第65話

「お、おいちょっと待ってくれよ! 頼むって、三百万ゴールド貸してくれよ!」

「嫌よ! そんなスキル買いに来たわけじゃないでしょ!?」

「ていうか、クランの大切な金を、誰も使わないスキルに使えるわけないだろ」


 何やら、雲行きが怪しい。周囲もバタバタとざわつき始め、オークションの進行が止まる。

 兄は必死な様子で仲間たちに縋り付いている。

 ……兄は、確かAランククランに所属していたはずだ。


 いずれは、自分でクランを持つとも豪語していて、今はその勉強中なんだとか。

 なるほどな。クランとしてこの場には参加していたのか。


 どうりで資金に余裕があると思ったが……しかし、兄は俺にちょっかいをかけるために、予定になかった品物を購入した、と。


 その支払いを、クランの金で行おうとしたが、仲間たちが拒否をして縋り付いているわけか。

 ……馬鹿か?


 率直に抱いた感想がそうだった。


『あの、そちらの方? 購入したのですから支払いに来ていただけますか?』


 司会が少し怒った様子で声を上げると、兄は必死に仲間たちを呼び止める。

 しかし、一発ぶん殴られ、床を転がった。

 そして、そんな兄に対して罵倒が飛び交う。


「おい、何やってんだよ!?」

「買ったんだからさっさと支払えよ!」

「おい! あいつの家紋見てみろよ! ユシー家の奴だぞ!」

「ユシー家ってのは、オークションのルールも知らないのか!?」

「というか、あいつ、Aランククランの『獅子の牙』だろ!」

「『獅子の牙』ってのは常識を知らないのか!?」


 兄に対して、家に対して、そしてクランに対して――。

 いくつもの罵倒が飛び交い、兄は顔面蒼白のまま……走り出した。

 しかし……ここはSランククラン『アルケイク』が警備をしている。

 ……逃げられるはずがない。


「ちょっと、話を聞かせてもらえるか?」

「……や、やめろ! オレを誰だと……ぶべ!?」


 兄が何かを叫んだが、その顔に拳がめり込み、大人しくなった。

 そのまま、足を掴まれ、奥のほうへと引きずられていく。

 それを見ていた数名が怯えた様子を見せていたが、多くの人たちは楽しんでいた。


 まあ、普通にオークションを楽しむ分には問題はないしな。


『……あの、先ほど購入希望の宣言をしていた方まだいらっしゃいますか!?』


 俺のことだよな。

 近くの席にいた人から視線を向けられたため、俺は立ち上がるしかない。

 ……正直、面倒事には巻き込まれたくないんだけどな。


『分かりました! ちょっとお話がありますので、係の者が今伺いますので!』

「……ああ、分かった」


 係の者、とはSランククランの人だ。

 柔らかな笑みを向けてきた女性はすっと一礼をする。


「この後のオークションへの参加予定はございますか?」

「いや、特にはない」

「それでしたら、一緒についてきて頂けますか?」

「……分かった」


 この女性は間違いなく強い。

 俺は緊張を飲み込むように唾を飲んでから、彼女の後をついていく。


「あっ、私も一緒に行っていいですか? 一緒のパーティーを組んでいるんです」

「ええ、構いませんよ」

「わあ、ありがとうございます」


 オルエッタはいつもの調子でぺこりと頭を下げ、俺の隣に並んだ。

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