第64話


 ここで引くつもりはない。


「二百六十万ゴールド」

「三百万ゴールド!」


 あいつっ……! 

 兄はどう見たって【オートヒール】が欲しいわけではないだろう。

 俺に対しての単なる嫌がらせだ。


 本当に買うつもりはなく、ただ釣り上げて遊んでいるのか。

 あるいは俺にスキルを買わせたくなくて、本気で買いに来ているのか。

 恐らくは後者だ。


 兄の勝ち誇った顔からは、どう見たって俺に資金力を見せつけようとしている。

 ……それなら、多少は勝負してみてみようか。

 五百万ゴールドまで勝負して、それでも引いてこなかったら諦めよう。


「三百五十万ゴールド」


 俺がそういうと、周囲からどよめきが沸き上がる。

 兄の表情をうかがうと、彼は少し眉間を険しく寄せた。

 隣にいた兄の仲間が、慌てた様子で何か話しかけている。


 ……大方、【オートヒール】を買う予定がなくて、喧嘩でもしているのだろう。

 どちらにせよ、兄たちの金額はこの辺りが限界のようだな。

 そろそろ引いてくれ。そう思っていると、


「よ、四百万ゴールド!」


 ……マジで言っているのか?

 ここで俺が引いたらどうするつもりだというのか。

 俺はため息をついて、それから手を上げた。


「五百万ゴールド」


 財力の差を見せつけるという意図はない。

 ただ、俺にとっては【オートヒール】はどうしても欲しいスキルだ。

 ここで退けば、次いつ手に入るか分からない。


 もちろん、もっと格安で手に入れることだってできるかもしれないが……それが一体いつになるだろうか。

 運悪く、一生手に入らない可能性だってあるのだから、妥協はしたくない。


 ここで引くわけにはいかない。

 兄は眉間をぎゅっとよせ、悔しそうにこちらを睨んでいた。

 それで、終わりか……? そう思ったときだ。


「六百万ゴールド!」


 兄が高らかに叫んだ。


 まだ、釣り上げるのかあいつは……っ。

 さすがに、六百万ゴールドは、俺の手持ちでは届かない。


 そもそも、相場的に見ても明らかに割高だ。本来ならば三百万ゴールドもあれば買えるんだからな。


 残念だが、再びオークションに出品されるのを待つしかない。

 落胆しながら座ると、勝負が決したことで、周囲が大いに盛り上がった。


「あの、私がお金出しましょうか?」

「……え?」

「別に私欲しいものがあるわけではありませんし、上げますよ?」


 彼女はどうぞ、とばかりに両手をこちらへと向けてきた。

 オルエッタは……優しい子なんだな、と思った。

 その厚意はとても嬉しかったが、俺は首を横に振った。


「その気持ちだけ、受け取っておく。あんな高額の【オートヒール】はさすがに買えないっての」


 そんなことを話しているときだった。

 兄が悲痛めいた声を上げた。

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