第29話



「え!? ど、どういうことだよ!」


 イソルベの指示を受けた冒険者が声を上げるが、イソルベはすぐに怒鳴った。


「あいつらを囮にするんだよ!」

「そ、そうか!」


 そうか、じゃない。

 指示を受けた男が、イソルベの指示に一瞬驚いた後、顔を顰めながらも魔法を放ってきた。

 俺はそれを跳躍してかわしたが、反応の遅れたルファンが魔法に巻き込まれ、吹き飛んだ。

 俺はすぐにルファンを助け起こそうとしたが、その横をイソルベが駆け抜ける。


「感謝しろよ! 荷物持ちの分際でオレの助けになれるんだからな!」


 イソルベは歓喜の声を上げながら、走り去っていく。

 他の人たちも、どんどんと走っていく。

 ルファンの足の傷は酷い。俺はすぐにポーションをかけて、応急処置を行う。


「う……」


 俺はいくつか持っていたポーションの一つをルファンに使うが、傷の治りは遅い。

 所詮は下級ポーションだからな……。


「レウニスさん! ホブゴブリンが来てる!」


 ミーナの悲鳴のような声に、顔を上げる。

 そのときだった。俺の眼前に奇妙な景色が見えた。


 それは、黒いホブゴブリンがミーナやルファンを撲殺する姿だった。

 ……その景色は一瞬だけ移り、すぐに消える。

 気づけば、黒いホブゴブリンはさらに俺たちへと迫っている。


 さっきの景色は、もしかして俺の前世――正史の時間での出来事なのだろうか?

 もしも、俺の考えがあっているのなら、ミーナやルファンは、ここで命を落とした。

 ……だとすれば、俺は――。


 足音が確実に迫り、棍棒を構える黒いホブゴブリンをにらみつける。

 ……まったく。


 苛立ちが頂点に達していた。

 イソルベの悪びれた様子もなく、即座に俺たちを切り捨てようとした姿勢にだ。

 そして何より、こんな残酷な未来を再現しようとする世界にだ。


 攻略班の誰かが捨てたのだろう剣を握りしめ、それから黒いホブゴブリンへと向かい合う。


 ここで、ルファンとミーナを囮にすれば、俺は生き残れるだろう。

 だが、そんなことで助かった命で、ラグロフを助けるだなんて言えるはずがない。


 なら、俺が取れる手段は一つだ。


「――助けるだけだ」


 振りぬかれた黒いホブゴブリンの一撃を、俺は剣で受け止めた。

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