第28話


 俺はボス部屋へと視線を向ける。

 ひときわ大きなフロアとなっているそこを見ると、なんとも嫌な感覚が背筋を撫でる。


 第三層に入ったときに感じたものと似たような感覚。

 これは、一体なんなのだろうか。

 じっと見ていると、イソルベが立ち上がった。


「よーし、そんじゃサクッと攻略すんぞ」

「おう! さっさと終わらせよーぜ!」


 ……俺の不安をよそに、イソルベたちは能天気にボス部屋へと向かっていく。

 俺たちもその後を追いかけるようにして、ボス部屋へと踏み込んだ。

 中に入って改めて周囲を見ると、非常に大きい。

 闘技場のような円形の造りをしていて、戦いやすくはありそうだが、それはボスモンスターからしてもそうだ。


 中央を目指すように歩いていったところで、その中央に黒い渦が出現する。


「おっ、ボスモンスターの登場か」


 イソルベが軽々とそういった次の瞬間――。

 彼の体が吹き飛んだ。


「なっ!?」


 遅れて反応したのは、別の攻略班の男だ。

 黒い渦から現れたのは、家の柱のような棍棒だった。

 それを地面につき、姿を見せたのは……酷く醜い顔の魔物だ。

 しかし、その体は筋肉で膨れ上がっている。口元には、下卑た笑みを浮かべ、じっと俺たちを見ている。


 黒い肌を持つホブゴブリンは、俺が事前に聞いていたものとは肌の色が大きく違った。


 こいつは通常のホブゴブリンじゃない。

 この迷宮のボス個体のホブゴブリンは、茶色のゴブリンよりも少し大きな魔物だったと聞いていた。


「い、いっでぇ……くそっ! なんだよ、いきなり!」


 イソルベは、よろよろと体を起こした。

 よかった。さっきの一撃で死んだわけではないようだ。

 気に食わない奴だが、死なれるのは気分が良くない。

 黒い渦が完全に消えると、黒いホブゴブリンはじっと周囲を見て――雄たけびを上げた。


「ガアアアア!」


 魔力を伴ったその叫びは、思わず体がすくむほどの圧力があった。

 黒いホブゴブリンはすぐに地面をけりつけ、近くにいた攻略班の一人へと飛びかかった。



 黒いホブゴブリンの突進に対して、男は盾を前に向けた。

 しかし。

 黒いホブゴブリンは盾など目にも入っていないようで、持っていた棍棒を振り回した。

 盾で完璧に受け止めた……かと思えたのは一瞬だった。


 男の体が殴り飛ばされた。

 見れば、盾は大きくゆがみ、男は地面を転がる。


「た、タンクがやられた!」

「ど、どうするんだよイソルベ!」

「し、知らねぇよ! なんだよ! こんなの聞いてねぇぞ!」


 何が起こっているのか、理解ができない。

 完全に冷静さを失ってしまっているイソルベに、俺は叫んだ。


「突然変異だ! こいつは、ホブゴブリンがユニーク化した姿だ!」


 俺の言葉に、イソルベがはっとなって目を見開く。

 突然変異という言葉自体は聞いたことがあったのだろう。その顔が、初めて自信のなさげなものへと変わる。


「む、無理だ! 逃げるぞ! こんな奴に勝てるわけがねぇ!」


 イソルベの決断は、正しい。こうなってしまえば、逃げる他ない。

 ……逃げられれば、の話ではあるが。


 こういった場合、荷物持ちはすべての荷物を放棄するのが基本だ。

 ポーションなどが入ったカバンを俺たちはボス部屋に置く。

 それからすぐに、ボス部屋に背中を向けて走り出す。

 しかし、黒いホブゴブリンが俺たちを追いかけてくる。


「く、来るんじゃねぇ!」


 一人が魔法系のスキルを放ち攻撃するが、黒いホブゴブリンは意に介さず走ってくる。


 突然変異した魔物は、ユニークモンスターと呼ばれる。

 だいたいの場合、ユニークモンスターは通常の個体よりも強い。

 道中の魔物で発生することのほうが多いのだが、運が悪いときは迷宮のボスモンスターで発生してしまうこともあるのだ。


 ステータスの高さゆえか、逃げる俺たちよりも攻略班の人たちのほうがどんどん迫ってくる。

 その時だった。

 ボス部屋を出てすぐの通路を走っているとき、

 

「おい! 魔法であいつらの足を狙え!」


 イソルベの声が聞こえた。一体何だ?

 嫌な予感とともに振り返り視線を向けると、イソルベの視線は俺たちを捉えていた。

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