第142話


週末はあっという間にやってきた。


「いよいよか」


諸々の準備を整えた俺は、早朝に自宅を後にする。


今日はつい一週間前に視聴者に雑談枠で宣言した未攻略ダンジョン、ミステリーダンジョンのソロ攻略配信当日だ。


俺は朝から探索と配信のための準備を整えて、自宅を後にし、ダンジョンへと向かった。


電車に揺られながら、今日の段取りを色々と考える。


今日俺が挑むのは、いつもとは少し違うダンジョンだ。


ミステリーダンジョンでは、強さよりも賢さが問われる。


正直全ての謎を俺一人で解き明かせるとは思っていない。


つまづく事もあるだろう。


だが、そういう時は視聴者の助けを借りればいい。


そうだ。


俺にはこれまでミステリーダンジョンに挑み、そして踏破することができなかった探索者やクランと明確に違う点がある。


それは俺がダンジョン配信者であるという点だ。


俺には多くの視聴者がついている。


最近では同接のアベレージは20万を超えた。


未攻略ダンジョンのソロ探索配信ともなれば、普段よりももっと同接が増えることが期待される。


もし何かわからない謎があれば、視聴者に聞いて一緒に考えればいいのだ。


使えるものは全て使わなくては。


配信者であるアドバンテージを、俺は今回の探索で存分に生かすつもりでいた。


「ついたな」


30分ほど電車に揺られ、改札をくぐり、駅の構内を出て、それからダンジョンへと向かう。


「ついた」


ビルが立ち並ぶ大都市のど真ん中にぽっかりと穴を開けるようにして存在するダンジョン。


周りには関連施設が立ち並び、そこだけまるで別世界の様相を呈している。


「さて、行くか」


意気揚々と俺は未攻略ダンジョン……ミステリーダンジョンへと近づいていく。


「来たぞ!」


「神木拓也だ!!」


「神木拓也が来たぞ!!!!」


次の瞬間、近くで誰かが俺の名前を呼んだ。


すると、その辺に屯していた人たち(やけに多いと思っていた)が、一斉に俺の方を向いて、俺の姿を認めるなり、手帳やカメラや、マイクを持って一斉に俺の元へと殺到してきた。


どうやらマスコミがミステリーダンジョンに挑む俺にインタビューをしようと張り込んでいたらしい。


「今日はミステリーダンジョンに挑まれるようですね!?一言お願いします!!!」


「ミステリーダンジョンは力よりも知恵が試されるダンジョンですよ!?今度ばかりは厳しいんじゃないですか!?何か対策はおありなんですか!?」


「神木拓也さん!!ソロを貫く理由について教えてくれませんか!!!」


「神木拓也さん!最近のあなたの恋愛事情について……」


「神木拓也さん!引っ越しの噂が出ていますが真実なのでしょうか!?」


「ミステリーダンジョンは、未攻略ダンジョンの中では等級が低いことで有名ですが、何かミステリーダンジョンを攻略対象に選んだ理由がおありなんですか!?」


「あ、あの…ちょっと…」


記者たちが次々に殺到して矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。


容赦なくカメラが向けられ、シャッターが切られる。


あの…俺の肖像権、どこ…?


公人じゃないんだよ、俺は。


「おい、なんだあの騒ぎ」


「神木拓也だ!!」


「神木拓也がいるぞ!!!!」


「おい、マジで神木拓也だ!!!」


「大将!?」


「神木拓也本物だ!!!すげぇ!!!」


「初めて生で見た!!!」


「意外と可愛い顔してる!!!」


「生の方がちょっと顔がカッコよくて草」


「神木拓也握手してくれ!!!」


「神木拓也この前のテレビ見たぞ!!」


マスコミの記者たちが俺に詰めかけて神木拓也神木拓也と連呼したせいで、その辺を歩いていた通行人に俺の存在がバレて、一気に人々がこちらに駆け寄ってきた。


せっかく帽子とマスクとサングラスで変装していたのに台無しだ。


最近は外に出る時はあまりに声をかけられることが多くなったため、帽子やマスクやサングラスをかけて変装することが多くなったのだが、やはり気づく人は気づくらしい。


俺はあっという間に大勢の人たちに詰め寄られ、握手やサインを求められて、身動きが取れなくなってしまった。


「神木拓也ぁああああああ」


「握手してくれぇえええええ」


「きゃっ!!!神木拓也に触った!今神木拓也に触れたっ!!!」


「すげええええ、神木拓也本物だぁああああああああ」


「うおおおおお大将!初めて生で見れ

た!!!配信応援してます!握手してください!!!」


「神木拓也最強!神木拓也最強!」


「おいおまえら!!!神木拓也が今日ミステリーダンジョンに挑むぞ!!!」


「神木さんこの後ミステリーダンジョンに行くんですよね!?応援してます!!配信も見ます!頑張ってください!!!」


「と、通してくれ……」


やばい。


本格的に身動きが取れなくなってきた。


騒ぎを聞きつけた野次馬がどんどん集まってきてしまい、道路が塞がれ、軽くカオス状態になる。


あちこちからいろんなことを言われ、体を触られたり、名前を連呼されたりする。


こ、これが人気者の気分か…


悪くないぜ……


などと言っている暇はない。


せっかく朝早くからここへきたのに、時間を無駄にしている場合じゃない。


さっさとミステリーダンジョンに潜って配信を始めなければ。


ご、強引に人をかき分けてダンジョンに向かうか…?


やろうと思えばできなくもない。


しかし鮨詰めの状態で、無理やり人を押したりすれば、怪我人が出たりするかもしれない。


ど、どうすれば……


「ちょっと!!あんたら何やってんの!!通行人の邪魔だよ邪魔!!!一箇所に集まらないで!!解散して!!」


そうこうしているうちに近くの交番から血相を抱えた警官がやってきた。


交通整理のあの光る棒を持って、密集する人々をうまく解散させる。


「い,いまだ…!」


今しかないとそう思った俺は、隙をついて人々の間をすり抜けてそそくさとダンジョンに向かう。


「あっ、神木拓也が逃げたぞ!」


「待ってください神木拓也さん!一言!どうか一言お願いします!!!」


「ミステリーダンジョンの謎は非常に難解です!!どうやって階層を進むつもりですか!!!」


「神木拓也さんお願いです!一言だけ!!!ミステリーダンジョンを攻略する作戦について教えてください!!もしわからない謎やギミックが出てきたらどうするおつもりですか!!!」


記者たちがそんなことを言いながら追ってくるが、俺は足を止めない。


ぐんぐん進んで彼らを突き放しながら、たった一言だけ、質問に答えた。



「解けない謎があったら視聴者を頼ります!!!それでもダメな時は……力技でなんとかします!!!」




= = = = = = = = = = 


「ふぅ…災難だった…」


たくさんの追いかけてきた記者や視聴者たちを振り払い、俺はなんとかミステリーダンジョンの中へと逃げ込んだ。


流石に彼らも、ダンジョンの中までは追ってこなかった。


俺は安堵の吐息を吐いてから、配信機材をバックの中から取り出し、配信の準備を整える。


「おはようございまーす……見えてますかー?神木拓也でーす……」



“やあ”

“やあ”

”きた“

”きちゃ!“

”やあ“

“やああああああああああああ”

“どりゃぁああああああああああ”

“うぉおおおおおおおおおお”

“始まったぁあああああああああああ”

“よっしゃああああああああ”

”やあ“

”やあ“

”ついにきたか“

“待ってたぞ”

”やったぁああああああああ“



配信を始めるとすぐにたくさんの視聴者が枠を訪れる。


同接は一気に五万、八万、十万とかつてない勢いで増えていく。


開始数秒で、十万人以上の視聴者が集まった。


どうやら俺の初めての未攻略ダンジョンソロ探索配信を期待して皆ずっと待っていてくれたようだ。


配信始めの恒例の挨拶「やあ」がチャット欄をかつて勢いで流れ、埋め尽くす。



「おはようございますみなさん…今日はこの間に宣言した通り、ミステリーダンジョンを攻略していきたいと思います。もうすでに俺は今、ミステリーダンジョンの中にいます!!」



”もうダンジョンの中か!“

”この一週間まじで長かった!!“

”仕事きつかったけどお前の配信を楽しみになんとか乗り切ったわ“

“もうすでに飲み物とスナック用意してるわ。見所頼んだ”

“おい神木!!!お前の今日の配信のために、俺はチャー◯式を解きまくって数学力を上げてきたぞ!!!お前と一緒に俺も謎を解いていくつもりだ!!!”

“神木今日は頑張ろうぜ!!”

“おいみんな!!俺たちの頭脳を結集して、神木にミステリーダンジョンをクリアさせるんだ!!!!”

“よくよく考えたら、視聴者が謎解きすれば解決だからな!!俺たちにまかせろ!!”

“マジで神木拓也とミステリーダンジョン相性良すぎやろw”

”これだけ人がいれば、絶対に誰かは謎解けるやろ!!!マジで俺たちで頑張って大将を助けようぜ!!“

”やべえ、かつてない団結力w“

”これクリアあるぞ“

”現役高校生がソロで未攻略ダンジョン踏破したら快挙どころの話じゃないよなぁ!?“

”うおおおおおお神木拓也最強!神木拓也最強!神木拓也最強!“



チャット欄の流れが一気に早くなる。


謎とは俺たちにまかせろ。


俺たちで大将を助けるんだ!


今日この人のために◯ャート式で数学力を鍛えてきた、謎解きはまかせろ、等々。


どうやら配信者本人よりも視聴者たちの方が気合が入っているようだ。


そうだ。


俺は一人じゃない。


俺にはたくさんの視聴者がいる。


謎が解けなければ視聴者を頼ればいい。


配信者というアドバンテージを存分に活かして、俺は絶対にこのミステリーダンジョンをクリアする。


やる気が湧いてきた。



「みなさん!応援ありがとうございます。本当に心強いです!!!……それでええと、早速なんですけど………」



意気揚々とミステリーダンジョンを進んでいこうとした俺は、目の前の光景に、早速立ち往生することになってしまう。


「あの……のっけからすみません、これ……どこに進んだらいいと思います…?」


ミステリーダンジョンに入ってすぐ、道が五つに分岐していた。

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