第90話




 オルエッタを助けてやりたい、という気持ちがあるのはもちろんあった。

 

 ただ、クランというのは色々と縛りが強いものだ。

 クランの会合だったり、新人研修だったり……とにかくまあ、クランの都合に合わせて冒険者は縛られるものだ。


 だが、『仮面の英雄』の状況ならば、それはないだろう。

 仮に、何かあるとしても俺はそういったことに参加しなくても良い立場でいればいい。


 そのくらいなら力を貸してもいいと思っている。

 俺がどのように力を貸すかは簡単だ。

 これまで通り、迷宮攻略を続けるだけだ。

 だが、『仮面の英雄』として、迷宮攻略を受ける。


 そうすることで、俺の評価ではなく、『仮面の英雄』としての評価が上がることになる。

 隣を歩くオルエッタはすっかり上機嫌になり、繋いでいる手をぶんぶんと振り回すように歩いている。


 いい加減、手を離してくれてもいいと思うのだが、さりげなく力を緩めると、ぎゅっと握り返されてしまう。


 ……一応、暴行を受けそうになったし、まだ恐怖が残っているのだろうとは思い、無理やり引きはがすことはしなかった。


 しばらく歩いていくとオルエッタが一つの建物の前で足を止める。

 二階建ての立派な建物だが、クランハウスと名乗るには少し小さい。


「こちらが、『仮面の英雄』のクランハウスで、二階は私たちの家になりますね。一階とかに食堂とかもありますが、基本的に生活スペースは二階にあるんですよ!」


 ……小さい、とは思ったがおまけに二階は自宅か。

 ダムマイアー家の現状がかなり厳しいというのが伺えるな。

 オルエッタが扉を開けて中へと入ると、受付とばかりに置かれたテーブルの前に座る女性が勢い良く立ち上がった。


 夜遅くだったこともあり、心配していたのだろう。

 オルエッタと目が合った女性の顔は、ほっとしたようなものになったが、すぐに怪訝げに俺へと視線が注がれる。


「お帰りなさいフィー……えーとそちらの方は?」


 扉を開けると、女性がこちらへと視線を向けてきた。

 紫に近い髪をした女性。

 オルエッタとは正反対に真面目そうな顔つきだ。

 僅かに厳しく両目が吊り上がっているのは、生まれつきなのかはたまた俺に対しての警戒心なのか。


 オルエッタはそんな変化に気づいていないようで、笑顔とともに俺を紹介する。

 

「こちらの方は、私がこれまで一緒にパーティーを組んでいたレウニスさんです! レウニスさん。私のお姉ちゃんのフィールお姉ちゃんです!」


 オルエッタが笑顔とともに紹介をしてくる。

 フィールは少しだけ俺を警戒するように見ていたが、すっと頭を下げてきた。


「どうも。しばらく一緒にパーティーを組んでいたレウニスだ」

「……妹が色々とお世話になったと思うわ。ありがとね」


 すぐにお世話になった、という言葉が出てくるあたり、オルエッタの性格をよく理解しているな。


「いや、俺も同じだけ助けられてるから気にしないでくれ」

「……それなら良かったわ。それで、レウニスがわざわざここに来て、どうしたのかしら?」


 フィールの問いかけに、俺が答えようとすると、オルエッタが笑顔とともに声を上げた。


「お姉ちゃん! レウニスさんがクランに入ってくれるんだって!」

「……クランに? えっと、その……それは本当なの?」


 オルエッタがフィールに抱きつき、フィールはそんなオルエッタをなだめるように背中を摩っていた。


 戸惑うような視線が、ちらちらとこちらに向けられる。


「ああ。ただ、ちょっと条件があってな」

「……条件? 一体、なにかしら?」


 フィールは警戒するような表情とともにこちらを見てくる。


「それは――」

「私は……何をされても構わないわ。でも、オルエッタにだけは――」


 そういって、懇願するようにこちらを見てきた。

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