第72話


 兄は再び重圧とともに迫ってくる。

 彼の攻撃を正面から受けないよう、距離をとったのだが、その瞬間に兄の口元が歪む。


「【エリアスラッシュ】!」


 彼が口にしたスキルは、重戦士のものではなかったが、どちらにせよ俺の逃げた先へと魔力の刃が襲い掛かる。

 俺の頬を魔力の刃が掠めていく。

 顔を引いてことで直撃は避けられたが……まともに喰らっていれば、いくらHPがある程度ダメージを軽減してくれるとはいえ、重傷は避けられないだろう。


「ちっ! ちょこまかとしやがって!」


 兄は苛立ったように長剣を振り回す。攻撃範囲と速度、そして力のどれもさすがCランク冒険者だ。

 俺よりも二年も早く冒険者として活動していたことはある。


 兄の振りぬかれた剣を後方に跳んでかわすと、兄が地面を踏みつけた。


「てめぇ! さっきから避けてばっかりじゃねぇかよ! 戦う気あんのかクソが!」

「……そうだな。そろそろいいか」

「ああ? なんだ? そろそろ諦めるってか!?」

「……そうだな」


 俺は軽く息を吐いてから、兄をじっと観察する。

 兄は眉間を寄せてから、【パワーモード】を発動し、地面を蹴りつける。

 俺の方へと迫る兄を見て、俺はため息を吐いた。


「遅いんだよ」


 それだけを言って、俺は兄の側面へと回る。


「え……?」


 兄の一閃は誰もいない場所へと振り下ろされる。

 大振りすぎる一撃に、俺への対応なんて間に合わない。

 隙だらけたが、大怪我を負わせるつもりはない。

 俺はナイトソードの腹で兄の左腕を殴りつけた。


「がは!?」


 次の瞬間、兄の体は吹き飛んだ。

 地面を何度も跳ねた兄は、それから家の壁に直撃して止まった。


 場が、静寂に支配される。


 俺は兄との戦いで、自分の能力を分析していた。

 今の俺のステータスは、一体どの程度の冒険者まで戦えるのか、と。

 だから、できる限り兄の手の内を引き出し、本気にさせて戦った。


 その結果、今の俺ならCランク冒険者程度の実力があるというのが分かった。

 これなら、次に向かう予定のCランク迷宮でもなんとかなるだろう。

 

 審判と父は驚いた様子で固まっていた。

 兄はよろよろと体を起こしていたが……すでにHPはなくなったようだった。

 ステータスの恩恵を受けられなくなったからか、身にまとっていた鎧などが重たくて満足に動けなさそうだった。


 少しして、ぱちぱちと拍手が聞こえてきた。こんな状況でそんな気の抜けた拍手をしたのは、オルエッタだ。


「わー、レウニスさん勝ちましたね! 良かったです」


 ほっとしたような声とともに、そんなことを言っていた。

 本当、マイペースな人だ。

 苦笑しながら、俺はナイトソードを鞘へとしまった。


「審判。契約書は持っているよな?」

「え? は、はい……」


 審判がそう言った瞬間、彼が持っていた契約書が光を上げる。

 同時に、兄の体が光を放つ。


「う、うわ……! や、やめろ!!」


 兄が叫びながら、自分の体を動かしていた。

 そして、彼の目の前には、スキルストーンと装備が落ちた。

 ……契約書の効果が発動したのだろう。

 俺は審判の手から契約書を奪いとり、スキルストーンと装備の回収を始める。


「お、おい……レウニス」


 父が引きつった笑みとともに、俺へと近づいてきた。


「……なんだ?」

「いや、な。今までのことは水に流そう。……どうだ? 我が家に戻ってはこないか?」

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