第44話


 二つ目の迷宮攻略は、すぐに終わった。

 一本道のみが続いた後大広間が見えたからだ。

 大広間へと入る前に、中の様子を伺っていたベヨングたちは、思わずといった様子で息を飲んでいた。


「……皆さん! あの魔結晶を見てください!!」


 興奮気味に声を上げたベヨングに、皆もつられたように声を荒らげる。

 俺も、似たような心境だった。

 大広間の一角には、たくさんの魔結晶があった。


 魔石よりも濃厚な魔力を秘めているそれらは、魔石の数十倍の金額で取引されている。

 それが、一画にびっしりとあるのだから、興奮せずにはいられないだろう。


「べ、ベヨングさん! あれだけの魔結晶なら、恐らく一千万ゴールドは超えますよ!」

「そ、そうですね! 十人で割っても、一人あたり百万ゴールドです! 大量ですよ!」


 クランメンバーたちの矢継ぎ早の言葉に、ベヨングも興奮した様子で頷いている。

 しかし、彼の表情はすぐに冷静なものに変わっていく。まだ頬が僅かに紅潮しているけど、それは仕方ないだろう。


「確かに……そうですね。ただ、ここはボスフロアです。あれだけの魔結晶があるのだし、かなりの魔物が出現したっておかしくありません。……そこで、一つ作戦を考えたのですが、レウニスさん。ちょっといいですか?」

「なんだ?」


 ベヨングに呼ばれ、彼の方へと向かう。


「荷物持ちの人たちで、あの魔結晶を取れるだけ鞄に詰めてください。万が一、出現したモンスターが異常に強い場合は、魔結晶のみを回収して逃走したいと思います」

「……だけど、ボスモンスターが外まで追ってきたらどうするんだ?」

「大丈夫です。私が土魔法で壁を作ります。その間に距離を開ければ、ボスモンスターも我々を見失うでしょう」

「……なるほど」


 確かに、それならば何とかなりそうだ。

 そこまでしてベヨングが魔結晶を回収したい理由は、金だろう。

 万が一、ここで攻略をやめてギルドに戻って報告をしたとしても、二段階迷宮という情報を持ち帰った分しか、報酬は上積みされない。


 しかし、ここで魔結晶を持ち帰れば、それらを売却した分の金額は自分たちの懐へと入れられる。

 月に二十万ゴールドあれば一般的な生活ができる中で、一人百万ゴールド。


 ベヨングたちはクランとして七百万ゴールドもの大金が入るのだ。武器、防具、スキルと色々と揃えられる可能性がある。

 魔結晶の売却値段次第ではその倍以上の可能性も……。


 俺としても、そろそろ武器の新調もしたかったので、大金が稼げる可能性があるのなら協力したい。

 ……ぶっちゃけ、この迷宮攻略達成の報酬は五万ゴールドほどだしな。

 普通に魔石を集めて売るよりは金になるけど、余裕があるというほどでもないしな。


「俺は賛成だ。オルエッタとキューダは?」


 ベヨングが話していたように、危険の伴う任務でもある。

 ……それに、僅かに嫌な感覚もある。


「私も、賛成です! お金がたくさん手に入ったら嬉しいですし!」

「ぼ、僕もです。できる限りの協力はします!」


 ……まあ、二人も断る理由はないか。


「ありがとうございます。それでは私たちが先に入り、ボスモンスターを引き付けますので、その間に魔結晶の回収お願いします」

「分かりました!」

 

 オルエッタが元気よく返事をして、俺たちも頷く。

 作戦が決まったところで、俺たちはボスフロアへと踏みこんでいく。

 ボスモンスターが出現するのを待っているほど、俺たちは馬鹿ではない。


「オルエッタ。すぐに魔結晶の回収を始めるぞ」

「はっ、そうですね! 行きましょう!」


 ボケーっとボスモンスターが出現するのを待っていたオルエッタを急かすと、彼女もすぐに俺たちの隣に並ぶ。

 ちら、と視線を背後へと向けると、ボスモンスターがちょうど出現したところだった。


 ……スケルトンナイト、だろうか。

 見た目はスケルトンのようなのだが、落ち武者のような鎧を身に着け、右手には長剣が握られている。


 人間の大人ほどのサイズで、生前は立派な冒険者だったのではないかと思わせる風貌だ。


 立ち居振る舞い、感じる魔力から……Dか、Cランク級の魔物であることは分かった。


「……これは、少し厳しいかもしれないな」


 ベヨングがCランクで、他の冒険者たちはDランクだ。

 俺は転がっている魔結晶を鞄に詰め込みながら、戦闘の様子を眺めていた。

 ……タンクが必死に攻撃を受けていたが、かなり厳しい。

 どんどんと前線は押しこまれていき、スケルトンナイトから後退するようにして戦闘を行っている。


 場所は、ボスフロアの入り口だ。

 彼らは、しばらくスケルトンナイトを引き付けるように戦っていたが――。

 ベヨングの視線がこちらへと向き、にやりと口元が歪んだのが見えた。


「【デコイ】!」


 彼が勢いよく叫んだのは、ある魔法系スキルだ。

 何度か彼が戦闘中に使用していたので、その効果は分かっている。

 ――他者に、魔物の注意を集める魔法だ。


 その魔法は、オルエッタへと向けられていて、スケルトンナイトの首がぐるんとこちらに向いた。

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