第73話



 にこり、とそれはもうぶん殴りたくなるほどの笑みを向けてきた。

 ……何を言っているんだか、こいつは。

 ただ、俺はため息をつきながら父をじっと見て、契約書を突きつけた。

 

「この契約書に書かれている内容を忘れたわけじゃないよな? 俺に、もう関わるな」

 

 そういうと、父はうぐっと唇を噛んで悔しそうに睨みつけてきた。

 装備とスキルストーンを回収した俺は、オルエッタに視線を向ける。


「オルエッタ。行こう。これ以上は時間の無駄だ」

「はい。何度か攻撃を受けていたようですが、傷は大丈夫ですか?」

「ああ、俺は大丈夫だ」

「そうですか……。でも、よろしいのですか? 一応、家族ですよね? 今後、二度と会えなくなってしまうかもしれませんよ?」


 家族、か。

 前世でも酷い扱いを受け、今もこれだけのことをされたのだ。

 とっくに、愛情なんてものはなくなっている。


「俺には、もっと大切なものがある。これ以上、どうでもいいことに時間をかけたくはないんだよ」

「……そうですか」


 俺の言葉に、オルエッタはそれ以上問いかけてくることはなかった。

 兄や父に構っている暇などないんだ。

 こんなことをしている間にも、周りは成長している。


 刻一刻と、ラグロフの死だって近づいているんだ。

 その未来を変えるために、俺ももっと強くならなければいけないんだ。



 ユシー家を出て少し歩いたときだった。

 向かいから何名かの冒険者を引き連れた一団がやってきた。


「……だから、そこまでしてくれなくても」

「ラグロフさんに何かあれば、大問題なんです! もっと外を出歩くときも気をつけてください!」


 ……ラグロフだ。

 彼は数人の冒険者に囲まれ、どこか疲れた様子でいた。

 ラグロフの視線がこちらに向くと、表情が緩んだ。


「レウニス! レウニスじゃないか!」


 それを見て、ラグロフに話しかけていた女性が首を傾げる。ラグロフの視線を追うようにして、彼女がこちらを向いた。

 てくてく、とラグロフが近づいてきたところで、女性がぼそりと声を上げた。


「……ラグロフさん。彼は誰ですか?」

「彼はレウニスで、オレの友人だ。すまない。少し一人にしてくれないか? レウニスとは二人で話をしたいんだ」


 ラグロフが女性にそう言うと、彼女は厳しく目を吊り上げた。


「あなたを一人になんてさせられません。まして、どこの馬の骨とも分からない人となんて――」


 女性がそう言った時だった。

 ラグロフの目つきが鋭くなった。


「彼はオレの昔からの友人だ。彼を侮辱するというのなら、さすがにオレも怒るぞ」

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