第31話



 視線を向けると、黒いホブゴブリンはゲラゲラと笑っていた。

 悲痛めいた叫びが聞こえたのは、きっとミーナかルファンかのものだろう。

 HPの回復と傷の治療を行うため、俺は体にポーションをかける。


 完全な治療はできないが、それでも痛みをこらえることはできる。


「……次で、終わりにしないとだな」


 足の疲労も考えれば、次の攻撃で決める必要がある。

 俺は手に持っていた剣を改めて強く握りしめ、黒いホブゴブリンを睨んだ。

 



 黒いホブゴブリンがゆっくりと近づいてくる。

 俺の限界が近いことを、黒いホブゴブリンも察している様子だ。

 だから、俺の恐怖心を煽ってきているのだろう。


 ……だが、この程度の危機に俺は怯むつもりはない。

 これから先、さらに危険な戦いに身を投じなければならないのだ。

 この程度のことで俺は足を止めはしない。


 黒いホブゴブリンをぎりぎりまで引き付け、その間に呼吸を整え、地面を蹴った。


 黒いホブゴブリンへと迫り、剣を振り下ろす。

 それは棍棒に弾かれる。

 すぐに足を動かし、黒いホブゴブリンの側面へと回る。

 

 速度を活かした連撃は、しかし黒いホブゴブリンに防ぎ切られる。

 確かに俺は黒いホブゴブリンに速度で勝っている。

 だが、防御に徹されれば、俺の速度を持っても突破は困難だ。


 それを突破するには、多少無茶と言われようとも、攻撃をさらに加速させる必要がある。


「うおおお!」


 力任せに剣を振り回し、黒いホブゴブリンへと叩きつけてくる。

 力を込めれば、その分精度は下がっていく。

 だが、黒いホブゴブリンの顔も険しくなる。


 俺の連撃に、確実に怯んでいる。

 さらに押しこむため、より深く剣を引いた瞬間だった。


 黒いホブゴブリンの口角が吊り上がる。

 まるで、その隙を待っていたかのように――。


「ガアア!」


 その叫びは勝利を確信したかのような雄たけびだった。

 叫びが耳に届いた次の瞬間、俺の左腕に重い一撃がぶつかった。

 それは、棍棒だった。

 

 黒いホブゴブリンもまた、俺が大きな隙を作るのを待ち続けていたのだ。

 ――くしくも、俺と同じ作戦だったようだな。

 衝撃に吹き飛ばされそうになったが、俺は思い切り両足に力を込め、右手に持った剣を振りぬいた。


 その油断しきった顔が驚愕に染まり、俺の剣が黒いホブゴブリンの喉へと突き刺さる。


「ガ――」


 黒いホブゴブリンは先ほども俺を殴りつけた時に、油断していた。

 奴は、自慢の一撃を叩きこんだ後に、気を抜く習性があるようだった。


 そして、今もだ。

 黒いホブゴブリンは恐らく勝利を確信していただろう。

 俺を仕留めきれずとも、HPを削ったとは思っていたはずだ。

 

 だが、俺には【根性】がある。

 痛みはあれど、ステータスを失うことはない。


 しかし、黒いホブゴブリンは右手を動かし、俺の剣を握りしめる。

 命に対しての必死の抵抗――。


 足りない。あと、一撃が足りない!

 俺は痛む左腕を動かし、残っていたポーションを体にかける。


 同時に、【ブラッドスイング】を発動した。

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