第89話



 まさかこれほど早くオルエッタが問題を起こすとは、俺も思っていなかった。

 問題が起きたとしてもしばらくは大丈夫だろうとタカをくくっていたが、それでも心配なことに代わりはなかったので、小さくした俺の分身をオルエッタのポケットにそっと忍ばせておいた。


 その結果がこれだ。

 これまでのオルエッタを見ていれば、不安がないわけではない。


 過保護に育てられたことが分かるほどに、無知で世間知らず。

 それでも、俺が教えられる範囲で伝えてはきたが、まだ人の悪意に対しては鈍感だ。


 もちろん、それがオルエッタの良いところでもある。

 ただ、人の悪意に対して、逃走できる程度の警戒心は持ってほしいところだ。

 

 泣きじゃくりながら抱きついてくるオルエッタの頭と背中を撫でながら、俺はため息を吐く。

 ……というか、俺にたいしてももう少し警戒心を持ってほしいものだ。


 ここまで信用されると何を命令しても言うことを聞くのではないかと思ってしまう。

 少しして、俺が通報しておいたとおり、騎士がやってきた。


 元々、ここにいる男たちは似たような手口で女性を誘って、いかがわしい行為を行っていたらしい。


 泣きながら叫ぶオルエッタを落ち着かせながら、簡単に状況を騎士に伝え俺たちは外へと出た。

 その間もオルエッタは涙を流し、俺の手を握っていた。

 まるで迷子になった子どもでも連れているような気分だ。


「……わ、わだじぃ、がんばってだのにぃ、がらまわりじでぇ。いだいも、角をわっでじまっでぇ……」

「ああ……角割ったんだな……」

「せっがぐの入団ぎぼうじゃがどおぼっだら、なんが、変なことざれぞうになっでぇ……」

「ああ、はいはい」


 ひっくひっくと泣きじゃくるオルエッタに相槌を打つ。

 一応、分身から簡単な情報は共有できるので、なんとなくではあるが状況は分かっていた。

 そんなオルエッタもしばらくして服で涙と鼻水を拭い、こちらを見てきた。

 ……あとでちゃんと服洗おうな。


「レウニスさん……私、お姉ちゃんに迷惑ばかりかけてしまっています」

「そんなことも……あるかもしれないが……大丈夫じゃないか?」

「私、全然ダメダメでした……。力だけついただけでした……」


 確かにそうなんだよな……。

 ただ、ここで頷くとさらに落ち込みそうなんだよな。

 ここはフォローをしておこう。

 これ以上泣かれても、周りからの奇異の視線が増えるだけだしな。


「そのおまえの一生懸命さに惹かれてくれる人もいるはずだ。そういう奴を探していけばいいんじゃないか? 焦る必要もないだろ」

「でも……見つかりますかね」

「ああ。大丈夫だ」


 俺がそういうと、オルエッタの表情はようやく少しだけ柔らかくなった。


「……レウニスさんに言われると、本当にそうなりそうですね」

「それなら良かった」


 オルエッタの安堵の表情を見てから、俺はオルエッタの前に立ち頭を下げる。


「レウニスさん?」

「早速で悪いんだが……さっきの話だ」

「えっと、どの話ですか?」

「『仮面の英雄』に入団希望のレウニスだ。案内してもらってもいいか?」


 そういうと、オルエッタは目を見開いた後、大きく頷いた。

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