第30話




 黒いホブゴブリンの棍棒と剣がぶつかる。

 その重量に、体が吹き飛びそうになった。

 腕が悲鳴を上げている。

 あれだけ鍛えたというのに、黒いホブゴブリンの力は俺を超えている。


 これまでとは明らかに格の違う魔物。

 ……楽に勝つというのは無理だろう。

 だが、しかし――。


 面白い。

 こんな時だというのに、口元が緩んでしまう。

 俺が冒険者になりたかった理由は、金や名声が理由じゃない。


 こんな、血沸き肉躍る戦いがやりたかったからだ。

 正面から抑え込むのは無理だな。

 なら、力の向きを変える!

 俺は剣を振り上げ、黒いホブゴブリンの一撃を受け流す。


 同時に、スキルポイントを割り振り、【誘い】を習得する。


 ここで戦っていては、ルファンとミーナを巻き込む可能性がある。

 【誘い】を発動し、黒いホブゴブリンの注目を俺に集める。

 見事に、奴は俺を標的と定め、追いかけてくる。


 さて。

 この通路で戦うよりは、ボス部屋に移動したほうがいいだろう。

 そう判断した俺はすぐに走り出すが、背中を黒いホブゴブリンが追いかけてくる。


「がああ!」


 黒いホブゴブリンが振り下ろした一撃を大きく転がるようにしてかわした。

 すぐに体を起こし、剣を振りぬく。

 拾った剣はなかなかの切れ味だ。きちんと皮膚が切れるだけでもありがたい。


 黒いホブゴブリンの攻撃をかわしながら、冷静に分析をする。

 黒いホブゴブリンに、力では負けているだろう。

 だが、速度に関してだけでいえば、俺が上回っているようだった。

 だから、足を使って戦えばいい勝負ができるはずだ。


「……強い魔物だな」

 

 圧倒的な速度と力。

 イソルベが即座に逃走の決断をしたのは、彼のこれまでの行動の中で一番褒められることかもしれない。

 黒いホブゴブリンを中心に、その周りを駆けまわるようにして動き続ける。


 とてもではないがタンクとしての立ち回りではない。黒いホブゴブリンは、俺を狙って棍棒をたたきつけてくるが、それらは俺の影を捉えるばかりだ。

 俺は黒いホブゴブリンが隙を見せた瞬間に、腕や足を浅く斬りつけては、再び逃げるように走り出す。


 黒いホブゴブリンの肌は石のように頑丈で、少し傷をつけるのが関の山だ。

 剣がもっと鋭ければ、それらの攻撃も有効打となっていただろう。

 確実に、疲労が溜まっていく。


 呼吸を整えるために途中途中に足を緩めることはあっても、完全に止めることはできない。

 疲労が蓄積していき、呼吸が乱れ始める。


 常に全速力なのだから、当然か。


 あまり時間はかけられないな。

 それが分かっているから、俺は攻撃を黒いホブゴブリンのあちこちに分散し、弱い部位を探していた。

 ……だが、足や腕にそういった部位はなかった。


 ゴブリンたちの体は、基本的に人間と同じ構造をしている。しかし、皮膚などは魔物特有の頑丈さがある。

 ならば――。


 その時だった。

 膝ががくっと沈み、踏ん張りを利かせきれなかった。

 一瞬遅れて地面を踏みつけたが、黒いホブゴブリンの棍棒に体を打ち抜かれた。


「うぐ……っ!」


 必死に悲鳴を押さえ、俺は地面を転がる。

 それから、HPを確認すると、残り1で耐えていた。

 【根性】のスキルがなければ、今の一撃で俺は死んでいただろう。

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