになったのだ。
『そ、そういうことだったんだね……神木くん、最低…』
『なんで俺…いや、本当にすみません…俺の視聴者が色々悪さしているようで…』
『視聴者は配信者に似るっていうよね…?もしかして神木くんも私のことをそういう目で…?』
『み、見てない…!断じてみていない!信じてくれ!!!』
『本当…?』
『本当だ…!!!誓って本当だ!!!』
『ならいいけど…』
『はぁ…ったく、あいつら…』
そんな会話もあったりして俺は桐谷のコラボの提案を断ることはとてもじゃないが出来なかった。
一度俺と桐谷が一緒に配信して俺の視聴者にガツンと言ってやることも必要だと思ったしな。
そういうわけで数日後に、俺は桐谷と再びコラボすることになったのだった。
お互いダンジョン配信者なので、コラボももちろん前回同様ダンジョン配信で、だ。
『私、神木くんに少しでも追いつけるように頑張ってるから……だから私の成長をみてほしいな』
『オーケー。楽しみにしてる』
桐谷曰く、次のコラボでは俺と一緒にまた下層に潜りたいらしい。
最近、桐谷が下層をソロで探索できるようにと色々頑張っているのは俺の耳にも届いていた。
その成果を俺の前で披露したいという桐谷の思いを無碍にすることは俺には出来なかった。
そういうわけで、俺と桐谷の再度のコラボが数日後に決定したのだった。
「ま、それはそれでいいとして…今日は何しようかな…」
桐谷のコラボのことについて一通り思いを巡らした俺は、今度は今日の帰ってからの配信のことについて考えていた。
今日はダンジョン配信ではなく、自宅で雑談する放送…いわゆる家雑放送をするつもりだった。
この間踏破したミステリーダンジョンのことや、次の攻略目標について視聴者と話し合うつもりだ。
「ただの雑談配信もそろそろマンネリだよなぁ…」
視聴者は意外と喋れる神木拓也、と俺のことを持ち上げてくれるが、正直俺はしゃべりに関してはあまり得意じゃない。
まだ高校生で人生経験が豊富というわけでもなく、ただコメントを拾い上げて質問に答えたりするだけの放送になりがちだ。
この間、雑談配信で同接を40万、50万と集めている配信界の帝王、カロ藤糸屯一さんの雑談配信をチラリと覗いてみたのだが、過去に自分の身に起きた職場でのトラブルや、若い頃の武勇伝、女がらみのいざこざなどを面白おかしく語っていた。
ただコメントを拾うだけじゃない、人生経験に裏付けされたような雑談配信で、俺は普段カロ藤さんの配信を見るわけでもないのに思わず、一時間ぐらい雑談に耳を傾けてしまった。
「やっぱりああいうのは大人じゃないと無理だよな…」
ダンジョン探索についての経験は俺も人並み以上に豊富なつもりだが、人生経験についてはまだまだ乏しい。
なので雑談だけで繋いでいくのはそろそろ無理があるだろう。
となってくれば、色々と搦手に頼らざるを得なくなってくる。
「雑談系の配信といえば…ピアノ配信とかか?」
雑談配信にも色々種類があって、例えばピアノ雑談という配信のジャンルがあったりもする。
視聴者がリクエストする曲を弾きながら、ちょくちょく雑談を挟んだりするいわゆる弾き語り配信だ。
他には、人気のアニメや、動画コンテンツを視聴者と共有したり、リアクションを撮ったりするリアクション配信(参拝配信と揶揄されることもある)や、勉強やお絵かきなどの作業をしながら雑談する配信というのもみたことがある。
雑談以外に何かすることのあるそれらの配信は、比較的話すネタが少ない(トークデッキが薄い)人でも気軽に行える配信として人気があったりする。
俺がもし何かダンジョン探索以外の芸に秀でていたら、そういうことをしながらの、ながら雑談ということも出来たかもしれない。
「何か俺にできることってあったっけ…ピアノ弾けないし、お絵描きできないし……マッド動画鑑賞はこの間やったし……人気の動画見るリアクション配信とかやったら俺の視聴者怒るだろうしなぁ…」
俺の視聴者は謎にプライドが高く、俺があんまり人の動画やコンテンツをみて同接を集め、お金を稼ぐことをよしとしない派閥が大部分だ。
なので、手っ取り早く再生数の多い動画をみんなと一緒に見るというリアクション配信もあんまり推奨はされない。
「うーん…どうすっかなぁ…」
俺は何か自分にも雑談しながらできそうなことを考える。
なにかアイディアをもらえないかと、スマホで現在の日本の配信同接ランキングを見る。
「なるほど…ゲーム配信か…」
ダンジョン配信には劣るが、それでも今もって根強い人気のあるゲーム配信。
たまたまどの有名ダンジョン配信者も今日は配信をやってなかったのか、リアルタイム同接ランキングの大部分が、人気実況者によるゲーム配信で締められていた。
ゲーム配信。
これなら俺でもできるかもしれない。
「やってみるか…」
何事も挑戦だ。
俺はこの機会に、少し新しい領域に足を踏み入れる決心をした。
【あとがき】
サポーター限定記事にて、
『バズる前の神木拓也 第9話』
のエピソードが公開中です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます